その姿は
六
これが私の、魔法少女としての最後の仕事。
ラヴェールの悲願。私にとっても、それは同じ。
囚われているあかねさんの魂を、解放するのです。
私が電車を降り、辿り着いたのは……遥ヶ見区のとある病院。
ラヴェールはあかねさんの病室の場所をしっかりと覚えていたので、潜入、しちゃいましょうか。
あかねさんの病室から、人が出てきました。
名前、桐生恵。
もしかして、"転移"のめぐみさん?もしそうなら、お礼の一つでも言わなくちゃ。
私はラヴェールに、わざと声を出して質問する。
「ねえ、ラヴェール。あかねさんって、どんな人なの?」
桐生恵さんは、がばっと私の方を向きました。
「ラヴェール!?いるのか?」
はい、ラヴェールはここにいます。
「めぐみ様!お久しぶりです!」
「そして……私でも知ってるぞ。AnCだな?」
あ、その名前は。
「え?嘘。アンクちゃん?」
「マジだ!生アンク初めて見た!」
「何でこんな所に!?」
ちょっとした騒ぎになってしまいました。こっそり潜入するつもりだったのに。
「ユズハ。本名はユズハです。」
「どうも。私はめぐみだ。」
「"転移"の固有能力、一番使わせて頂きました。」
「お、うれしいねえ。」
「これから……あかねさんの魂を呼び戻します。良ければ見ていってください。」
「そっか、ついに。」
(ユズハ様!?"既知"では無理なのでは?)
(何言ってるのラヴェール。使うのは……あなたの固有能力。)
初めから"解析"を使っていれば……ラヴェールの記憶が戻っていれば……
そして、ラヴェールの固有能力を、解放すれば。
今は封じられていて使えない、"改良"を使えば……!
病室に入ると、生命維持装置に繋がれたあかねさんの姿が。
私は……あかねさんの母親に事情を説明し、椅子に座ります。
「"解析"……状態、捕獲。捕獲を"解析"……管理者権限で入場します。」
放り込まれたのは……ある建物の、内部。
長い廊下を後ろに、巨大な扉が目の前に。
私は慎重に……扉に手をかけ、開けようと。
ギィィィィィィィィィィィィィィィ
年代物の扉は古めかしい音を立て、開きました。
王との、謁見の間。そんな感じね。
赤いカーペットが敷かれ、その先に玉座が。誰かが座ってる!
「ようこそ、セルゼニアル宝飾世界へ。」
聞き覚えのある声。見覚えのある姿。
「ゆっくり案内でも……している場合じゃないわね。」
ラヴェール!
「最初に、謝らないと。ごめんなさい。全部私のせいで……」
謝罪なんて要らない、と私は答えます。
「いいの。確かに多くの人命が失われた。でも、この魔石に"改良"を施した事自体は、尊いこと。」
ラヴェールは首を横に振る。
「ただの私のエゴ。きっと有効活用してくれる事を信じてやまなかった。」
魔法の力って難しい、とラヴェールは苦笑い。
「だから、このお話はここでおしまい。この魔石を……機能停止させましょう。」
その意見には賛成です。
「私はここから動けない。"改良"の力を全部使っているから。」
はい、私が行きましょう。
「そこの……扉の右側三番目に飾ってある、ハンマー。」
私は重たそうなハンマーを手に。あら、全然重くない。
「それでヤツを叩き潰すの。大丈夫よ、ただの思念体だから。」
思念体、か。という事は、言葉で誘惑してくるかもしれない。
「その部屋にあかね様が囚われているの。破壊したら、すぐ扉を開けて。」
はい、ここまで連れて戻ります。
私はその部屋に向かう。驚くほど、近い。
片手でその扉を……ギィと開ける。
「人間ヨ……聞ケ。」
ズカズカと部屋を踏み荒らす。
「コノ世界ヲ……変エタイト思ワヌカ?」
目標確認。よーい。
「我ノチカラヲ使エバ……全テガ自由ダ。」
振りかぶってー。
「神!神モ同然ノチカラダ!」
えいや!
