初戦闘
二
ボクは、婦警さんになれませんでした。身長が足りないから。
お父さんを、療養施設に入れられませんでした。お金が足りないから。
そして、今。魔法少女になったボクは魔法を撃てないそうです。魔力が足りないから。
でも、誰かがあの魔人を止めなくちゃいけない。
ボクは、自転車に跨り……行かなきゃ。黒煙立ち昇るあの場所へ。
「ちどり様!お願いです!逃げてください!」
「嫌だ。」
「私は主人を転々とうつろう魔道具!ちどり様の固有能力が発現すれば、私は次の主人を選べます!」
「だから?」
「この場は堪えて、次の私の主人に賭けましょう!」
「嫌だ。」
「ちどり様!堪えてください!」
ボクはもう一度自転車を止め、降りた後。叫びました。
「ここにきて我慢?我慢!我慢!!我慢!!!いい加減にッ!足りないなんて、二度と言うな!」
ボクは続けます。
「何とか足りるようにするんだ!足りなければ、工夫して補うんだよ!」
「しかし!ちどり様!魔力不足で魔法を撃つと、死と同然の状態に!」
言い応えするラヴェール。だけど一つだけ、閃きました。
「ラヴェール。ボクを殺したくなかったら、よく聞いて。」
ボクは諭すように、ゆっくりと。
「ボクはラウド・ヴェールを発動させる。ラヴェールは、半分くらいで止めるんだ。」
「………………!」
そうです。そうすればその魔法の消費魔力は……250になりますよね?
「出来る?出来ない?やってみる?やめとく?」
「………………。」
ラヴェールはしばらく黙っていましたが、ついに口を開きました。
「ちどり様。博打になりますが、やってみましょう。」
オーケー、そうこなくっちゃ。また自転車に跨り、現場へ急行します。
現場には、夥しい数の自動車が黒煙を出していました。
そして地面には血、死体、悪臭。
暴漢はボクを見ると、待っていましたといわんばかりの、あのしたり顔です。
「こうやって騒ぎを起こせばよお、ノコノコと向こうからやってくるよなあ?」
そうだ。ノコノコやってきたぞ。お前が魔人か。
「この世界の餌も、たいした事はねえな。魔道具を持ったところで、俺と戦えんのかあ?」
下品な笑い声。ボクは先ほどのラヴェールとの打ち合わせの内容を頭の中で復唱します。
(ちどり様、何とか隙を作ってください。一発外したら、もうおしまいですから。)
(ちどり様、殺意を持ってこのブローチを対象にかざし、ラウド・ヴェールと宣言してください。)
(ちどり様、その後のコントロールは私の管轄です。あとは殺意に呑まれないように。)
ラヴェール、わかったよ。やってみるからね。
さて、隙……どうやって作ろうか。
「それじゃあアレだ。そろそろおっぱじめるとするか!」
その発言と同時に魔人は信じられない程高く跳びあがりボクのところへ。着地の一歩手前で、こう叫びました。
「"破壊"ィ!」
魔人の拳がアスファルトに直撃すると、その周囲のアスファルトがボロボロに砕け散りました。そしてその跡には大きな穴が露出しました。
ラヴェールが親切に解説してくれます。
(固有能力、破壊。です、か。知性のない固有能力ですね。威力も私の物とは比べ物にならないほど低い。)
(でも……だよ。)
(ええ、シンプルですが強力です。生身の人間なら一撃で死にますね。)
「流石にコレは避けるよな!ヒャハハ!わりぃわりぃ。」
この人……戦いを愉しんで……
いや、呑まれちゃダメだ。ええとボクのスペックは……剣道初段、柔道初段、合気道初段か……
柔道と合気道はダメです。素手の射程で戦ったら簡単に"破壊"の対象になるでしょう。
剣道三倍段とも言うし、ここは常識的に……長物を使いましょう。
周囲の血溜りの中を探る。
死体、死体、死体だらけ。でも、彼らはみな、武器を持っていました。
あの破壊された黒塗りの高級車、そしてこの死体の顔つき。暴力団関係者でしょうか。
ここで、戦ったんだ……何かを護る為に。
「ボクも戦うからね。ごめんなさい、お借りします。」
死体から丁度いい長さの得物を剥ぎ取りました。
拳銃も見えたけど……一度も触った事のない武器を使うのは危険です。
……!
