93話:野鍛冶ヘンリー師匠の相談
「丈夫な錠前を作ってくれって頼まれちまったんだが……」
そう口にしたのは野鍛冶でお世話になっているヘンリー師匠ことヘンリー・タナカさん。
普段はハンターとして鳥や鹿をしとめては差し入れと称してお肉を分けてくれるありがたい存在だ。もちろん野鍛冶の師匠としてナイフや斧を作るときにもたいへんお世話になっている。
一方的にお世話になりっぱなしなのもマズいので、ナイフの量産方法のアイデアやフォールディングナイフの改良案を提案している。
この世界ではオピネルや肥後守のようなロック無しのフォールディングナイフしか見かけなかった。そこでヘンリー師匠にバックロック方式の仕組みを提供したのだ。そういった経緯もあり、相談事が舞い込むようになってきていた。
「錠前ですか。ここらではどんな仕組みをつかってるんですか?」
出身の東開拓村では錠前なんて上等なものは村長が管理していた食料庫にしか付いていなかった。それもレバータンブラーというシンプルな構造のやつだ。ウォード錠よりは上等かもしれない。
「いちおうサンプルとして北都市で出回ってる最新型のやつをもらったんだが……」
と取り出してきたのが金属削り出しボディの南京錠と鍵。鍵を見る限り最大でも三ピンしかないだろう。前の世界では机の引き出しについているくらいの難易度だ。安全ピンかヘアピンがあれば開いてしまう程度のレベル。構造さえ知っていれば、素人でも多少練習すればあけられる。
「あー、ピンタンブラー錠ですね」
受け取って鍵穴を覗きこむ。これがRPGなら中から毒針でも飛び出してくるのかも知れないけれど、さすがにそんなトラップは仕込まれていない。
フック部分の隙間が十分にあることを確認し、極薄い鉄板を切って曲げてヤスリで形を整えて解錠ツールをでっち上げる。
シャックルの付け根に解錠ツールを差し込み、手応えを確認しながらペンチで押し込みねじると、ガシャッという音とともに南京錠が開いた。
「え……」
唖然とするヘンリー師匠。
「なんで、開いた? おい、どうやって開けたんだジョニー!?」
言葉で説明するのは面倒くさかったので、南京錠の一般的な構造を自作のノートに描いて説明する。
「ピンが正しい位置に来ると鍵が回ります。すると内部に設置してある棒がずれてこのUの字型のフック金具、シャックルが開放されます。
今回はこの棒、ロックバーとかデッドボルトとか呼ばれますが、これを強制的に動かしてやったので開きました」
「おおぅ……。なんで知ってるのかは聞かないでおくよ。うん」
納得していない表情のヘンリーさん。
「で、普通に開けようとする場合は……」
と言って南京錠を再度ロック、細い金属棒と板を廃材箱から取り出し、ペンチでちょっと加工する。
L字に曲げた板と南京錠を左手で保持、右手で細い棒を鍵穴に突っ込んでカチャカチャと十数秒。レーキングでもいいが、この程度の難易度なら直接ピッキングだ。
カショッという小気味よい音が室内に響く。
「こんな感じでピンの位置を正しい所に持っていってやると鍵がなくても開けられます」
「いやいやいや。普通は鍵を使わないと開かねえだろ!!」
さすがにツッコミが入った。
「じゃ、鍵を使う方法を……」
と言って鍵の形を見せてもらい、全然別の形の鍵を削り出す。薄いコルクを切り出してスペーサーにして、合わないハズの鍵を差し込んで捻りながらハンマーでぶん殴る。
ガンッ、カショッ。
「鍵を使って開けました」
「オイ、待て!!」
「ともかく丈夫な錠前っていうのは鍵無しでは簡単に開けられないような錠前ってことでいいんですよね?」
「まあ、そういうことだ。なにかネタはないか?」
「さっき僕がやって見せたみたいに、鍵無しで解錠するためのアプローチはいくつかあります。
デッドボルトをむりやり動かす、錠前を騙す、壊す……」
ヘンリーさんが頷きながら聞いている。
「まず、壊す、に関しては丈夫な素材で作ればOKです」
