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魔法少女"某(ナニガシ)"  作者: 小津敬一郎
一人目 魔法少女あかねちゃん
3/23

私と救いの手


 背中の傷がある程度癒えるまで、学校は休む事にした。もちろん親には内緒で。せっかく平日にゆっくりできるのだから、買ったまま手をつけていない本を読み漁ることにした。

「うーん。皆勤賞、狙ってたんだけどな。」

「今の状況で皆勤賞の心配ですか?あかね様のメンタルの強靭さは、どこから来るのでしょう。」

「わかんない。」

「そうです、魔法が発現したかも知れません。"解析"を使ってもよろしいでしょうか?」

「好きにして。」

「それでは、"解析"!……登録者名、あかね。魔力量、512。心身状態、正常。固有能力、不明。」

「魔力量が512ってどうなの?多いの、少ないの?」

「比較対象がおりません。魔法、固有能力?は……まだ発現していませんね。」

 不意にインターホンが鳴る。来客……誰だろう。モニターに映し出された大体の姿で、うちの学校の制服を着ていることは明らか。まさか、あの三人がついに家まで来たのだと思ったが、どうやら違う、一人だけだ。モニターを覗き込む。

 どこかで見た事が……ああ、特進クラスで陸上部のエース、桐生恵さんだ。

「おーっす!はじめまして、かな。あかねっち。」

「はじめまして。桐生恵さん。」

「おお、名前を知られてたっていうのが嬉しいねえ。」

「だって有名ですもの。」

「あっちゃー、私としては目立たないようにしてるつもりだけどな。」

「その、陸上部のエースが何の用ですか?」

「同学年だろ?敬語は抜き抜き。実は、あかねっちに絶望をくれてやろうと思う。」

 絶望をくれてやる、との発言を受けてとっさに身構える。彼女は自分のバッグからクリアファイルを取り出す。

「じゃーん、あかねっちのクラスの今日の授業内容と宿題!サボれると思ったら、それは大間違いさ!」

「あ、ありがとう」

「あれ、お礼言われるような事、したっけ?」

 正直、期末テストが近づいてきている身としてはこれ以上無い差し入れだ。

「テスト近いからね。」

「ああ、テストなんてこの世から消滅すればいいんだよ、そう思わね?」

「うん、思うよ。」

「じゃあそういう訳で。さらばだ!」

 外に向かって歩き始める彼女の背中を確認し、玄関の扉を閉める。

「来客はどなた?」

 部屋に戻るとラヴェールが質問する。時計を見ると……午後六時ちょっと前。いつの間にそんな時間になっていたのか。

「同じ学年の人。強くて、優しいからみんなに頼りにされてるのよ。」

「ではあかね様も頼ってみては?」

「それができれば……いえ、できたところで迷惑はかけられ……」

 ふと先ほど渡されたクリアファイルの中を見ると、一枚の藁半紙が入っていた。表は数日前配られた学校行事のお知らせだったが、裏に手書きで今日の授業の範囲と宿題の詳細が書かれていた。そして――

「LINEのID……」

 その下には「何か困った事があったら連絡しろ」と追記されていた。

「らいん?ラインってなんですか?」

 ラヴェールにはどう説明したらいいのだろうか。そもそもどこから……

「魔法よ。科学技術っていう、魔法なの。」

 そう表現するしかなかった。どういう原理で動いているかは不明。でも、これで現状を打破できるかもしれない。

「登録……これで、三人目……」

 一人目と二人目は両親のもの。私は初めて同じ学校の人を登録した。これが多いか、少ないか?多分、半端じゃなく少ない。小学校の頃は友達も何人かいたが、今の学校に入った途端疎遠になった。新しい友達も出来ないまま……あの三人に目を付けられて……

 背中の傷がジュクジュクと疼く。

「まあ、痛いで済んだだけマシね。」

 一番つらかったのは、裸で校庭を走らされた時だったか。クエストを達成して報告しに行こうとしたらあの三人は既に居なかった。制服も消えていたので保健の先生に保護されて……