「………………。」
悲鳴は、あげなかった。かわりに、メッセージが飛んでくる。
「我ハ……コノ世界ニ……選バレナカッタ……」
そうです。元の世界に……還りなさい。
奥の鉄格子の扉の鍵がバキャリと壊れる。
そのままその小部屋に入ると……あかねさんの姿が。学生服を着ています。
「あかねさん!助けに来ました!」
あかねさんの手を引き、駆け足でラヴェールのいた部屋に戻る。
「ラヴェール!ここ、そろそろやばいでしょ!?」
地面が揺れ始めている。
「ええ!急いで脱出しましょう!」
ラヴェールは玉座から立ち上がると巨大な扉を開ける。
そこから廊下に出て……まっすぐ。
地面がボロボロと崩れて行く。光に向かう廊下は既に崩れていて……
下を見ると、亡者どものお出迎え。
恐らく、下に落ちたら、死。そういうことでしょう?
「あかね様……ユズハ様。飛びましょう。飛んであの光に辿り着くのです。」
ラヴェールは見事な跳躍からの飛行で……光に吸い込まれていく。
「あかねさん!私たちも続きましょう!」
あかねさんは……飛ぼうとしない。
「あかねさん!?迷ってる時間はないんです!戻りましょう!元の世界に!」
「……しも……る?」
揺れが激しい。何かあかねさんは私に伝えようと……
「私も、飛べる?」
あかねさんは不安を顔に浮かべてる。無理もない。
「飛べますよ、きっと。」
あかねさんと手を取り合い……私たちは……光に吸い込まれ……
目覚めたのは、病室。
どうやらあの、セルゼニアル宝飾世界から戻ってきた様。
「最後の魔法……"改良"!」
しかし、魔法を使った時の魔力を使う感じは手元になく。
そう、そんなモノは、必要ありませんでした。
あかねさんは、目を少しだけ、あけました。
「あかね!」
「あかねっち!」
「ナースコール!ナースコールは……」
ここですよ。ゆっくりとボタンを押します。
「いやー、ユズハ様には感謝してもしきれません。」
後ろから声が……パンダのぬいぐるみが喋っています。
「随分ノリが軽いね。もっと感謝しなさい。」
「本当にありがとうございました。」
私の手元には……ただの美しい宝飾品が。
「いこっか、ラヴェール。」
そう、騒ぎになる前に病室から出ないと。私はパンダのぬいぐるみを掴み……
「いいえ、ユズハ様。私はここに残ります。」
「残って、何するの?」
「約束したのです。あかね様と。」
「約束?」
「ええ、高校を卒業するまで、一緒と。」
そう。約束なら、仕方ないね。
さようなら。
(ラヴェール?私もあなたに言わないといけないことがあるの。)
返事はありません。
(ありがとう。)
返事は……ありません。
伝えたい事……まだいっぱいあったのに。
「ずるいよね。」
奇跡に沸く病院を後にしました。
一ヵ月後。
私は占いのお仕事に追われていました。
そのお客様の中に……あかねさんの姿が。
「ユズハさん。この度はありがとうございました。」
「いえいえ、お掛けになってください。」
私は小アルカナと大アルカナを唸らせる。
「あ、お金は無いので占って頂かなくても。」
「占い師のところまで来て占わせないのは変です、変人です。」
……あれ?
セルゼニアル宝飾世界の時、着てた制服じゃない。
「制服、変わったんです?」
「あ、区立の中学校に転入したんです。学費払えなくて。」
とあかねさんは苦笑い。私も苦笑い。
「私立は高いですからね。遥ヶ見女子学園なら、なおさらです。」
私はフォローになってないフォローを。
「ふむふむ……学業はとても良好ですね。本を読むのは好きですか?」
「大好き。」
「でしたら、継続するといいです。とてもいい影響がありますよ。」
などと。
「夏休みの宿題、どっさり出されちゃって。」
「宿題?適当にやればいいんです。」
ガラス越しに外を見ると、これでもかという太陽光線。灼熱の、真夏。
そしてあかねさんは、受験生。
私は……来年、遥ヶ見女子学園にでも挑戦してみようかなあ。
「コーカイするぜ。」
めぐみさんだ。
「よろしくお願いします……先輩。」
三人で、大笑いしたのです。