57話:エンジニア達の宴
2016/08/03 誤字等を修正
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安心毛布というものがある。
「僕」にとっては銃がそれだ。次点でナイフ。どちらも山歩きには必須の道具なのだ。「俺」にとっても力の象徴たる拳銃はお守りのような存在。
トヨダさん達の商隊が西都市に訪れた。量産型のトヨダ式オートと弾薬を山ほど積んで。売りに来たのは息子のジョン・トヨダさん。
「いやーしばらくぶり!」
相変わらずのハイテンションである。
持ち込まれた量産型はバレル長を長くしたモデルもあるようだ。ほぼ5インチのスタンダードなコルトM1911A1と同じサイズ。やはり重さが弱点だと気づいたのかスライドが削り込んである。トリガー長は短くなっているし、多少だがトリガー付近も削り込んであるようだ。師匠が気を利かせて俺の指摘をしたためた手紙をトヨダさんの所に送ってくれていたのだという。
俺が改造した4インチモデルと持ち込まれた5インチモデルをテーブルに置いて、「ここはこうした方がいい」「この削りはなんのために?」と改造についての質疑、議論が始まる。
小一時間の会合の後。ジョンから信頼されたのか、5インチモデルをプレゼントしてくれた。代わりに、これに関しても使って改良案があったら教えてくれと頼まれる。当然マガジンは兼用だ。後で5インチ用にヒップサイドホルスターと追加のマガジンホルダーを注文しよう。マガジンホルダーに関してはロングマグ用がメイン。
ジョンに4インチと5インチ用の予備バレルをそれぞれ一本と10インチ程度のカスタムバレルの作成依頼。10インチバレルは、その先端1インチの部分にガスポートをV字、左右3つづつあけてもらうように依頼。38口径オート弾の火薬量なら10インチバレルで威力が上がるはずだ。ジョン・トヨダは威力が上がる理由を理解していたが、それを拳銃に採用する理由は理解していなかった。それにガスポートの意味も。
「発射されたときに余った燃焼ガスがここから上に抜けて反動を抑えてくれるんですよ。10インチくらいじゃフルパワーは出ないですからガスが勿体ないじゃないですか。なら上に吹き出させて反動で跳ね上がりを減らした方がコントロールしやすくなるでしょ」
「でもカービンほどじゃないにしろ長くしたら邪魔にならない?」
「そこは考えがあります。が、まだアイデアレベルなんで実現できるかどうか。そのための布石みたいなもんでして」
ジョンは興味深そうに目を輝かせ。
「どんなネタだい?」
「ショートカービン銃とでも言いましょうか。全長で20インチ程度のオートマティックカービンでもでっちあげようかと。要はこのオートをロングバレルにしてストックをつけてしまえば、リボルバーカービンより短くても威力は同じくらいのヤツが出来るんじゃないかな、と」
「フレームから入れ替えるとなるとけっこう値段がいきそうだね」
「そこは後付けストックでも作ろうかと。シンプルに鉄パイプを曲げて溶接するくらいの感じで」
「そうか、それなら悪くないね。でもこの銃の形だとどこからストックを伸ばすんだい?」
「グリップに鉄板を挟み込んで共締めしましょう。鉄板の、上に伸ばした部分をUの字に曲げて、鉄パイプストックを溶接しちゃいましょう。純正サイトは使えなくなりますけど上に追加しちゃえば大丈夫でしょ」
「それだと照準の精度が落ちちゃうんじゃないかなあ。やっぱりサイトは、せめてスライドの上に乗ってないと」
ジョンは乗り気ではない。やはり設計者としてはその性能を100パーセント引き出すような使い方をして欲しいのだろう。純正品でこのオプションを出して欲しい、というわけではないから、極端な話、勝手に作ってもいいのだ。だが設計者の意見も欲しい。
「元から精度を求めた用途じゃないんで許容範囲だと思います。グリップ固定部分が緩んだりズレたりしないようにすれば、そこそこいい精度にまとまると思いますよ」
ちょっとした説明と依頼をするつもりだったが、やはり長丁場の議論になる。
「やっぱりメインとサブの弾種共有が目的?」
「そうです。マガジンも共通ですからさらに便利です。簡単に壊れるとは思いませんが、何かあったときに使い回せるのは重要です」
「そこら辺はガンスリンガーというよりトレッカーの発想だねぇ」
「俺は開拓村出身なもので。どうしてもそういう事態を想定しちゃうんですよ」
「ふむ、威力を出した上でしっかり当てるというならストックも良いけどフォアグリップが欲しくなるね」
「しかしバレルにつけるわけにもいかないんですよね。ストックを固定するパネルを前に延長して下から支える感じになると思います」
俺が思い描いているのはカービン化キットのイメージだ。コルトガバメントをカービン化するキットが元の世界にはあったのだ。もちろんエアガン用にも。古いものであればグリップに直接、木製ストックをネジ止めし、バレルを伸ばしたスタイル。
最近と言っていいのか、転生してくる直前であればコルトガバメントのグリップを外してフレームごとサンドイッチ、プラスティックのボディで銃全体を覆うタイプがあった。見た目はサブマシンガンみたいになる。
「どうせならフレームに穴をあけてがっちりネジ止めしちゃった方が良くない? トリガーの前方部分、厚みがあるから内側からネジ止めしても干渉しないようにざぐる余裕はあるでしょ」
まったくもって盲点。本体をバラさずに改造とはいかなくなったが、頻繁にカービンにしたり戻したりするものでもない。それにロングバレルを組み込むのであればついでにネジの交換という感じで改造できる。ちなみに「ざぐる」というのはネジの頭が埋没するように二段になった窪みをつけることだ。ざぐりとかざぐり穴なんていう言い方もある。
「それは思いつきませんでした。元の拳銃状態に戻せるのを大前提で考えちゃってたので」
「戻したいときは短いネジでも内側から突っ込んでおけば砂埃も入らないし、ホルスターにひっかかったりもしないよね」
こっちが分かると思って当然のようにざぐるなんて専門用語を使うあたり、ジョンさんも俺のことを技術屋として認めてくれているのか。無意識に使ってるだけかもしれないけれど。前の世界ではプログラムを強制的に終了させることを「プロセスを殺す」なんて言ってたが、そんなのは技術屋連中同士でしか通じない。
プログラムを呼び出しているプログラムがあるとき、それのせいで終了できない場合なんて「なに、殺せない? 親を殺してから子も皆殺しにしろ」なんてセリフも飛び出す。一般人の前で使ったらドンビキだ。場合によっては通報されかねない。
などと懐かしささえ覚えるやりとり。ジョン・トヨダさんとはぜひ末永く、エンジニアとしておつきあいしたい所だ。
こういう言い回しが通じるあたり、やっぱり俺は日本語で思考して日本語で会話をしているのだろうか。




