58話:決闘のある日常
ある日の酒場。ウィスキーを買いに来ていたジョニーは喧嘩の現場に居合わせた。
無口な店主にいつものウィスキーを二本注文したところで、ポーカーのテーブルから怒鳴り声が響く。
「てめえ!! イカサマしやがったな!」
「ああ!? 言いがかりつけてんじゃねえぞ、若造」
無言でカウンター下からショットガンを取り出す店主。以前見かけたショットガンではなく、ポンプアクションの新型ショットガンである。ヘンリーさんが取り寄せをお願いしていたモデルだ。結局はこの店主に買われてカウンターに収まっていたらしい。
ガシャッ。
ショットガンのポンプ音が響く。
「喧嘩なら外でやれ」
店主の一言に気色ばんでいた二人が多少落ち着きを取り戻す、が。
「ここでグダグダ言ってても始まらねえ。言いがかりを取り消すか、表で白黒つけるか。どっちにするよ?」
年季の入ったギャンブラーという風体の男が、イカサマだとわめき立てた若い男に言い放つ。
「おお、やったらぁ!! てめえの不始末、てめえの命で精算させてやる!!」
若い男がテーブルの上に伏せたカードにナイフを突き立て、立ち上がる。
「上等だ、若いの。命の無駄遣いを後悔しながら死んでいけ」
年かさの男も、椅子に掛けていたガンベルトを腰につけ、テーブルに置いていたリボルバーを納める。
「お前、テーブルのカードと賭け金を見張っとけ」
同じテーブルでポーカーに興じていた男に言い放ち、伏せたカードの上で手早くタバコを巻く。余ったタバコ葉をカードの上にこぼし、巻きタバコを咥えるとそれに火をつける。煙を吐きながら燃えさしのマッチ棒をテーブルに積み上がったコインの上に投げ捨てる。コインの上でわずかに燻るマッチ軸。
周りが盛り上がる中、静かにギャンブラー二人は酒場を出て行った。
店主からウィスキー二瓶を受け取るとカバンにしまい、ものはついでと二人の決闘を観ていくことにした。
酒場前。西都市の主要道路からわずかに外れたところの路上は人で溢れていた。娯楽の少ない街だ。街の住人然とした普通の職人男から渡りのガンスリンガー、果ては娼館の女どもまでが決闘の観客となっていた。
建物の密度がまだまだ薄い街。主要道路から外れた裏道とはいえ通りは幅広く、その両側に観客が集まる。
土が向きだしの路上には男が二人、10メートルほど離れて立っていた。若い方の男は腰のリボルバーの上で右手を握ったり開いたりと落ち着きがない。年かさのギャンブラーの方は落ち着いた様子で上着の裾を払い、ホルスターをあらわにした。そんな張り詰めた空気の中、一部の観客が「若いのに大3枚」だの「おっさんに銀1」だのと賭けが始まっている。
いつ始まるか、と多少緊張しながら皆が見ている。
「覚悟はできてるんだろうな」
と若い男。
「それはこっちのセリフだ。先に抜かせてやる、若造」
余裕のある様子のおっさん。多少半身に構えたままタバコをふかす。
これが西部劇の世界か。どちらも相手の隙をついて抜き撃つのだろう。お互いにタイミングを計っているのだろう。
誰かの時計の秒針がゆっくり時を刻む。
ピリピリとした空気が張り詰める。
じわじわとタバコが燃えていく。
若い男の額に汗がにじむ。
時間が経つのが遅い。
年かさの方が、咥えていたタバコをプッと無造作に吹き捨てた。
次の瞬間。
ババンと銃声が二発分、重なって鳴り響く。胸に赤い花が咲く。
崩れ落ちる若い男。
生き延びた男は、肩にかすった弾丸の痛みに顔をしかめる。
沸き上がる歓声、賭けを外して嘆く声。通りはお祭り騒ぎだ。
俺は肩を押さえている男がわずかに浮かべた笑みを、たぶん忘れないだろう。若い男の方は咥えタバコのおっさんの意図の通り、銃を抜かされたのだ。「先に抜かせてやる」などと言いながら、そのきっかけを作ったのはおっさんのタバコ。視線のコントロールもあったのかもしれない。
俺はこの年かさの男の顔を、笑みを脳裏に焼き付けたまま帰路についた。