「たしかに、普通にぶん殴ったり銃で撃ったりした程度で壊れたら話にならんもんな」
「次にデッドボルトを動かす、ですが。
これは精度を上げてやればさっきみたいに隙間になにか突っ込まれて、というのを防げます。
鍵穴側からむりやり動かす方法もありますが、そっちも構造を工夫すれば防げるでしょう」
「ふむふむ。たしかに隙間とかあったら、そこから手出しできちまうもんな」
「鍵を騙す、についてはピン数を増やして複雑な鍵にするくらいしか思いつきません。
さっきやってみせた、細い棒でピンを押し込む方法に対抗する手段はありますが、完璧な方法というのはないですね。
時間稼ぎがせいぜいです」
「それじゃあちょっとなぁ……」
「時間稼ぎと言っても数秒から数分、数十分に延ばせるなら十分でしょう。
錠前を長いこと弄ってたら目立つでしょうし、それに手を出すよりほかを数件襲った方が効率がいいことになりますから」
「たしかにな」
と、ヘンリー師匠が納得してくれる。
「やっぱそのへんで行くしかないか」
「ほかには形式を変えて、強いバネでがっちり固定して、丈夫な鍵でないと回すことすらできないって手もあります」
ヘンリーさんが表情を変える。食いついてきたな、よしよし。
「これは構造自体は簡単なんですが、全体をナイフに使うような鋼材で作るのが利点です。
ガストーチで焼き切るとかしないと破壊できない作りができますよ」
要は和錠である。強いバネが内部で引っかかっていて、それを回すための鍵自体が丈夫でないと開かないというシンプルな構造。南京錠やウォード錠を破るための針金程度では強度負けしてバネが押せない。
「それはいいな。鍛冶メインでやってた俺でもいけそうだ」
簡単に描いて見せた構造図を眺めて納得した表情。
「さらにはウォード錠のように特定の形状の鍵じゃないと回せないように妨害する部品を組み込めば、さらに解錠は難しくできると思います。
この図のままだと鍵穴から、釘か何かで強くバネを押してしまえば開いちゃいますからね」
「ああ、そこらへんは工夫が必要だな。
回す動作の邪魔にならずに、直接押し込めない、回り込む作りにしてやればいいんだな?」
「そうです。あとはバネの向きを縦にして力を入れにくくするとか、鍵穴を隠しにするとか。
持ってきてもらった錠前とおなじようなタイプの鍵を先に開けないと鍵穴の蓋が開かない、とか複雑にすることで手間のかかる鍵にできると思います。
あまり複雑にしすぎると面倒で使われなくなっちゃうでしょうけどね」
「たしかに、鍵を複数使わないと開かないってのも面倒だろうから考え所だ。
そこは依頼者と相談してみるよ。この図、もらっていっていいか? お礼は、そうだな……」
などと話しているところにコーヒーを持ったベック師匠が現れる。
「おう、どうだ。話はまとまったか?」
「おかげさんでな。いいアイデアをもらったよ」
「なんとか力になれたようです」
「ま、ナイフ鍛冶のほうで世話になってるからな。そこはお互い様って感じだろ」
とベック師匠。
三人でコーヒーを一服。
「そろそろ『よろず相談事請け負います』みたいな看板でも出したらどうだ?」とヘンリーさん。
「そいつは勘弁だな。うちはあくまで銃砲店だ」と笑いながら答えるベック師匠。
「アイデアは身内にしか出す気はありませんから」と俺。
「あ、取り付ける扉のほうも丈夫にするようにアドバイスしてください。
錠前が破れなくても扉がしょぼかったらショットガンで開けられちゃいますから」
ま、多少丈夫な扉でも爆薬を使ってしまえば開けることだけはできるんだけどね。すぐにバレるからやらないだろうけど。
ドアじゃなくて壁をぶち破る方法もあるけどすぐ見つかるし。
なんで鍵の構造を知ってたりピッキングが出来るかって?
前世でハッカー目指しててソフト屋になったならこういうのにも手を出してるでしょ、普通。
え、普通じゃない?
そうですか……。