「あかね様。痛いで済んだだけマシって……嘔吐案件ですか?」

「うん、嘔吐案件。」

 ラヴェールに先ほど言われたが、私のメンタルは強いのだろうか?まあ、どうでもいい。今日は木曜日だから、週明けには学校に行けるようにしなくては。


《コイツを使え。多分ちゃんと動くはずだ。》

 週が明けていつも通りの嫌がらせを受けて教室に辿り着いた私に、桐生さんからのLINEが届く。添付されていたアプリを起動すると、"ボスが来たぞ、逃げろ!~ライ麦畑でつかまえてver~"と書かれた黒背景の画面がスマホを覆う。

《親父がプログラマーでな、週末に作ってもらった。今の法律的にかなりヤバい奴らしいが、上手に使えよ。》

 仕組みは不明だが、特定のスマホまでの距離と方角が表示される、とのこと。

《近づかれたら逃げろ、って事?》

《そうだ、逃げろ。地の果てまで逃げろ。それしかない。》

 中等部校舎は四つある。一つは私が今いる、普段使いの一般クラス教室棟。そこから南に伸びる、生徒用玄関口が付随されている廊下を渡ると、特進クラス教室棟。特進クラスの校舎から西の渡り廊下、新校舎で比較的新しいテクノロジーの詰まった第二実習棟。主にパソコンルームや巨大なオーブンのある調理実習室などがあり、学生食堂はここだ。そこから北へ向かうと古ぼけた第一実習棟。理科室や図書室はここに収められている。そして東の渡り廊下で一般クラス教室棟へと至る。

 簡単に言うと、渡り廊下を経由して四つの校舎が四角形で繋がっているのだ。

 休み時間はあの三人から直接移動出来ない対角線上の位置をキープすれば……絶対遭遇しない理論。

(あかね様、それで大丈夫なのでしょうか。三人で手分けして探されたら回避できませんよ。)

(大丈夫よ、ラヴェール。あの三人が単独行動するなんて、天地がひっくり返ってもありえないから。)


――この作戦は驚くほど上手くいった。期末テスト期間が終わるまで、あの三人の顔を見ることはなかった。上履きを常に携帯する事で生徒用の玄関だけでなく、来客用玄関も使える。複数ある裏庭から校舎に入る事だって出来る。朝一番であの三人を回避できれば、もう会うことは無い。他の生徒からどこどこの校舎へ一緒に行って欲しいと言われたことが何度もあったが、その先はあの三人のいる校舎。彫刻刀事件のあの罠だと判断し、忙しいから後で、と軽くあしらう……といった風に。

 ただ一つ、この作戦の欠点となったのが……その完璧さだった。ある月曜日のLHRで担任はこう言い放った。

「大変嘆かわしい事ですが、この学校に、学友のプライバシーを侵害するアプリを使う人がいます。」

 そう言われて青ざめる。あの三人が学友かそうでないかはさておき、プライバシーを侵害するアプリ……この、"ボスが来たぞ、逃げろ!~ライ麦畑でつかまえてver~"の事を指しているのは明白だ。

「今から全員のスマホを回収しますので、パスワードを一時的に解除してください。尚、ガラケー使いは免除。」

 ばらばらとクラスメイト達はスマホを取り出し操作する。このアプリを消すなら今だ……よし、消去完了。桐生さんとの会話も削除し、証拠を抹消する。このアプリを消す事は私にとっては致命的だが、その日は特に何も起きなかった。

 翌日の昼休みあたり、教室内である不吉な話題を耳にする。

「桐生さん……そうそう、陸上部の。今朝方、階段で足を滑らせて怪我をしたそうよ。」

「ええー、大会も近づいてるって聞いたけど、お気の毒ねー。」

「病院で精密検査を受けたみたい。大丈夫だといいけど……」

 まさか。まさかまさかまさかまさか。

 教室を飛び出し、恐らく彼女が担ぎこまれたと思われる最寄の病院へと向かう。桐生さんはどこにいるかなんてわからない。でも、行かずにはいられなかった。一般外来ではなく、恐らく緊急外来だろう。緊急外来の窓口へ向かう。

