四話:俺をぼうずと呼ばないで! ならなんて呼べばいい?
目が覚めたとき、これが夢であったならと深くため息をついてしまった。
見渡すと石組みの壁に簡単なベッド、簡素なテーブルと椅子。そして何か野菜を煮たものの香りと土のにおい。カビのにおいもする。
「起きたか。急に倒れたからびっくりしたぞ」
おっさんがスープらしきものをついだ木のお椀を二つ持ってくる。
「おはようございます。運んでくださったんですね」
「他人行儀だな、おい。いいとこの坊ちゃんじゃあるまいし、昨日一緒に戦った仲だろうに」
おっさんは苦笑しながらテーブルに椀を置くと
「まずは飯にしようや」
「美味しい」
無意識に出た言葉だった。
実際の所、スープはキャベツのような野菜と干し肉を一緒に煮込んだだけのもの。シンプルな男の料理と言えなくもないが、「俺」の今まで食べてきたものとは雲泥の差だ。もちろん悪い意味で。
それがこんなに美味い。たぶん塩分が足りてなかったんだろうな。あと空腹は最高のスパイスってやつ。
「いつもの飯とかわらんのだけどな。……そういやぼうず、名乗ってなかったな。俺はヘンリー。ヘンリー・タナカだ」
日系人みたいな名前だ。
「で、お前の名前はなんていうんだ?」
突然の質問。そして戸惑う。「俺」と「僕」二人分、のべ45年分の記憶がごちゃまぜになって脳裏を飛び交っているのだ。
とっさに名前が出てこない。
「え、あ……」
言葉が出ない。
「……なんか事情があるみたいだな。言いたくないなら言わんでもいい」
「俺」として名乗るべきか、「僕」として生きていくべきなのか。