96話:色黒エルフさんの注文
2018/03/03 表現の一部修正
ダークエルフ、もとい色黒な森妖精のエイブリー・マルメさんが今日もやってきた。
「どーもエイブリーさん、いらっしゃい。こちらの新製品 .38口径ダブルアクションリボルバーはいかがですか?」
「む、なかなか魅力的なデザイン。しかし値段が……。じゃなくてこれはどういった商品なのだ?」
たぶん買わないであろう銃を紹介しつつどうでもいい世間話になだれこむ。
「ふむ、弾倉が横にずれて再装填が早くできるようになっているのだな。これは魅力的な」
「弾の数が欲しいならこういう多弾を持ち歩ける自動銃というのも扱うようになりました」
といってトヨダ式オート、「ポケットディフェンダー」の製品版を見せる。ついにトヨダさんの1911モドキが製品として出荷されたのだ。
試作品よりわずかに薄く、軽く、より扱いやすくなった。板スプリングも最初から数種類用意してトリガーの重さを変えることができる。グリップも標準サイズ、指に沿って削り込まれたスモールサイズのものと、どちらかを選べる。
それ以外もカスタムできるが有料オプションだ。
「おお、それは御仁の腰のものであるな。見た目が変わっているということは改良が進んだのだな」
「使い込んで製品としてこなれた形にできました。あくまで俺は開発協力ですけどね」
「使用者が実際に撃って改善していったものであれば信用に足るというもの。正直、どうなのだ? ガンスリンガーとして命を任せられるものか?」
命を任せられるかと来たか。商売抜きで「つかえるか」と聞かれている。正直に答えよう。
「任せられます。右腰に吊ってますが、こいつの弾数に助けられてライカンスロープから生きて帰りましたよ。一匹だけでしたけど」
「ほう?」
「外の射撃場でハグレに出くわしまして。この弾倉を差し替えて、合計36発。カービン銃で10発撃った後にこいつが活躍してくれました」
「よし、買った!!」
「ホントに!? 高いですよ、これ?」
「ジョニー殿が推すのであれば信用に足るであろう。いいかげん手持ちの.38口径6発では心許なくてな」
「38とは珍しい。南部では.38口径がメジャーなんですか?」
「これしかなかった」
おおぅ……。
「で、買うにあたって少々手持ちが心許ない。買い取りもやっていると聞くが、この38リボルバーはいくらになる? そもそも値段がつくのか?」
「それはベック師匠、店長に聞かないと分からないです。俺は買い取りをやったことないので」
「ないのか」
「ないのです。鍛冶屋の丁稚になってそんなに経っていないので」
などと話していたところに丁度ベック師匠が帰ってきた。
「うぉーす、ただいま。おや、お客さんか」
「38リボルバーの買い取り希望です。そしてトヨダさんのポケットディフェンダー、一丁オーダーはいりました」
「そいつはめでたいな。最初の一丁だ」
「今まで誰も買ってなかったのか、ジョニー殿」
「ガンスリンガーは愛銃を変えたがらない人が多いようで。俺はこいつがメインなんですけどね」
「ジョニーは.44口径も左に下げてるくせにトヨダ式38オートばっかりだ。これでも鉄砲屋の店員だってんだから奇妙なもんだ」
「……早まったか?」
エイブリーの表情が曇る。
「連射速度と携行できる弾の数は保証しますよ。弾を弾倉に込めて準備しておけば、弾倉の数だけすぐに撃てますから」
買い取りの査定をしている間、エイブリーさんに剣技を見せてもらうことにした。
これはべつに趣味で見たいから、というわけではない。銃と刀を使う戦闘スタイルがよく分からなかったからだ。
分からないものに「はい、どうぞ」と銃だけ渡して終わり、とはいかない。刀を扱う時に邪魔にならない位置に銃を下げないとマズいことになるし、使いづらいとなると命に関わる。一瞬の間が致命的なことになりかねない。