「今朝、桐生恵さんはこちらですか!?」

 日本語がおかしくなる程度には動揺していた。そんな私の心理状態を知ってか知らずか、受付の女性は優しい口調でこう言った。

「頭を打った可能性があったので調べましたが、特に異常はみつかりませんでした。今日はひとまず病棟で安静にして……といっても入院の必要も無いのでご安心ください。ご友人の方ですか?よろしければ病棟をご案内いたします。……508号室ですね。」

「ありがとうございます!」

 緊急外来棟から一般外来棟をすり抜け病棟へ。エレベーター……は遅い!階段を駆け上がり五階へ。同じような入り口が並んでいる廊下から508号室を見つけ出し、名札を確認。「桐生恵」と書かれたネームプレートを発見し、可能な限り冷静な表情に戻し、ゆっくりと戸を開ける。

「おー、あかねっち。もしかして見舞いに来てくれた?うれしいねえ。」

「桐生さん……」

「そんな顔すんなって。どこも打っちゃいないよ。あ、腕は打ったか、ハハハ!」

 気丈に振舞う桐生さんにある質問を投げかける。

「あの三人にやられたの?」

 それを聞いた桐生さんは目をキョトンとさせる。

「……何でそう思った?」

 そう逆に質問されて激昂する。

「運動部のエースが、階段で転ぶわけがないでしょ!」

 思わず叫んでしまった。

「ご、ごめん。私、どうかしてて……」

「いーのいーの、そーだよ。踊り場であの三人に出会いがしら突き落とされた。」

 やっぱりあの三人の仕業だったのだ。

「受身とりながら落ちてさ、頭だけは守った。そんでさ、サッカー選手がやってみるみたいに大げさにぶっ倒れてみたんだよ。そしたら保健室に運ばれて、そのまま病院送りさ。」

「やっぱり、あのアプリの……」

「あー、アプリ自体は消したんだけど、あかねっちとの会話消し忘れててさ。うかつうかつ。」

 やっぱり、私のせいだ。

「私のせいで……ごめんなさい……」

 途切れそうな声とともにうつむく。申し訳なさ過ぎてそれ以上言うべき言葉が見つからない。

「あかねっちのせい?何言ってんだ。悪いのはどー考えてもあいつらだろ。」

 確かに理屈ではそうなのだが、私を助けようとして桐生さんが傷ついたのは確かだ。

「ま、今日のところは帰れ帰れ!久々にお昼のバラエティから昼ドラが見れるんだ。この際楽しまなきゃな。」

「あっ、ごめんなさい。」

「だーかーらー。何謝ってるんだ。はよ家に帰れ帰れ。」

 学校に戻れではなく家に帰れという事は、そういう事なのだろう。学校を経由せず、そのまま家に帰った。

 味方になってくれた桐生さん……それがゆえに傷ついてしまっても、私のことは一切責めずに振舞ってくれた。やはり、他の人に頼ってちゃ駄目だ。私が何とかしないと。


 翌日。いつも通り六時に起き八時に学校に到着……あの三人組が生徒用玄関で待ち構えていた。

「昼休みにアタシらのクラスに来い。」

「逃げちゃ駄目だよ~?」

「もうアプリないから、いつでも会えるね!」

 それだけ言い放ち、三人は特進クラスの校舎へ、カタツムリのようにねっとりとくっちゃべりながら去っていく。

(あかね様。もう、逃げちゃいましょう……いやな予感がするのです。)

 立ち向かっても駄目、無視も出来ない。逃げるのも封じられている。一人で何とかしなくてはいけない。いつも通り私の机には、夥しい数の"死ね"が書き込まれている。消す必要も無いくだらないいたずらだが、今日は違った。その机を見て、一つの解決策を見いだす。


――そうか。私、死ねばいいんだ。


 なんでこんな簡単な事に、今まで気付かなかったのだろう。私がいじめから逃げて不登校になれば、両親は怒るだろう、失望するだろう。

 しかし、もし私の逃げた先が、あの世だったら?両親は泣いて悲しむだろう。私の背中に刻まれた傷跡からいじめを受けていたことを悟り、学校に問い合わせるだろう。学校は口を紡ぐだろう。そして両親は私の為に怒ってくれるのだろう。いじめ被害者家族の会、的な組織の門を叩き、残りの一生を捧げるのだ。

 死ねばいいんだ。そうだ、何て簡単な事なのだろう!

