88話:土嚢作りはもう嫌だ……
いいかげん、トレーニング用のキリングハウスのために土嚢を作って積み上げる作業は疲れた。まあ、おかげで筋力はついたけれど。とはいえ手抜きして土盛りだけで流れ弾を止める安土を作ると崩れるのが怖い。
というわけで師匠にネタを提供し、作ってもらおう。
「なるほど、土嚢を簡単に作る材料か」
「さすがに師匠のシューティングレンジを拡張させてもらっておいてなんですけど、つらいです」
「うちも手伝ったけど疲れました……」
結局、トレーニング用のキリングハウスは狭い5室、ジグザグに進んで、弾が抜ける方向だけ土嚢を積んで、あとは板でごまかしたのだ。ある程度はトレーニングになったが、安全に撃てる方向が一方向だけだったのでシチュエーションが限定されてしまった。あまり良い訓練ではなかったと言える。ドアから突入して一室だけ掃討する訓練にはなったけれど。
「土嚢ねえ。外のシューティングレンジに関しちゃ、バックストップを作った時は、兄弟弟子やらに頼んだ。人数に任せて土を積んで叩いて固めてたからなぁ」
まるで田舎の水田、畦作りである。
「簡単に作れれば、外壁の補強や、交易路の途中にあった野営地。ほかにも山小屋の防衛に使えそうなんですけど」
「うちが袋を持って、ジョニーが土を入れて大変でした。疲れたら交代してましたけど、運ぶのはやっぱり大変で」
ミリーも堪えたらしい。僕もミリーも農作業で鍛えられていると思っていたが、まだ15才。年齢的な限界もある。
「途中から積む位置に袋を持っていって、そこで土詰めしてましたけど限界でした」
「お前ら、どんだけ土嚢積んだんだよ……」
ベック師匠はあきれ顔だ。
「間口で3ヤード、奥行き4ヤードを5室のキリングハウスです。基本的に外側だけ抜けないように壁を積んで、両側20ヤード、高さ5フィート。部屋の仕切りは木の板で……」
ざっくり計算で1500袋。まさに地獄だった。中に入れる土を掘った分壁の高さを減らせたのがわずかな救いだ。
「それで10日近くやたらと泥だらけで疲れて帰ってきてたのか。バカだろ、お前ら」
師匠に笑われた。
「俺に相談しろよ、そういうのは」
ぐうの音も出ない。
「西都市防護壁の補修工事があるんだよ、なんかネタ考えろ。そしたら売り込んでやるから。ついでにまともな練習場も作ってやる」
名誉挽回の機会がさっそく来た。
この西都市では生石灰、火山灰、軽石(火山岩)を海水で混ぜて使うローマン・コンクリートが使われているらしい。これに砕いたレンガなどを一緒に入れてカサ増しする場合もあるという。元の世界ではロストテックになりかけていたはずだ。
石灰石、粘土、ケイ石、鉄原料(酸化鉄)を粉末化窯にて高温で焼いて作る人工セメントもある。師匠に聞いたら南部方面向けに北都市で生産されているとのこと。しかし比較的近くから海水が入手でき、そこらを掘れば火山灰や軽石が入手できるので西都市ではローマン・コンクリートが主流。これを外壁に塗りつけて補修するらしい。
大きく崩れてしまった箇所は蛇篭を使う。蛇篭とは金網に砕いた岩を入れて積んだものだ。元の世界では河川の護岸工事や斜面の補強工事に使われた。
この世界では、さらに強度を上げるために蛇篭に火山岩を入れるときに一緒にコンクリをぶち込む方式になりつつある。その場合は木製の型枠を蛇篭の外に貼り付けて作業。固まったら木の板を取り払う。
西都市ではサム・ムラタギルド長の会社が針金の製造出荷をしている関係から蛇篭も製造をしている。金網は作れるわけだ。通常、馬防柵には金網のフェンスが使われている。有刺鉄線のアイデアが有効だったのはその製造、設置の手軽さからだ。
なので俺が提案できるのは……。
「折りたためる金網の四角籠に布袋をセットにした蛇篭もどきを作ったらどうでしょう。現場で引っ張って広げるだけで後は土を入れれば使えます」
これは米軍でも現行で採用されているヘスコ防壁、のようなもの。上面と底面は金網がないので規定の高さまでが限界になってしまうが作業性は向上する。土の代わりにローマン・コンクリートを流し込めば一時しのぎではなく構造体としてつかえるのではなかろうか。固まった後ならさらに上に積めるだろうし。
型枠を取り払う作業も不要となる。現場での作業は簡易化させられるだろう。
「またムラタのおやっさんに恩を売るか? 専売にさせてもいいけどこれはすぐに真似されそうだぞ」
「でも西都市ではギルド長の仕事を盗むようなのはいないんじゃないでしょうか」
「そりゃそうだけどな。他の都市でこっそり真似されたらどうしようもない」
たしかに。ムラタギルド長に提供した、抜き打ちで製造する有刺鉄線は専用のプレス型が必要。コピー製品を作るならプレス機と型も用意しなければならないので真似も面倒だったが、これは金網さえ作れるのであればコピーも簡単だ。
どうしたものか。




