精算
三
ラヴェールを「連れて」家に帰りました。
道中、ラヴェールからこんな話を聞いたのです。
「召喚された魔人は、三人。一人はちどり様が倒しました。」
「まだ、二人残ってるんだ。」
「そうです。これといった騒ぎは起こしていませんが。」
「じゃあ、ボクが残りの二人も倒しちゃおう!」
ボクがそう言うとラヴェールはそれは難しいでしょう、と答えました。
「ちどり様の功績はとてつもなく大きいです。魔人を倒しただけでなく、こんな強力な固有能力まで……」
節制……って、そんなに凄い力なのでしょうか。ボクには今ひとつピンときません。
「今までの持ち主は……例外もありましたが、およそ500から800程の魔力がありました。」
ということは、つまり……
「今まで一人一回しか使えなかった殺意の大魔法が10発以上撃てる。これがどれほどの事か!」
確かに。と、いうことは。
「ボクも後三発は撃てるんだよね?」
ボクは自転車を止めます。家に到着しました。
「おおう、随分スリリングな家にお住まいで……」
ラヴェールは最大限気を使って言葉を選んでいる気がしますが、そんなフォローは要りません。
「お父さん、ただいま。」
と言ってももう暗いです。電気も点かないので今日はこのまま眠りましょう。
(父親……ですか?随分ドライな反応ですね。)
(ちょっと人格が向こう側に行っちゃってるだけ。)
(というと?)
(薬物でわかる?)
(アヘン……でしょうか?)
まあ似たような物だよ、と答えます。
ああ、今日は随分疲れました。そのまま意識が落ちていきます。
翌日。
ボクはラヴェールに確認をとるのです。
(ラヴェール、あの魔法、まだボクは三回は撃てるんだよね?)
(はい、撃てますが……まさか……)
お父さんは食卓の前で正座しています。
(お父さんを、解放してあげないと。)
それが悪いことだとは、微塵も思っていません。
(薬物で廃人ですか……部外者の私は何も言えません。ちどり様の意志に任せます。)
殺意……殺意。
「お父さん、おかえり!どうしていつも帰ってくるのが遅いの?」
「ちどり。僕はね、世の中のみんなを守る仕事をしているんだよ。」
違います、この記憶じゃないです。ちゃんと殺意を持たないといけません。
「お父さん!ボクもケーサツカンになりたい!」
「ははは、僕と違ってちどりは強いからすぐなれるよ。で、何で自分の事をボクって言ったの?」
「お父さんのマネ!」
「ははは、ちどりには敵わないなあ。」
この記憶でもないです。殺意を……ちゃんと殺意を。
「僕はちどりのお母さんも当然守るんだ。警察官だからね。」
「ボクは守らなくてもいいの?」
「そういうわけじゃない。お母さんの手術、きっと成功するから。だからちどりは安心して。」
「うん、わかった!」
この記憶でもないです……でもあと少し。あと少しで。
「僕は……守れなかったんだ……一番身近な人を。」
「お父さん……?」
「少しだけ、一人にさせてくれないか?」
「うん……わかった……」
そうです、もう少しです。もう少しで……
「うおおおおおおおお!!何が警察官だ!何が人を守るだ!妻一人守れずに!」
「お父さん!落ち着いて!」
「うるさい!お前は誰だ!」
「お父さん、ボクだよ、ちどりだよ!」
「お前はドリーだ!ちどりはどこだ!」
そう、ここからは忌まわしい記憶です。忌まわしい……
「ドリー。ごめんなあ、見ず知らずの他人に……」
「お父さん、ボクがちどりだよ。」
「僕は妻も娘も守れなかった……二人とも死んでしまった。」
「お父さん、ボクはまだ生きてるよ。」
違う……違う……!
「お父さん、おかえり!どうしていつも帰ってくるのが遅いの?」
「ちどり。僕はね、世の中のみんなを守る仕事をしているんだよ。」
記憶が巻き戻ります。今現在のボクはその場で泣き崩れました。
「あああああああああああああああ!!」
そうです……そうです。
ボクが、お父さんを殺せるわけが……無いでしょう?
(ちどり様……私はその意志を尊重します。)
(うるさい、うるさあああい。)
ボクは卑怯者だ。お父さんを殺そうとした。
ボクは臆病者だ。お父さんを殺せなかった。
ボクは……弱い。お父さんを守れなかった。
ボクは……ボクは……
ドンドンドン、と扉を叩く音。
「ドリー!いる?」
その声は、所長のものでした。
突然だったから涙を拭わずに玄関に出てしまいました。
「所長さん。ごめんなさい、今から行きますので。」
「………………!」
「所長さん?」
「今日は休みなさい。これ、今日の新聞と今日発売の情報誌。」
「ありがとうございます。」
「明日には来るんだよ?」
ボクは新聞と情報誌を受け取りました。
そして扉は閉められ、階段を下る音がゆっくりと。
「お父さん、新聞なんて、久しぶりだね。」
お父さんの目の前に新聞を置くと、お父さんは新聞を開いて読み始めました。
といっても……記事を読んでる訳では無いのですが。
(ちどり様。私の次の主人ですが……)
(わかってる。ボクも考えてた。)
情報誌を何となく後ろから見ながら、ラヴェールとお話しします。
(ねえ、ラヴェール?)
