37話:襲撃と防衛
2015/07/25 一部表現の変更と追加を行いました。
それは夜半をすぎた頃だった。
響く鳴子。それも一つや二つではない。少なくとも隣接した二方向からカランカランと響いてくる。避難小屋の裏は石壁。断層の露出した面が壁となっている。もし逃げるなら鳴子の鳴っていない方向だ。およそ想定通り。
「敵襲、敵襲!」
だれかのあわてた声が響く。同時に襲撃者たちの気配も変わる。一方的に襲うつもりが出鼻をくじかれたのだ。
師匠とジャックが戦闘開始を告げる。同時にレバーカービンを手に飛び出す俺とボルトアクションカービンを持つエミリー。襲撃者たちの方向を確認し、事前に相談してあった作戦を遂行する。エミリーはジャックたちと迎撃に加わる。
俺は師匠と退路側の安全を確認。幸い、野営予定地側から我々を追ってきたようで取り囲もうとしている途中で鳴子に引っかかったらしい。完全に安全とは言い切れないが、まずこちら側は大丈夫だろう。
一応の安全を確認したので師匠と俺で、自作した「えげつない防衛器具」を設置する。これは手早く行わないと意味がない。焦りつつもペンチとハンマーで木々を柱にワイヤー状の装置を固定していく。
そして地面を掘り、遠隔操作で安全装置を外せるように工夫しながらあるものを設置。さあ、ここからが勝負所だ。
要所にリボンを結びつけながら防衛戦をやっているエミリーたちと合流。
「敵はライカンスロープよ。それもハグレじゃないわ、群れで襲ってきてる!」
そりゃそうだ。一匹で十数人を一方的に血の海とミンチにできるとは思っていない。夕方見た惨状が脳裏をよぎる。
「OK、ジャック! 撤退準備ができた! 作戦通り二班に分かれて撤退を開始してください!」
「わかった、ジョニー! いいか、みんな聞いたな! 班分け通りにAチームから撤退開始だ!」
俺はAチームのメンバーに安全な逃走経路を示して次の待機地点を指示する。こちらの都合に合わせて敵の侵攻を遅らせる遅滞戦術というやつだ。グループを二つに分け、片方が撤退中はもう片方が相手に銃弾を浴びせる。準備が整ったら声をかけ交代していく。じりじりと押されていくように撤退だ。
「全員そろったか!? 一人も漏れはないな!?」
ジャックが班のリーダーに確認をとりながらメンバーの顔を見ていく。幸いなことにライカンスロープは身体能力が人間以上でも、攻撃できる距離は強力な腕力で振るわれる爪が届く範囲でしかない。
こっちはハンドガンやライフルで距離をあけたまま相手にダメージを与えられる。シカ弾ほどの威力はなくても発砲音でそれなりに威嚇になるし、当たり所によっては相手を殺せる。おかげで負傷者の一人も出してはいない。ではなぜ撤退戦なのか。
答えは簡単だ。弾は無限じゃないし精神力も集中力も連中には敵わないのだ。モンスターのモンスターたる所以。それがパワーとスタミナだ。長期戦となったら確実に負ける。だからこそ効率的に殺さなければならない。
攻撃の手を止め、息を潜める。至近距離、確実に当たるところまでおびき寄せねばならない。緊張した空気が現場に流れる。そして、襲撃者の毛並みまでがたいまつやカーバイドランプの明かりで見える距離に迫ってきた。息が詰まる。こらえろ、恐怖に押し流されて発砲するな……。
ライカンスロープが一歩踏み出す。土と枯葉で擬装した板を踏んだ瞬間に破裂音。哀れ先頭のライカンスロープは足を押さえのたうち回ることになった。そいつの足下から炎が走る。仕込んだ導火線が激しく燃え、その数秒後。起爆。後続の敵めがけてネジ釘シカ弾が飛んでいく。一気に数匹のライカンスロープが血まみれになる。
「なんだありゃ……」
呆然とするジャック。
「上手くいってよかった」
と安堵するのは俺。
作ったのはシカ弾を針金で束ね、雷管に一工夫した簡易地雷。圧力がかかれば雷管が潰れ発火する。ついでに散弾を抜いたやつを一つ混ぜてある。それを点火装置にして後続を吹き飛ばすための爆弾用導火線に引火させるようにしてある。
当然、後続を狙う爆弾は缶につめて導火線とプライマー用火薬を埋めたあとに蝋で蓋。その上にネジ釘や点火用散弾から抜いたシカ弾を追加してある。こちらは簡易クレイモアといったところか。昼飯の空き缶再利用だけど。
今回の成果に満足しつつも改善方法を考える。今回は上手くいったが不発だったときは簡易クレイモアも無駄になっていた。電気着火ができれば動作が確実になるのだが。
「おい、なにをぼーっとしてやがる! 敵はまだいるんだ!」
師匠にドヤされ現実に戻る。カービンを構え直し、負傷しているライカンスロープにとどめを撃っていく。
ジャックは一部の部下を連れて連中の背後に回り込み逃がさない。怪我をしていないライカンスロープは安全圏からジャックの部下が対処してくれている。数分後、周りから一方的に銃弾を浴びせられてライカンスロープは全滅した。
結局のところ、やったのは追い込み漁の逆だ。追い込まれる俺たちがトラップに誘導し、そこから外れたライカンスロープは「えげつない防衛器具」こと、剃刀式有刺鉄線で痛い目をみる。暴れれば傷が増えることになる。それで俺たちが定めたコースに戻る。
だんだん細くなるコースの最期は地雷とクレイモアで一網打尽という目論見。さすがに簡易式爆弾なだけあって地雷、クレイモア類で一網打尽にはできなかったが足止めは十分にできた。そこを周りから囲んで銃撃。なにせこっちは有刺鉄線越しに攻撃ができる。
ライカンスロープ印の鉛筆、先の芯は折れ、周りから削り取られる。最期にはちびた鉛筆のかけらさえ残らない。一方的な殺戮となったわけだ。
疲労困憊しつつも満足な戦果に、俺は止められないニヤケ顔のまま日の出を待った。




