開いてる閉じた世界
四人目 魔法少女まゆみちゃん
一
薄暗い部屋の中。パソコンの液晶モニタだけが煌々と。
私は高校生になった時、親からパソコンを買い与えられた。しばらくは特に何も変哲もない日々が続いたが、オンラインゲームの存在を知り、のめりこんだ。
そして、気がついたら高校を中退していた。あんな馬鹿共と、あんな馬鹿みたいな授業、馬鹿みたいな茶番に付き合わされてうんざりしてた反動があった。オンラインゲームには全てがある。欲しかった仲間たち、欲しかった技術、欲しかった知識……全てがあるのだ。
しかし、夢のような時間は長くは続かなかった。当時私が所属していたギルド。そのギルド内で派閥争いが起き、どっちつかずのポジションをとって我関せずを決め込んでいたのが悪かったのか。気がつけばどちらの派閥からも追放され、私は一人そのギルドを去った。
そのギルドは、いわゆる「廃人ギルド」で、トッププレイヤーの装備、技能、知識が集約されていた。今でも彼らの影響力は甚大で、派閥争いがどうのこうのという話をよく耳にする。結局、あの時どちらかの派閥に入っていれば私はそのギルドに所属したままだったのだろう。
オンラインゲームには「晒し」という文化がある。気に入らない人物や集団を名前と画像で「こいつ(等)はこんな悪いことをしている!」と他のプレイヤーに教え、共有する文化だ。「晒される基準」はよくわからないが、例えば暴言を吐いたり、迷惑行為をはたらいていたり、自動操縦のプログラムで延々と狩り場にいたり、チートと呼ばれるゲームのデータを弄って有利な状況を作り出していたり。あるいはただの嫉妬だ。
当然私が前に所属していた廃人ギルドも、晒しの対象だった。よってその構成員である私もよく晒されていた。特段悪いことをしていたわけでもないからただの嫉妬だろうが、ありもしない卑猥な噂を立てられていた。あの女はあいつの[ピーー]だの、あいつらを纏め上げて[ピーー]だの、[ピーー]が[ピーー]で[ピーー]だの。色々放送コードに引っかかる表現をあいつらは好んで使いたがるのだ。
しかしなんだ、私の事を女だと思っているそいつらはすごいと思う。このゲームのプレイヤーは大抵男性で、女性は希少な存在である。女性キャラクターを使っている男性プレイヤーが溢れる中、よく私を女性だと認識し、共有できるものかと少し感心もしている。
そして、今の私の話。新しくギルドを立ち上げ、運営している。いわゆるギルドマスターである。
一ヶ月程募集を続け、二十人ほど適当に見繕ってスタートした私のギルド。最初の内はそれなりに活気があったが、いつの間にか毎日定期的にログインしてくる人数は私を含めて四人になり、早速暗礁に乗り上げた。
「まゆちゃん、これ終わったらチャHしようか。」
などと個人チャットを飛ばしてくるx影月x。先ほど言った晒しの影響をモロに受け止めているピュアな奴だ。
「今度さー、皆でオフ会やらない?俺金ないから俺の地元で。」
やたらオフ会を提案してくるのは†殺人鬼†だ。お前の地元、福岡じゃなかったか?オフ会がやりたければ東京に来い。私は行かないが。
「三人いるから、今日はオークの野営地でお金でも稼ごう!」
と私が提案すると二人は全力で、行きます!と即答。首都から乗り物にのってオークの野営地があるヒュルダ鉱山に乗り込んだ。
「まゆちゃんがオークに捕まったら[ピーー]されるから気をつけて進まないとね。」
そこでスラッと卑猥な言葉が出てくるお前に気をつけたい。