(ちどり様、何でしょう?)
(今までの魔法少女の選考基準って、どう考えても場当たり的なアレだよね。)
(はい、その通りです。それしか手段がありませんでしたので。)
ボクは情報誌の広告欄を指差しました。
(初めから強力な女の子を主人にする、っていうのはどう?)
(それがわかれば苦労しませんよ!)
ボクの指差した先は……
――脅威の的中率89%!小学五年生にして天才占い師!
(どう思う、ラヴェール?)
(100%じゃなくて89%ってところがかなり信憑性ありますね。)
(確かこの子、テレビにも出てたんだけど。)
待ってくださいとラヴェールは言いました。
(小学生とは書いてありますが、女の子とは書いてないですよ!)
(どう見てもどう考えても女の子でしょ?)
(人は見た目によらないのです!万全を期しましょう!)
ああ、ラヴェールも人を見た目で判断して、痛い目にあったクチですか。
「お父さん、行ってきます。」
目指すは……鳥袋。
電車賃は持ち合わせていないので……徒歩で行きましょう。
平日の昼間だったこともあり、行列はさほどではないそうです。
それでも、一時間待ちだそうです。
ボクの番が来て、占い師の女の子と目を合わせると……
その女の子は首をうん、と縦に一回振りました。
「待っていました。」
ボクはラヴェールをバッグから取り出し、女の子に見せました。
「魔道具。しかも、とても危険な。」
「使い方、わかる?」
「お借りしてもよろしいでしょうか?」
ラヴェールを女の子に渡すとボクは帰――
「待ってください。」
うん?
「占い師のところまで来たのに占わせないのは変です。変人です。」
それもそうでした。
「でも、お金が……」
「いりません。大丈夫、すぐ終わりますので。」
席に着くと、異様な空気の重さに息が苦しくなります。
「魔道具の所有者である貴女には言いますが、私には未来が視えるのです。」
!!
「肉眼なら24時間。小アルカナなら、一ヶ月。大アルカナなら、一年。」
女の子は続けます。
「全てを始める前に、貴女の名前をフルネームでここに記入してください。」
瀬島……千鳥……っと。
「では、瀬島千鳥様。何をメインで占いましょう。」
「恋愛!」
「了解しました。」
女の子は、凄まじい速度でカードを捌きます。
「ん?ううん?ここが変だ。」
再度シャッフルして、カードを並べ直します。
「瀬島千鳥様。貴女は、来年の一月に死にます。」
!?
「死因は……うーん、なんだろう、これ。」
女の子はもう一度カードをシャッフル。そして、また並べ直しました。
「死因?………………!」
ボクは恐る恐る尋ねます。
「死因、な、なんでしょう。」
女の子は深く息を吸い込みます。
「死の運命を、今ここで変えましょう。瀬島千鳥様、この魔道具ですが。」
女の子はラヴェールを指差します。
「私が買い取ってもよろしいでしょうか?」
買い取る?ボクはあげるつもりでしたが。
「その場合、正式な代金をお支払いしたいのですが……私のお小遣いだと、到底足りないのです。」
まあ、小学生ですしね。
「これくらいでどうでしょう。」
女の子はその小さい手のひらでパーを作りました。
五、ですか。
五百円?五千円?
「……五億円までしか出せないのが心苦しいです。」
ご……お…………く……?
「あ、じゃあ、それで。」
としか言えませんでした。
「ありがとうございます。」
女の子は立ち上がり、深々とお辞儀をしました。
家に帰る途中、銀行に立ち寄り、残高を確認しました。
確かに一桁の違いもなく、五億円が振り込まれていました。
(これでお父さんを療養施設に入れられる。もしかしたら快方に向かうかも。)
返事はありません。
(ラヴェール。ラヴェールのおかげだよ、ありがとう。)
返事はありません。
(ラヴェール……ラヴェール……)
ボクはうずくまり、本日二回目の号泣です。
こんな時間。今日はもう帰っておやすみ。
翌日……
「先輩、ネコちゃんか何かが側溝に入っちゃってるみたいですよ。」
「ドリーの勘は当たるんだよなあ、今度は何が入ってるやら。」
側溝の蓋を開けると……そこにはネコちゃんがいました。