そういえばラウド・ヴェールも一度も触った事のない武器、でした。
ボクは得物を魔人に向かって投げつけ、拳銃を手にします。
剣の射程も、心許ないです。銃の射程なら、もしかしたら。
「ヒャハハハ!そんなオモチャで俺とヤり合おうってかあ?おもしれえ!」
あれ?ひょっとして……ひょっとすると……
(ラヴェール!?さっきから明らかに、隙だらけじゃない?)
(……はい……私もそう思います。)
ボクは胸ポケットからラヴェールを取り出し……殺意!殺す!
「ラウド・ヴェール!!!」
光とともに、「上から降りかかる力」が魔人を捕らえました。
――お願い、ラヴェール。うまくやって。
意識が飛びそうです。そんな心の中に割り込んでくる声が鮮明に。
殺せ、殺せって蠢いています。
殺せ、殺せって囁いています。
殺せ、殺せって叫んでいます。
これが、殺意。
視界が突然ひらけます。あの地獄のような場所に、ボクは戻ってこれたようです。
(ラヴェール!魔人は!?)
(………………。)
(ラヴェール!?)
(……避けられました。)
避けられた!?
「グオオオオオオオオオオオ!!!」
魔人は地面に倒れこんでいました。右肩から先と右足が消失していましたが、生きて――
「逃げなきゃ。」
ここまでやれば後は警察がやってくれるでしょう。ボクは自転車に跨り、自警団の詰所に戻ろうとしました。
けたたましくサイレンを鳴らすパトカーとすれ違いながらの道中。
(ちどり様。)
(なに、どうしたの?)
(良い知らせと悪い知らせがあるのですが……いかが致しましょう?)
ラヴェール、随分のん気。悪いほうから先に聞くとしましょう。
(ラウド・ヴェールの制御に失敗しました。あれが100%の出力です。)
――何だって?
(ラヴェール。もしそれが本当なら、何でボクはこうやって元気に……)
(今は時間がありません!さっきの場所に戻ってください!)
戻る?もう魔法が使えないボクが?
そういえば、良い知らせって。何でしょう。
(ラウド・ヴェール。まだ撃てるみたいです。)
オーケー、そうこなくっちゃ。自転車をUターンさせて駅前に戻りましょう。
現場には、すでに警官に包囲されている魔人がいました。
「気をつけろ!なにやら重傷だが……」
あちこちで情報が交錯しています。
それをすり抜け……
「あ!君!危ないよ!離れて!」
――殺意の帷
「ラウド・ヴェール!!!」
光とともに、魔人は跡形もなく消滅しました。
「君!なんてことを!これから容疑者を署に連行して事情聴取を……」
知りません。だってボクは……
警察の者じゃないですし。
「じゃあ、探し物。コレを持ってってください。」
ボクはラヴェールを警察官に渡しました。
(ラヴェール、後で戻ってきてね。)
(全く、人使いの荒い……お嬢様。)
警察の人にはこってり絞られました。署を出るとどっぷりと夜。そして、すぐに先輩の声。
「ドリー!無事だった?」
「うん、大丈夫だったよ。」
「全く、世話の焼ける。」
「えへへ、褒め言葉?」
家は反対方向なのですぐ別れましたが、元気な先輩の姿が今日も見れてボクは幸せ者です。
そうだ、ラヴェールを回収しないと。ボクは詰所に戻ります。
(ラヴェール?いるかな?)
(はい、この中ですよ!)
鍵を開けてラヴェールと再開。警察ではまた紛失騒ぎでも起こっているでしょう。
「結局なんだったんだろうね。」
「"解析"。登録者名、ちどり。魔力量、184。心身状態、正常。固有能力、節制。」
ラヴェールは続けます。
「この固有能力、"節制"の概要を"解析"……消費魔力、0。効果、魔力の消耗を九割抑制。射程、自分のみ。使用条件、なし。備考、常在型能力。」
節制……節制って……
「アハハハハ!なにそれ!しょぼい!みみっちい!ケチくさい!」
ボクは大笑いしたのです。
「ちどり様。恐れ入りますが……はっきりと申し上げれば反則的能力です……」
なにそれ!ヘンなの!