ドリーズドリーム
五人目 魔法少女ちどりちゃん
一
今、この世界は大変な事になっているそうです。
異界から魔人が召喚され、多くの人を傷つけているそうです。
それに対抗するには、この宝石の持つ魔法の力が必要不可欠……らしいです。
新緑の候、夕暮れ時。ボクは先輩とパトロールに出かけていました。
パトロールと言ってもボクは警察じゃないですよ。自警団です。
ボクのお父さんは元警察官で……ボクも警察官になりたかった。
でも、身長が足りないって言われて、ボクは警察官には成れなかったのです。
「ドリー、そろそろ戻ろうか。」
「そうですね、先輩。」
ボクの名前は瀬島千鳥。みんなからはドリーって呼ばれています。
念の為言いますけど、ボクは女です。女性です。一人称はボクですが。
道を歩いている途中、視線を感じました。その向きと高さからして……側溝の中。
「先輩、ネコちゃんか何かが側溝に入っちゃってるみたいですよ。」
「本当かい?まあドリーの勘は鋭いからなあ。」
側溝の蓋を開けると……そこにネコちゃんはいませんでした。大きな宝石が埋め込まれた装飾品。
「そういえば……数ヶ月前、遥ヶ見美術館で宝飾品が盗まれたって言ってたな。」
「それがコレですか?確か懸賞金が一千万になったって……」
「凄いよ、ドリー!お手柄だ!」
ボクは先輩に褒められて有頂天になるのです。
早速持ち帰ってポスターを確認すると……細かいところまでソックリでした。
「どうする?一千万だよ一千万!」
実感は湧かないけれど、先輩は大興奮です。
「ドリーが見つけたんだから、全部ドリーのものだよ。生活、苦しいだろ?」
はい。ボクの生活は大変苦しいのです。
「一千万あったらさ、ドリーの金銭感覚なら20年は持つんじゃない?」
はい。確かにボクの金銭感覚なら20年持ちます。
警察に連絡するから、と先輩は詰所の奥へ向かいました。
一千万円か……どうしよう、何に使おう。何に使うのがいいでしょう?
「今……どうしよう。そう思いましたね?」
!?
誰!?女の人の声!
「あなたの目の前の、宝石です。」
確かに、宝石がしゃべってる!
「突然ですが、あなた。魔法少女になりませんか?」
魔法……少女……?それって……
「ボクがいくつに見えたの。」
「中学生くらい。」
そう答えられてボクは激昂したのです。
「ボクはこう見えてもとっくに成人してるんだ!バカ!バカ!」
何歳かはあえて言いません。内緒なんだから。
「大人の女性でも大丈夫です。今、この世界は大変な事になっているのです。」
「うん、大変だよね。」
「異界から魔人が召喚されました。多くの人が傷ついています。」
「毎日ニュースでみるよ。魔人?の仕業だったんだ。」
「彼らに対抗出来るのは、魔法の力です。私の力の半分と、あなたの力の半分。これで世界を救いましょう。」
すごい。こんな事ってあるんだ。
ボクはこの時を秘かに待っていたのかもしれないです。
「やります。」
ほとんど即答でした。
「いいですね!それでは……申し遅れましたが、私はラヴェールです。」
「ちどり。みんなからはドリーって呼ばれてるけど。」
「じゃあどっちにしましょう?」
「ちどり。」
お父さんが付けてくれた大切な名前です。
「それでは契約成立です。ちどり様は今から魔法少女。魔力を使い魔法を行使してください。」
そうだ!悪い奴はボクの手で退治するんだ!その宝石……ラヴェールがボクのパートナー。
「"解析"。うん、うん。なるほど。」
「ラヴェール、魔法少女の衣装はどうなってるの?」
そう聞いたところで電話を終えた先輩が奥の部屋から戻ってきました。。
(念話も可能です。心の中で私に向かって語りかけてください。)
(喋る宝石なんてないもんね。)
(ちなみに、衣装の類は準備しておりません。申し訳ないのですが。)
安心したような、ガッカリしたような。
(でもラヴェール、これからあなたは警察の所へ行って、美術館に戻る手筈なんだけど。)
(大丈夫ですよ、転移魔法があるので。)
なんか、それを利用して繰り返せば一億円くらい稼げそうだけど。
でもダメ。魔法の力は私利私欲の為に使っちゃいけないのですよ。
「じゃあ、ドリー。引き渡しはやっておくから、今日はもう帰っていいよ。」
「はーい、お疲れ様でした。」
自宅まで自転車で、約十五分。この今にも倒壊しそうなボロアパートがボクの家です。
「お父さん、ただいま。」
