99話:エミリーとコルセット
エミリーがコルセットをつけたいと言い出した。
男物の衣服がだぶだぶで動きにくいから、らしい。なら女物を選べばと思ったが、それはそれで野外活動に向かないデザインと肩周りがぴったりすぎて動かしにくいのが嫌なのだという。
どうやらミリーの胸は順調に育っているらしい。
それで服の上からコルセットをしてダボついた服を抑えたいようだ。
幸い服飾は懇意にしているテイラーがある。素材も伸縮性のある丈夫な生地があるし、ゴム紐も布でカバーした使いやすいものがある。頼めば作ってもらえるんじゃないかな。
と提案してみた。どうも話を聞く限り、腰に吊った.38口径リボルバーを抜きやすくしたい、というのがメインのようだ。
コルセットというとすっかりボンデージなイメージだった。特にウェスタンなデザインが多いこの世界。革製のコルセットもよく見かける。主に酒場の二階にある宿に出入りする娼婦たちの装備だが。革製だとボタン留めができない。ホックだと外れやすい。ということでベルト止めが多いのだ。
分厚い丈夫な革で複数のごっついベルト、しかも染めが黒ばかり。それを素肌もあらわな格好に装備した、そこそこの美人たち。そんな彼女たちがバーを闊歩したり、階段の上から手を振ったり。どうしても「あ、女王様ですか。跪きましょうか、それとも靴を舐めましょうか」と思ってしまう。いや思わないけど。この思考はおかしい。
「どんなのが欲しいんだ?」
ベック師匠が聞いてくる。考えてみりゃ、朝飯の雑談でするような話なのか、これ?
「服が胸に合わせるとおなか周りが余っちゃって、ピストルを抜く時に引っかかりやすいんです」
「動きやすさを考えるとウェストだけ巻いた感じのカマーバンドが良さそうだな。わざわざシャツを仕立てても数をそろえるのは大変だろうし、うちにゃそんなに余裕があるって訳でもねえ」
エロいことを考えていた俺と、真っ当な思考のベック師匠。ベック師匠は紳士だ。そりゃ年が一回りどころか一桁違うんだからなぁ。164歳と15歳。
「カマーバンドってなんですか?」
念のため聞いておく。俺には腹巻きタイプのミリタリー装備しか浮かばない。
「正装でベストを着たくないときのやつだよ」
そういえばこの世界ではシャツは下着扱いだった。ジャケットの下がすぐにシャツだと上着が脱げないのだ。失礼に当たるから。なのでベストを着る。
職人連中は分厚い作業シャツなのでそんなのを気にしないけれど、外の都市へ商売に行く時なんかはさすがにちゃんとした格好をする。ジャケットを羽織っていればよし、くらいのゆるいマナー。革の作業着でも襟付きだからいいんだとかなんとか。油汚れそのままとかはダメだけどね。
ちょっと想像する。最近、主に胸部の成長が著しいミリーがカマーバンド。もしくはウェストのみのコルセット。これ、いいんですか? 正装あつかいでいいんですか?
……ふう。冷静になれ俺。前の世界でも30年だか100年だか周期で下着を見せるファッションは出てきていたぞ。Tシャツなんか下着だぞ。この世界でも似たような経緯があるのかもしれない。
娼婦のお姉さんがたの目に毒な格好はファッションとは関係ないと思うけど。
「どうせ、ジョニーがまたなにかネタを出すだろ。一緒にテイラー行ってこい」
「わかりましたっ」
「あ、はい。いってきます」
「いらっしゃいませオカジマ様、コウ様。今日はどのような?」
さすが接客のプロ。ばっちり名前を覚えられている。ファミリーネームで呼んでくれるのはここだけだ。たぶん他の店だと愛称しか覚えられていない。俺に至ってはミリーについてくる荷物持ちくらいの扱いだ。付属品扱いしないでくれる薬屋さんと煙草屋さんは俺のオアシス。バーの店主は無口すぎてなにを考えているのか分からない。
「今日はエミリーにカマーバンドを、と思いまして」
「動きやすさ重視でメンズっぽくお願いします。銃を吊るので!!」
「分かりました。ガンスリンガー向けということであればデザインはこちらで、制作は革職人とという感じで少々お値段が上がりますがよろしいですか?」
最近は金銭的に苦労はしていない。いや、いろんな物の試作に足りない材料を買っているから青天井とはいかないが。
「常識の範囲なら」
「もちろんでございます」
「足りなかったらジョニー、お願い」
よかろう、感謝せよ。そしてプレゼントした.38口径リボルバーを無駄にするなよ。
使わないで済むならそれに越したことはないけど。
「金も出すけど口も出すぞ、ミリー。それでいいなら」
「うん。ジョニーは基本的な方向は間違ってないから。たぶん」
そういうことになった。