「いっそのこと今、男二人に女一人だろ?[ピーー]と[ピーー]の[ピーー]だね!」
お前も自重しろ。まあいつものノリなのでいつも通り困っている表情の顔文字だけ出して無視。ヒュルダ鉱山の途中あたりからオークの野営地。何人かが採掘を繰り返している。そして同業者のオークに絡まれて戦っている。このゲームのオークは、鉄鉱石に価値を見いだし加工して装備品にするくらいの知能があるらしい。
ズカズカと野営地を荒らしていくと、数体のオークに囲まれる。私は二人に補助魔法をかけ、戦闘を見守る。戦う必要?そんなものはない、私は回復職だ。
そうこうしているうちに、二人とも体力が真っ赤。回復魔法を飛ばすと……オークが一斉に私の元へ。
「大変だ!まゆちゃんが[ピーー]されちゃう!」
いや、そうチャットで言う暇があるなら攻撃しろ。オークの数は戦闘開始直後から変わってない。そして寄ってきたオークに捕まり、ボッコボコに殴られて死亡。回復職を失った二人もボッコボコにされて死亡。
「いやー、強かったなあ!」
いや、お前等が弱すぎるんだ。私はこの二人があまりにも雑魚なので、この二人があまりにも雑魚なので、それに合わせた狩場を選択したはずだ。しかし、この「最低限の金策」ができるヒュルダ鉱山オーク野営地での狩りすら不可能なら……この二人がこれ以上良い装備を得ることは不可能だろう。
何でこんな事に。私は回復魔法だけかけていれば、敵は仲間が倒してくれる。このオンラインゲームのトッププレイヤーの装備と技量がない今の状況を、私は正直楽しめない。まあ、時間はたっぷりある。更に狩り場のランクを落とすか。そうだ、ファンガスファーム……通称キノコ農園にでも行くか。
「二人とも?キノコ農園に行くわよ。」
そう提案すると二人は即答で快諾する。そのガッツをゲームにも活かして欲しいものだ。
キノコ農園に棲むキノコの化け物は、ノンアクティブ。こちらから攻撃しない限り向こうから先制攻撃をかけてこない親切仕様だ。流石に二人とも苦戦することなく倒し進めて行く。あまりにも余裕なので、奥地までキノコを追いかけたりしている。
「こいつら雑魚すぎ。」
「ウェーイウェーイ。」
二人とも調子に乗っている。そう思っていたら、二人が奥地から全力疾走でこちらに戻ってくる。
「キノコ王だ!キノコ王が来た!」
――キノコ王!
このフィールドの……ボスだ。周辺の雑魚キノコとは比べ物にならない程強い。しかし、決して倒せないわけじゃない。人さえ集めれば。
「キノコ農園に王様います!謁見者募集!」
とワールドチャットで発言する。討伐隊が来るまで、大体今の時間だと二十分か。それまで、この三人でなんとかしないと。
「今、なんとかしないと……そう思いましたね?」
まず最大限にこの二人を強化!キノコ王の攻撃!そんなテレフォンパンチ避けろ!避けられない!二人とも直撃!私が回復魔法を二人にかける!はい、キノコ王こっちに来ました。しかし他にアクティブモンスターのいない広いフィールド……私は逃げ回る!そのうちキノコ王は諦めて近くにいるあの二人へ攻撃を再開!そんなテレフォンパンチ避けろ!避けられない!二人とも直撃!私が回復魔法を……はい、キノコ王こっちにきました。
ああ、これを二十分繰り返せばいいんだ。よかった、なんとかできそうで。
「ちょっと、ちょーっと!無視はよくないですよ!」
キノコ王が回転しながら胞子を撒き散らしてきた。その胞子が地面に到達すると……大量の重臣キノコが現れた!
