私の名は
六人目 魔法少女ユズハちゃん
一
チク、タク、チク、タク。私の時計は動き出す。
チク、タク、チク、タク。私の運命が動き出す。
チク、タク、チク、タク。私の胸の鼓動が……聴こえる。
私は今まで、機械だった。
他人の未来が視える能力、この力の容れ物。いわば奴隷、道具、機械。
今日の仕事はここまで。いい買い物をしたと思う。
家に帰り、自室にしばらくこもることにした。
私は魔道具を両手に持ち、机の前に座る。
コンコンコン、と宝石にノックをする。
返事は無い。
ハロー、ハロー。聞こえていますか?
返事は無い。
うん、長期戦になりそうだ。
とりあえず、当面のところは……この魔道具を起動させる事。
どうあっても私は起動させなければならない。
けれども魔道具はウンともスンとも言わない。前の持ち主からは、人格を持っているという説明を受けたのだが。
「はあ、困ったわ。」
なんてため息をつく。そうだ、こんな時は練乳コーヒーでも飲もう。
「今、困っています?困っていますか?」
!?この声は!お母さんじゃない。でも、優しい女性の声。
「乙女のピンチに今日も見参!どうも~、ラヴェールですよ。」
確かに……うん、喋った。人格がある、この魔道具。
「あれ?ノーリアクション?あなたはとても魔力が強そうなので私のテンションはMAXです!」
こんなキャラ?もう少し落ち着いた人が良かった。
「あ、ちょっと引きましたか。そうですか。」
はい、かなり引いた。
「魔法少女に、興味はありませんか?なってみませんか?」
なるほど、そういう魔道具だったのか。
「なります。魔法少女、なります。」
そう言うと魔道具はご機嫌。
「即答ありがとうございます。でもいくつか説明させてください。」
こんな話聞いてない!っていうのは困りますものね、と私は答える。
「私は、主人を転々と変える魔道具です。持ち主の固有能力を発現させ、次に引き継ぎます。固有能力の発現には強い意思や人格などが影響します。固有能力の発動には女性の持つ魔力が必要になります。」
なるほど、なかなか面白そう。
「今のところ、殺意、転移、虚飾、召喚、節制の固有能力を引き継いでいます。」
ということは、私で六人目。
「魔力が不足しているのに使おうとすると、ほぼ死の状態になるのですが……」
なるのですが?
「最初の持ち主がその状態になってしまったので、どうにかして助けたいのです。」
ほうほう。
「そして四人目で致命的な誤算、発現した召喚の固有能力で異世界から魔人が喚びだされてしまいました。」
この前のニュースでやってた。やはり人間の仕業ではなかったか。
「五人目の方が一人倒しましたが、まだ二人残っています。」
……続きを。
「あなたにはこのどちらかをやっていただきたいと思っているのですが……」
私は口を開く。
「全部やります。私はラヴェールの最後の主人。」
ラヴェールはすこし困惑した様子。
「多くは望みませんが、あなたの魔力量によっては、もしかすると。」
私はラヴェールに向かい、諭す。
「私はユズハ、あなたじゃない。ユズハです。」
「……条件を満たしました。ユズハ様に付き従います。」
「随分簡単な条件なんですね、ラヴェール。」
その魔道具……ラヴェールは……
「"解析"!登録者名、ユズハ。魔力量……9999!?心身状態、正常。固有能力、不明。」
「どうかしましたか?」
「……魔力量、測定不能です。」
測定不能ときたか。そして、固有能力。私には未来予知の能力が備わっているが、どうやらそれは……魔法の力とは恐らく別の模様。
「それじゃあお返し。"解析"!」
「………………!?」
私はラヴェールを解析する。
「登録者名、ラヴェール。種別、魔道具。魔道具名、固有能力かじり。」
「ユズハ様!?一体……」
「固有能力のページへ移動。一人目、あかね。状態、捕獲。固有能力、殺意。二人目、めぐみ。状態、生存。固有能力、転移。三人目、エリザ。状態、生存。固有能力、虚飾。四人目、まゆみ。状態、生存。固有能力、召喚。五人目、ちどり。状態、生存。固有能力、節制。六人目は……私。」
「ユズハ様が、なぜ"解析"を!?」
ラヴェールは状況を飲み込めていない様だ。
「ラヴェール。固有能力を引き継いで、次の人に渡るんでしょう?」
「え、ええ。」
「なら教えて。」
何をです?とラヴェールは声が裏返った。
「この、"解析"。一体誰の固有能力?」
「………………!」
ラヴェールは信じられない、といった沈黙を放つ。そうか、記憶を失っているのか。
私は息を大きく吸い込む。
「"解析"。登録者名、ラヴェールを詳しく"解析"。……文字がバラバラ。もっと奥へ。右。右。左。正面。左。右。ごめんなさい、ジャストリーディング。ジャストリーディング……ジャストリーディング。オーケー。アクセス成功。待って……ジャストリーディング。」
