77話:みんな大好きフラッシュバン! は無理なのでテルミットを作ってみる
北都市に車を発注するならついでに工作機械を買い替えると師匠が言う。旋盤が古くなって精度が出ないらしい。個人的には十分だと思うのだが軸がわずかにブレるのだそうだ。
「修理はしないんですか?」
当然の疑問を口にする。
「今のは小型でパワーもないし、出回ってる新製品の評判も悪くねえから買い替える。それがどうした?」
ちょっと考えて。
「古い方、捨てるならください!」
師匠は思案顔。
「中古として売っぱらおうと思ってたが、たいした金にもならんしなぁ。欲しけりゃやるぞ。燃料は分けてやるから大切に使え。修理部品は発注しとくか?」
ありがたい師匠の心遣い。しかし。
「いえ、流用してちょっとした加工機を作ろうと思いまして」
「何を作るんだ?」
「回転式粉砕器です。幸いベルト変速機も付いてますし」
「粉砕器? そりゃなんだ?」
しまった。粉砕器はまだないのか? いや、セメントを作るのにミキサーは使われてたはずだし、元の世界の1824年にはローラーミルが使われる特許が取られていたはず。この世界に存在していてもおかしくはない。鍛冶ギルドでは使わない代物だから師匠が知らなくてもおかしくはない。
「容器の中に材料と硬い石かガラス玉を入れて回転させながら粉にする機械です。セメントの粉を作るのに使われているとどこかで聞いたので、金属粉末を作るのに使えるかと思いまして」
「そんなもんがあるのか。北都市にはありそうだな。商隊組んで買いに行くよりは安く作れるか。しかしそんなことをよく思いつくもんだな」
言い訳を考えねば。前の世界の工場で制御システムに関わった、とは言えない。
「専用の機械で回して大量の粉末を作れるなら小型旋盤で容器を回しても俺が実験に使う分くらいは作れると思いまして。最初はドリルに空き缶をくっつけようかと思ってました」
師匠が感心した顔をする。
「ジョニー、お前よくそんな聞きかじりから応用できるなぁ。仕事間違えたんじゃねえのか?」
ちょっと苦笑している師匠。
「専用の機械がなくても、材料とぶつけるガラスボールを入れて回すと粉になる、って部分だけ分かってれば、あとは同じ事をありものでやればできるんじゃないかな、と。俺がやってる事ってだいたい思いつきですよ」
とごまかす。元の世界ではモーターとコーヒー豆の空き缶で自作している動画が出回っていた。それをこの世界で手に入るもので再現しているだけだ。偉大なる先人よありがとう。
「んじゃ作業小屋の隅にでも置いて使え。うるさいから寝床の反対側の部屋にスペース作って、ジョニーの作業小屋にしていいぞ。どうせ仕事終わった後に回しっぱなしで使うんだろ?」
大通りに面したベック師匠の店舗兼住居だが、裏手にはシューティングレンジしかない。そちら側の部屋を作業小屋に使わせてもらえることになった。工具や小型旋盤を持ち込んで研究試作室にさせてもらおう。
といっても俺とミリーの個室、ベック銃砲店の工場、物置にしている個室がいくつかという棟。小規模とはいえエンジン工作機を回すとうるさいだろう。スノコを用意して壁とスノコの間に綿でも詰めて防音室にしたほうがよさそうだ。もちろん換気にも気を使わないと。エンジンの排気は直接部屋の外に出すようにしよう。
ぼちぼち貯めた給料と、物置に放置されていた布団、ベック師匠とヘンリー師匠の所にある廃材で防音壁を作る。けっこうな作業だったが両師匠が「またなんかやらかすのか」と顔を出した所を捕まえて協力してもらった。
本来ならけっこうな手間賃を払わないといけない場面だ。だが「完成品でなにか作るんだろ、それを見せろ」という条件で手伝ってもらえた。基本的に面白い事や物作りが大好きな大人たちなのだ。ありがたい。
古びたテーブルの上に据え付けられた旋盤に軸を噛ませて、その手前にもローラーを設置。ぴったり閉めたボトルにアルミナムの削りカスと、アルミフレークを圧延してもらったアルミ箔を細かく千切った物、硬い丸石、砕いた木炭を入れる。
二本の棒の上にボトルを設置して回転。適度に減速されたボトルがグルグル回る。これを数日間回しておけばアルミ粉末が完成する。木炭を入れるのはアルミ粉末の酸化防止コーティングだ。反応性が良くなる。
同時進行でベック師匠の加工作業から出た鉄粉に塩水をかけて放置、ある程度錆びた所で金属ヤスリを使って鉄の赤錆を集める。
テルミットで使うアルミと酸化鉄の重量比は3:8~3:9くらいだったはず。アルミは木炭コートされているから3:9でいいか。厳密な重量計はないし。
さて材料はあつまった。が、点火手段がない。さてどうしよう。