予備弾倉もどこにしまうかが難しい。場合によっては刀を持ちながら弾倉を取り出す必要があるかもしれない。下手に腰の後ろなどに弾倉を用意していたら自分の足を切りかねない。
エイブリー・マルメさんの剣術はマルメ流と呼ぶそうな。実家が代々師範だそうで。
マルメさんによると「初手一撃」がモットーの剣術。敵が迫る中、抜刀し切り伏せる。それができなかったら相手が死ぬまで刀で殴るとか。相手が多数の時はライフルで応戦し、弾切れか接敵されたら近距離で斬撃、殺しきれなかったらハンドガンでトドメだそうだ。
こまかい技はいくらかあるようだが、基本的には左手で刀を持ち、右手はハンドガン状態が多いという。
興味本位で短刀を使う技はないのか聞いてみたが、一応あるらしい。小具足術と呼んで、大きめの武器を持ち込めない屋内向けの格闘術に含まれるという。大きめの武器とはライフル、ハンドガン、刀、脇差しなど。
脇差しもあるのかよ、と思ったがマイナーだそうだ。もともと予備の刀として携帯するものを脇差しと呼んでいるらしい。
銃が出てくるまでは馬手差しといって右手で抜く小刀を使う術があったとのこと。それがハンドガンに置き換わり、脇差しをやめてライフルやカービン銃を背負うように変化したとか。ここ百年から二百年でずいぶん変わったという。
エイブリーさんは古流、オリジナルに拘る本家の方針と新しくても強力な銃を取り入れるべきだ、という分家筋の板挟みになっている親父さんと次期宗主を継ぐ兄のために見聞を広げる、という名目で逃げてきたらしい。
「でね、もう嫌になっちゃって。刀が届く距離になるまえに銃の方が強い距離になっちゃうんだもの」
素が出てますよ、エイブリーさん。
まあどうしても投射武器が有利な距離ができてしまうのはしかたない。なのでちょっとした提案をしてみる。
「ざっくり二つの道があります。一、本家本道として技術を継承していく。二、実用のみを追求し脇差し、小太刀サイズの刀術と銃術に特化する。
今思いつくのはこの二通りです」
「まあ分かるんだけれど。親父殿もそれで悩んでいたし」
「本家本道として技術継承しつつ、村の兵力は銃と小太刀術限定にして促成するのも手です」
「それは……」
「本家が小太刀術をきっちり指導しつつ、現場で無駄を減らした実践流派が出てくるでしょうね。
他人の家の事情に首を突っ込むのは野暮なのは重々承知しているのですが、一言。
変化を受け入れてきた流派なのでしょう?
なら元の流れをしっかり継ぎながら、実戦の中で鍛えられた物を取り入れる懐の深さも持ってらっしゃるのでは?」
「……進言するかしばらく考えてみる」
「はい。
それはそうと馬手術、小具足術でしたか。ナイフを扱う術について差し支えなければ、是非ご指導いただきたい!!」
エイブリーさんが「こいつは何を言っているんだ」という目をしていたが。
以前作ったダガーを取り出して用途を告げると。
「これはうちの小具足より小さいが、悪くなさそうな作りだな」
「二、三日いただけたらお望みの形のものを用意できますよ」
「ここは銃砲店では無かったのか?」
「このナイフは俺が趣味で作ったものです」
「貴殿が打ったのか!?」
「焼き入れ以外は俺が。焼き入れは専門の野鍛冶にお願いしてます」
「よく分からんが分業が進んでいるのだな」
「俺がまだ焼き入れを上手くできないだけですよ」
「刃渡り18インチ、全長で24インチ程度の小太刀風のものは作れるか?」
「そのサイズだとかなり時間がかかると思います。なにせ趣味なので仕事がない時間にちまちま作ることになりますから。
それに長さがあるわりに刃幅が狭くなるでしょうから強度が……」
「むぅ、思い通りには行かぬものだな」
「受けてくれるかは保証できませんが、野鍛冶の師匠を紹介しましょうか?」
「是非頼む!」
そういうことになった。
ついでにマチェットでも作るか。