「ちょ!?こんな、聞いてない!」
思わず叫んでしまう。そういえば一年以上前、このゲームのアップデートの一つに、一部ボスモンスターの攻撃パターンの追加と書かれていたことを思い出す。そうか、キノコ王も対象だったか。ボスとしては最弱と名高いキノコ王。ついに本気で人を殺す術を身に付けたか。当時のギルドメンバーは「キノコ王にも技が追加されたらしい。」と発言し周囲は大爆笑。そんな、廃人ギルドが歯牙にもかけない程、ボスの中で最弱。手に入るレアアイテムも彼等にとってはゴミ揃い。しかし……
コイツが10%の確率で落とす、マッシュルームヘッド。仮に入手して、あの二人のどちらかが装備すれば……戦力は大幅に上がる。マッシュルームヘッドの追加効果の一つに、攻撃を被弾すると一定確率でおばけキノコを召喚し、敵と戦ってくれるという効果がある。この、攻撃を被弾すると、というのがポイント。廃人連中はまず敵の攻撃など受けない。だからこの効果は一部の全体攻撃を直撃した時に一定確率でキノコを召喚するだけ。しかし、日常の被弾が当たり前のこの二人のどちらかが装備すれば……キノコの一個小隊ができあがるだろう。召喚されるキノコはあまり強くないが、少なくとも今のこの二人よりは強い。うまく入手できれば、先ほど全滅の憂き目にあったヒュルダ鉱山オーク野営地にも行ける。
「ちょーっと、ちょっと!ちょっと!無視しないでください!」
なぜか部屋の中から声がする。
「うるさい!ちょっと静かにしてなさい!今大事なところだから!」
そう、今は凄く大事なところなのだ。召喚された重臣キノコは無差別に襲いかかってくる。ヘイトが関係ないなら、集中攻撃を喰らう事もないだろう。キノコ王の攻撃!そんなテレフォンパンチ避けろ!避けられない!二人とも直撃!
そうこうしているうちに討伐隊がやってきた!二十分は掛かるかと思ったら、たまたま近くにいたのか、十分程で来た五人ほどの討伐隊。あっという間にキノコ王の体力を削り、撃破。その死骸が消えたところに……マッシュルームヘッドが!討伐隊の一人が拾い上げる。
「なんだ頭か、ゴミだな。」
よし、ゴミ認定頂きました。さあ次の一言、お願いします。
「誰か欲しい人いる?」
さあ、出番だぞおまえら!
「俺はいらない。」
「俺はいらない。」
おい、ふざけるなよ。攻略wikiにはゴミって書かれてるかもしれないけどおまえらにとっては超絶神装備だから!超絶神装備だから!
「頂いてもよろしいでしょうか?」
と発言する私。マッシュルームヘッドを譲り受ける。
「あげたから俺とチャHしてくれ。」
そう個人チャットが飛んでくる。やんわりと拒否してもこの人は諦めなかった。
「じゃあ見抜きするからしばらく動くなよ?」
ボス装備をタダで貰っておいてなんだが、正直やめて欲しいものである。
マッシュルームヘッドの奇特な見た目に大はしゃぎする二人。
「やべえ、これ超だせえ!」
「うーわ、コイツはひでえぜ!」
効果について説明すると更に大はしゃぎする。
「まゆちゃんが装備すればよくね?いつも最初に死んでるし。」
おい、結果的に私が一番最初に死ぬのは大体おまえらの所為だからな?
「カゲさんが装備したとき、ビビっときちゃった。可愛かったな~。」
そうおだてるとx影月xは全力で†殺人鬼†からマッシュルームヘッドを奪い取り、装備した。
なぜ、私がこの二人と行動を共にしているか?私は曲りなりにもこのギルドのマスターだからだ。それに、毎日ログインしてくる四人目が、結構まともなのだ。地味に準廃クラスの装備、安定した立ち回り、そして毎日攻略wikiや上手いプレイヤーのプレイ動画を覗いている研究家でもある。もちろんその情報の出所は、私が以前所属していた廃人ギルドからのお下がりではあるが、堅実。そう、彼は堅実なのである。
そんな彼にも欠点がある。唯一にして、最大の欠点。
「社会人だから、平日の昼間はログインしてこねえんだよな……」
天井を仰ぎ白目を剥いて口をだらしなく開ける。ああ、あの人、仕事クビにならないかな……
「……そろそろ、よろしいでしょうか。」
「あん?」
私の部屋には誰も入れないはずだが、確かにさっきから声がする。転移、と一言発したそれは、パソコンの液晶モニタの前に現れる。多分これ、ブローチだと思う。そのブローチの中心にあるわざとらしくもデカい宝石が、確かに喋った。
「はじめまして。」
「あ、ああ。はじめまして。」
挨拶を交わす。既に驚いていた私は、次の発言で更に驚く事になる。
「突然ですが……あなた。魔法少女に興味はありませんか?」
魔法少女?なんだその魅力的な単語は。