ボクはお父さんと二人暮らしをしています。
さっきも言ったけど、お父さんは元警察官。強くて優しくて、カッコよくて。自慢のお父さんでした。
でも、お母さんが病気で亡くなってから……お父さんは人間じゃ無くなったのです。
「………………。」
布団で寝ているお父さんは無言で答えます。意識はあるのでしょうか。
まぶたを指でこじ開け、眼球をあらわにすると微かに動いています。
「お父さん、ただいま。」
お母さんが死んだ後、お父さんは覚せい剤を使うようになりました。
まさにそれが理由で警察をクビになったんです。
貯えは全てクスリに消え、その頃にはお父さんは……
「お父さん、ただいま。」
もしかしたら、もしかしたら。
お父さんはすぐにでも目覚めて……親子で協力してゼロからやり直す未来を夢見て今日も……
ボクは、電気の入っていない冷蔵庫からモヤシを取り出すと、フライパンで火にかけ……
ガスも止められているんだ。生のまま食べました。
「お父さん、ごはん。」
そうボクが言うとお父さんはすぐ起き上がり、食卓の前で正座します。
そのまま生のモヤシを貪り食べました。
そして、テレビを点けようと何度も何度もテレビの電源ボタンを押すのです。
当然、電気は止められているので、点きません。
「ご飯の後は、三人でテレビを見るのが瀬島家のルールだったよね。覚えててくれたんだ。」
こんな、どうしようもない現実がそびえ立っているのに、世界を救う?
いや、だからこそ。ボクは警察官の娘だから。
翌日、朝一番で詰所に向かうと、机の上にラヴェールが鎮座していました。
(なんと言ったらいいか……私はちどり様の自宅の座標を手に入れてませんでした。)
(だからここに戻ってきたんだね。)
ボクは手提げバッグの中にラヴェールを放り込みます。
今頃警察では宝石を紛失したと大騒ぎでしょうか。
テレビを点けると……今日もあの事件の続きが悪夢のように流れています。
――また、あの暴漢です。昨夜は新乃宿駅前に出没し、通行人を次々と殺害しました。武器は持っておらず、素手による犯行ですが、ご覧下さい。男に殴られた途端、爆発でもしたかのように身体が吹き飛んで……画像ではモザイクがかかっていますが、まるで拳に爆発物でも仕掛けているかのようです。警察では――
映像では火の手もあがって、大変な事に!
未曾有の事態にそろそろ警察の管轄から自衛隊の管轄になり、戒厳令が出るのでは、なんてアナウンス。
ボクはその男の姿を目に焼き付けようとします。魔法の力が、果たして通用するのでしょうか。
これから、この男と、ボクは戦わなければいけないんでしょう。
(ラヴェール、見えてる?)
(見えてます。視覚もリンクしていますので。)
(倒せると思う?)
(無理です。)
ラヴェールの一言が刺さりました。無理……無理って。魔法の力なら対抗できるって、言ってたじゃないか。
(遭遇したら、全力で逃げるんですよ?)
ボクは、逃げる為に魔法少女になったわけじゃない。被害にあった地区を順番に追って行くと……
線路に沿うように北上している。地図を追うと次の目標は、野中か……高田婆のどちらか。
ん?野中かって、何で他人事みたいな事を言っているんだろう?
……ここがその野中じゃないですか!
外からの爆音で飛び出ると、駅の方角から煙が。急がないと。バッグをカゴに入れて現場まで自転車を走らせます。
(ちどり様、行ってはなりません!逃げてください!)
「ラヴェール。確か対抗するって聞いたけど、逃げろ?破綻してるよね?」
ボクはあえて念話で無く、直接口で意志を表明しました。ラヴェールもそれを察したのでしょうか。
「とにかくダメなんです!落ち着いてください。」
「攻撃魔法は当然あるんでしょ?教えて。」
「……攻撃魔法の類はありません。」
「対抗する為に魔法を使うんじゃないの!?攻撃魔法、あるんでしょ!」
「……ありません。」
「その間は何!?隠し事なんて!」
ボクは自転車を一旦止め、ラヴェールをバッグから取り出しました。
「お願い、教えて。攻撃魔法、あるんでしょ?」
ラヴェールは重い口を開きました。
「……殺意の帷、ラウド・ヴェール。私の持つ唯一にして最大の攻撃魔法。」
そう解答を得るとボクは、なんだ、あるじゃない。と返しました。
「足りません。」
え?
「ちどり様の魔力量は284。この魔法の消費魔力は、500です。足りないのです。」