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36話:夜営の準備をしよう

2016/08/09 表現修正

2015/07/25 一部表現等を変更しました。


 野営地には無事に辿り着くことができた。


 だが皆の顔色は悪く、商隊護衛メンバーの疲労が色濃い。周囲に気を配りつつ視界の効かない森の道を可能な限り飛ばして来たのだ。緊張を維持しつつ避難小屋に辿り着いたときにはあたりは真っ暗。疲れない人間などいない。馬車馬も疲れているようだ。普段の護衛ならばここまでの緊張を強いられることもなかっただろう。なんせ敵の姿は見えないのに、その被害は甚大なのだ。


「あれはいったい何の仕業なんですかね?」


 俺はジャックに声をかける。


「少なくとも山賊じゃないだろう。モンスターの類だ。山賊連中なら武器と金と食料奪ってそれで終わりだ。皆殺しにすることはまずないさ」

「それに銃から火薬の匂いがほとんどしなかった。弾も見てみたがほとんど撃ってない。反撃している暇もない、一方的な殺戮だったんだろうよ」


 血まみれの遺体が散らばる惨状を思い出し、吐き気をこらえる。


「またハグレでも出たんかなぁ」


 困った顔で頭をかく師匠。


「モンスター相手なら鳴子を設置したほうがいいんじゃないですかね?」

「そんなもん持ってきてねえぞ」

「あたりの木と適当なネジ釘ででっち上げますよ」


 そう言って馬車につけていたランプを借りる。昼食で食べた缶詰の空き缶に太目の釘とそこらの石で穴をあけ、紐を結んだネジを通す。これが揺れるなり落ちるなりすればそこそこの音が響く。何回か試したあとに同じ物を量産。

 師匠やジャックと相談して警戒線を決めると買い込んでおいた紐とともに配り、皆で設置する。何回か動作チェックを行うと多少は安心できた。


 あとはH型の金具と針金、生活必需品、空き缶、ネジ釘、紙、マッチ、弾薬を用意して、よりえげつない防御装置、投擲とうてき武器をいくつか自作していく。紙筒にマッチヘッドと黒色火薬を優しく入れた導火線はいくつか実験して遅延時間を確認した。針金を使った防御装置の設置位置も師匠やジャックに作戦を伝えてから相談して決めることにしよう。


 これで一段落。多少は一息つける。


「じゃ、晩ごはんにしましょう?」


 丁度いいタイミングでエミリーが皆に声をかける。

 皆で食事をとると多少は緊張もほぐれたらしく、焚き火を囲んでいる誰かの軽口や笑い声が聞こえてきた。


「いつの間にあんなのを作れるようになったの?」


 作戦や工作に口出ししてこなかったエミリーに急に声をかけられ、視線を流す。


「親父、いや父さんか誰かに教えてもらったのを思い出したんだ」

「村でそんなのやってたっけ?」

「山に入ったときに教えてもらったんだと思う。ずいぶん前だったから、いつだったかは覚えてないな」


 適当にごまかす。アイドルだか農家だかわからないグループのTV番組でイノシシ罠を作ってたのをアレンジした&映画で見た、とは言えない。


「ジョニーって急に変わったよね」


 心臓が飛び出しそうになる。


「そうか?」


 食後のコーヒーを飲みつつ動揺を押さえ込む。


「変わってない所もあるんね。嘘をつくと目が泳ぐ所とか」


 コーヒーの味がしない。懐をさぐり、たばこに火をつける。


「たばこも吸うようになったんやね。今までは野良仕事と山歩きばっかりだったのに」

「娯楽が少ないからね。多少は自由に使えるお金ができたから娯楽に使ってもいいだろう?」

「いままでが今までだったし、少しくらいは好きにしてもいいとは思うけど……」


 適当なことをしゃべりながら記憶の引き出しを探っていく。「僕」とエミリーとはどんな会話をしていたか、どんな関係だったか。

 できれば過去を知らない人たちのあいだで邪魔をされずに生きていきたい。自由に静かに豊かに、俺としての人生を歩みたい。どこかの手フェチな会社員か美味いもの好きな輸入雑貨商のような心境である。しかし過去を知るエミリーという存在がそれをさせてくれない。


「一人になって多少は変わったかもね」


 とこぼす。本当は変わりたくないのだ。変化というのは大変だ。面倒なのはいやだ。なのでプリセットされた人格を切り替える。誰だって仕事モード、プライベートモードくらい分けるだろう。俺は「僕」に相当する人格を用意できていないだけだ。ハードウェアは僕のままでソフトウェアは俺が混ざってしまった。ハードに引きずられる部分はあるのかもしれないが、変化は緩やかすぎて自分では認識できない。


「ミリーは変わらないね」

「これでも、少しは変わったと思う。ジョニーがいなくなって、うち……」


 そのまま黙り込むエミリー。顔が真っ赤だ。だがベタなラブコメをするつもりもない。


「今日は疲れた。ミリーは早く寝たほうがいい。夜の警戒は師匠達と話をしてこっちでやるから。代わりに昼間は鼻が利くミリーに任せていいね?」


 そう言って立ち上がる。会話を続ける気がなかったのも確かだが、昼間の警戒をエミリーに任せたいというのも事実だ。夜の警戒に嗅覚が重要なのは事実だが、焚き火やガスランプの臭いで効率が落ちるエミリー。彼女には昼間役に立ってもらおう。


 夜間組は襲撃されるかもしれない緊張感を明日の日の出まで強制的に継続させられるのだ。エミリーには多少なり寝ておいてもらわないとこっちが困る。夜戦があったらそれまで休んでいた人間がいないと翌日以降の旅が不可能になるのだ。


 先の惨劇を起こした原因がこっちを襲撃しなければいいのだが。


日ヨリさんに1~7話を朗読していただきました。ありがてえ、ありがてえ。

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