凶事の兆し
三
部屋がぐにゃりと曲がっているように感じられる。一体、何が起こっているのか。
「ラヴェール?何が起こってるの?」
私はとっさに机の上の宝石……ラヴェールに問う。
「"解析"!登録者名、まゆみ。魔力量、479。心身状態、正常。固有能力、召喚。この固有能力、"召喚"の概要を"解析"……消費魔力、300。効果、別世界の英知を得る為の扉を開く。射程、手の届く範囲。使用条件、魔道具とのリンク。備考、処分の際にはあらゆる手段を。」
ラヴェールはそう答える。……答えるというよりは、分析したのだろうか。
そして、私の発現させた魔法は……召喚魔法だった。回復職の名折れである。
部屋の床に円が描かれる。これは、どう考えても、アレだ。魔法陣だ。
魔法陣は光を放つ。そしてその光が消えたところに現れたのは……
三人の男だった。三人ともキョロキョロと周囲を見渡す。一人の男が口を開いた。
「ここは、どこだ?」
ここは私の部屋だ。次の一人が口を開く。
「召喚陣の痕跡があります。我々は恐らく、異世界に召喚されました。」
若干口調が紳士めいている。最後の一人が口を開く。
「餌が一匹。コイツの仕業か?だとしたら、魔道具はどこだ。」
……餌?なぜだか嫌な予感がする。この人は乱暴そうな人だ!
(まゆみ様!転移で避難してください!)
(ラヴェール、私はこの部屋から出たくないの。)
「魔道具……あの宝石か。いや、まさか。そんな事が……」
信じられない、といったような声で、なにやら動揺している。……そして。
「ハハハハハ!なんだ、こんな所にあったのか!そうかそうか!まさか異世界に隠れていたとは!」
「随分壮大なかくれんぼになりましたね。」
「百年!待ちわびていたぞ!」
恐らく代表格であろう中央の男が畳み掛ける。
「おい、餌!その宝石をよこせ。それさえあればこの世界に用はない。」
よこせと言われてはいあげますよ、なんて都合のいい話は無い。
(まゆみ様!転移で逃げましょう!)
(ラヴェール?さっきも言ったけど……いえ、それはいい。あなただけ逃げなさい。)
(しかし!)
(私はこの人たちに話があるの。秘密のお話がね。)
(いえ、でも……!)
(ラヴェール。私の魔法、固有能力?はもう発現したの。だから私はもう用済み。そうでしょ?)
男は机の上のラヴェールに手をかける。
「仕方ありません、"転移"!」
ラヴェールはどこかへ消えた。
「なんだと?宝石自体が意志を持ち、固有能力を使っただと?」
「何か変化があったのでしょうか?となると、かくれんぼがおにごっこになりますね。」
「まあ、いい。とりあえずこの餌を頂いて英気を養おう。」
話はなんとなく解った。この三人は、あの宝石を長い間探していた。あの宝石は異世界の物。私が彼らを召喚したことで、彼らの時間が動き出したのだ。そしてあの宝石は、当初持っていた性質とは別の性質が与えられて……恐らくそうしたのは、ラヴェールなのでは?
そして先ほどから頻出している単語、餌。
餌とは恐らく……ニンゲンのことだ。
「三人にお願いがあるの。命令は出来るのかしら?」
私が召喚した、という事は召喚主の命令に従うはずだ。私は続ける。
「この世界を、滅ぼして。」
そう言い放った私に三人は、互いに視線で相談を始めた。……そして出た結論は。
「失礼ながら、餌の命令には従えません。」
と紳士が答える。
「なんだ、物騒な命令だな!この世界の餌はどうなっている!」
乱暴者はそう答える。そして代表格の男は……
「異世界に召喚された場合のマニュアルに従うと……我々は穏便に事を済ませる必要がある。」
そんなマニュアルがあるのか。他の項目も見てみたい。
「そうですね。穏便に遂行しましょう。」
「おうそうだ!穏便にだ!」
代表格の男は私に背を向け二人の方を向く。
「お前達の思ってる穏便は私の知っている穏便ではない。穏便の定義をここで示してみろ。」
二人は答える。
「制圧して黙らせます。」
「ぶっ壊して黙らせる!」
代表格の男はやれやれ……といった仕草を示す。
「この世界の餌は我々の世界の餌とは勝手が違うようだ。十二分に気をつけろ。」
『ハハッ!』
その直後、三人は遮光カーテンとガラスを破り、窓から外に出ていった。
一人取り残された私。
私は……私は、ひょっとして命だけは助かったのだろうか?
私は、心のどこかで望んでいたのだろうか、私を殺してくれる存在を。
まあそんな事は、もうどうでもいい。
「仕事でも探そう……」
心底そう思った。ファンタジーの世界も、楽ではないことを思い知ったからだ。