風景が、変わっていく……
「ラヴェール様。ラヴェール様。」
そういわれて振り向いたのは恐らくラヴェール。年齢は……二十歳前後だろうか。
「はい!どうかしましたか!」
元気のいい声だ。青い目にチャーミングな金髪……欧か米だろうか、凄い美人。
「とある方の代理人でございます。実は折り入ってお願いがございます。」
フードを被り、声のしゃがれた男はラヴェールに宝石を見せた。
「――!なんて恐ろしい!」
「あなたにはわかりますか、さすがでございます。この魔石の所有者は、原因不明の病に倒れました。」
「それが、私の次の仕事ですね?」
「左様でございます。この魔石を、何とかして処分して頂きたいのです。」
声のしゃがれた男は続ける。
「方法はお任せします。とにかくこの魔石を、無害化させてくださいませ。」
ラヴェールは首を縦に。
「わかりました。私の最期の仕事。拝命にあずかり恐縮です。」
男はフードを外した。……どこかで見た事があるような顔つき。
「ラヴェール様、そなたは若い。最期だなんて、二度と言うものではありません……」
ラヴェールは敬礼した。
「エリア=ラヴェル・アンブラーの名において。必ず……必ず生きて戻ります。」
また風景が……変わる。
恐らく、ラヴェール……エリア=ラヴェルの工房だろうか。作業場が映し出される。
「さて、困ったものね。金細工は慣れたものだけど、魔除けの為に銀ベースでデザインしないと……」
映像のノイズとともに時間が経過したのだろうか、同じ場所でも微妙に違うビジョン。
「この忌まわしき力……まるで魔法。そう名付けましょう。」
また同じ場所の別のビジョン。
「なんとか、良い方向で使ってくれる人がいるかもしれない。」
同じ場所の別のビジョン……
「でも、男性が使うには少し難しいし……」
ビジョン……
「魔法少女!っていうのどうかしら?いいね、エリアちゃんワクワクしてきたぞ。」
ザッ
「ここはこうカーブを描いて……」
ザッ
「うん、うん。とっても素敵!エリアちゃん上出来!」
ザッ
「この仕事が終わったら、あの人にプロポーズして……結婚、か。子どもの名前……うん、あとで。」
ザッ
「聞こえる?聞こえますか?」
ザッ
「……完成。」
「あれ?ここは、どこ……?」
――登録名、ラヴェールの捕獲に成功。む?貴様!なんて事を!違う!貴様はお呼びではない!来るな!
「やっと捕まえた……!"改良"!」
――貴様ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
「……固有能力かじりと名付けましょう。」
「いつか、必ず有効活用してくれる人を。あるいは……私は目覚めない。」
また風景が変わる。
「あれから五十年……ついに手に入れた。エリア、聞こえるかい?」
宝石を大切そうに持つ老いた男性の姿が映し出される。
「私は、大分無茶をしてしまった。」
不鮮明な映像だ。
「残りの生涯、この宝石を持っていれば、君に逢えるかもしれない。」
ノイズが入り乱れる。
「エリア、君の魂は、ひょっとして……この中に!?まさか!そんな事が!」
映像はまるで古いフィルム。
「わかった!わかったぞ!ハハハハハハハ!」
老人の部屋に一人の若い男が入ってきた。
「探したぞ。」
「誰だ!?」
「どうも、英雄です。要件は、わかります?」
若い男は英雄を名乗った。
「こ、この宝石は私のものだ!」
「いや、違う。僕の依頼主の物だね。まあまあ、それはいいんだよ。気にしないでも。」
「わ、私を殺しに来たのか?」
「違う。僕の目的は宝飾だけだ。しかも君に個人的な恨みは無い。」
英雄を名乗る男は続ける。
「だからさ、ほら。その宝飾。それさえ返してくれれば、構わないから。」
「嫌だ!」
老人は提案を拒否する。
「二回目。お願いしますよ、さっきも言ったけど、個人的な恨みとかそういうのはないんで……」
「嫌だ!」
老人は提案を拒否する。英雄を名乗る男は……
「三回目。返してください!お願いします!戦争でもないのに僕に人殺しをさせないで下さい!」
「嫌だ!」
老人は恐らく最後であろう提案を踏み潰す。
「そっか。じゃあ、死ねよ。」
英雄を自称する男は……刺突剣で老人の心臓を貫く。そして宝石をもぎ取った。
「確かに美しい……美しいが。命の方が、大事だろ……」
視界が暗転する。そして光が差し込み……その方向へ向かうと……
私の部屋だ。恐らく過去のビジョンから戻ってきたのだろう。
「ジュド……ああ、ジュド……ごめんなさい……」
ラヴェールのこの声、泣いて……
「"解析"。一人目、ラヴェール。状態、捕獲。固有能力、改良。二人目、ジュド。状態、死亡。固有能力、解析。三人目、あかね。状態、捕獲……」
なるほど。こんな過去が、隠されて……
あれ?何で私も、泣いているんだろう?