(あかね様、逃げましょう!いやな予感がするのです!)

 そこから先は、なにやら希望めいた心持ちになった。授業はいつもより易々と頭に入ってくる。もう死ぬから意味ないのに。

(あかね様!聴こえていますか!?)

 いつ死のうか。うん、今日の放課後から明日にかけて。そうしましょう。

(あかね様!あかね様!)

 どこでどのように死のうか。背中の傷は遺さないといけないから、電車に飛び込むのはナシだ。ここはオーソドックスに自分の部屋で首をくくろう。

(あかね様……!)

 時間はあっとういう間に過ぎさり、昼休みだ。あの三人の言うとおり、特進クラス教室棟へ向かう。

 さて、あの三人は何をしてくれるのだろう?いっそのこと殺してくれれば、わざわざ自分で死なずに済むので大助かりだ。三人に連れられて来たのは、第二実習棟にある、滅多に人の来ない最奥のトイレ。こいつらはどれだけトイレが好きなのだろうか、確かに小学校のトイレとは段違いで綺麗なトイレなのだが。

「さ~て、あかねちゃん。今日は人助けの手伝いをしてもらうわ。」

「街にはびこる巨悪を退治するのよ。」

「もちろん断らないよね~?」

 お前らが今更、人助け?反吐が出る。

「登校中によく見かける変態オヤジがいるでしょう?」

「あのねっとりとした熱視線、気持ち悪いよね!」

「鳥肌~。キモイキモイ!」

 変質者に気をつけて、とはよく言われる。

「私のパパの部下がホコリが出ないか調べてるんだけど~。」

「特に何もしてないのよね~いるだけで不愉快なのに。」

「だから逮捕するのよ~前科一犯にするのよ~。」

 どうにも話が見えない。ろくでもない話というのは確定なのだが。

「じゃあ、とりあえず脱ごうかあかねちゃん。」

「全裸になってあのオヤジの家のチャイム鳴らして~。」

「あのオヤジが出てきた所で決め台詞!」

 全裸で外に出て、あの人の家を訪れて……?

『私を犯してください!』

 大声で笑い出す三人。

「女子中学生に暴行を加えて、さあケツに火が付くぞ!私のパパが捕まえて~。」

「私のパパが弁護について~、弁護しないの!キョッケーよ。」

「一連の不都合は私のパパが~グチャリ!握りつぶす。」

 よし、死のう。今すぐ死のう。舌を噛み潰せば死ねるだろうか。そう思った矢先、私の頭の中にある思念が飛び込んでくる。

――死ぬべきは誰だ?

 私だ。私が死ぬべきだ。助けてもらった人を傷つけてまで生きたくない。

――人を傷つけたのは誰だ?

 私だ。私が……いや、私は……誰も傷つけて……いない……はず。

――死ぬべきは誰だ?

 私じゃない。私が死ぬべきなんじゃない。

――シぬべきはダレだ?

 こいつらだ。こいつらが死ぬべきなんだ。この三人が!死ぬべきなんだ!

 殺してやる。

 殺す、殺す。殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!!!

――でも、どうやって――

 刹那、胸にしまってあったブローチが輝き始める。

 何だったっけ、このブローチ。

(いけません、あかね様!)

「おい、何だその反抗的な顔は?」

 殺す。

「もしかして~、良いことと悪いことの区別ついてないのかな?」

 殺す。

「話せばわかると思うわ~。みんなで説得、しよ?」

 殺す!

 私はブローチを胸ポケットから取り出し、前方にかざす。

(あかね様!ダメです!これは――

 うるさい、だまれ!

「殺してやる!!!」

 ブローチは凄まじい光を放つ。その最初のコンマ一秒をピークに徐々に光は衰えていき、視界が開けるまで約三秒。トイレに残ったのは、私と、私の荷物だけだった。


 あの三人の姿は、見当たらない。

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