102話:修理の話の続き
なんとかなるもんだ。
結局、バックル銃の故障はハンマースプリングが経年劣化で錆びて、さらに埃とオイルで固着していたことが原因だった。全部分解して磨き直し、スプリングを師匠に造ってもらった新造品と交換して組み上げれば完成。ばっちり動作するようになった。
蓋のロックを押し込めばバレルがバネで勢いよく起き上がる。三発のボタンをそれぞれ押すとファイアリングピンが開放され、マメ弾の縁を勢いよく叩き潰し発射される。
ロックを外し、バレルを倒せばファイアリングピンが発射前の位置まで戻される。爪か、硬ければマイナスドライバーで空薬莢を取り出し、新しい弾を込め直せば再び撃てる状態に戻る。蓋を閉じて元通り。
前世のバックル銃とは構造が少しだけ違うが、まあ似たようなものだった。おかげで故障箇所も見当がついた。と言っても機械の故障の原因はメカニカルなものだとそう変わるものではない。
もっと簡単な構造にもできそうだったが、埃の舞う西部劇のようなこの世界ではダストカバーとしての蓋は必要不可欠なのだろう。
今回はあくまでも修理ということで最低限の部品交換とメンテナンスだけで済ませる。
「助かったよ。どうにも珍しい物らしくてね。だれも手を出そうとしない」
二つの意味で。と心の中で呟く。エルフ剣士を相手に、修理を失敗して怒らせるようなことはしたくないらしい。しかも思い出の品だ。壊して刀の錆にされるのは誰だって嫌だろう。
どうもエルフは勇猛さで知られる種族らしい。エイブリーさんだって実家は剣術を伝える一家だという。道場持ちの剣術指南役とはまた恐れ入る。が、銃が出現して200年あまり。戦闘スタイルをどのように変遷させてきたのか興味が尽きない。
「うちの里は森に囲まれていてな。まあエルフの里は森の中か海の近くの漁港みたいな村がほとんどなんだがな。
マルメ流は森の中で戦うことに特化した剣術だ」
森の中で戦うとなると槍は使いにくいだろうし、剣も長いのは合わないだろうな。などと考えつつ話を聞く。
「敵と戦うとなると、森に潜み、息を殺し、初手一撃にかける、というのがうちの流派。その時に大声を上げて切りつけるのが特徴だな」
物騒な流派だ。剣術なのだから物騒で当たり前なのだろうが、剣道か時代劇くらいにしかなじみのない身としてはそんな感想しか出ない。
「弓を用いて狙撃とかはしないんですか?」
「持ち歩くのに邪魔になるし、いざ剣を振るうとなると捨てねばならぬ。邪魔になりにくいサイズの銃があるし、もういらないじゃないか、と200年くらい前の先々代が割り切ったと聞いたぞ。
傍流には弓術が伝わっている家もあるが、本家では重視しないな。せいぜいが待ち伏せの時に相手の数を減らすために射かけるくらいだ。戦の最初にしか使わない」
本家は古流に拘っていたのではなかったのか?
そう問うと。
「今の本家の人間はそうなんだけどな。先々代がおおらかというかいい加減というか。
弓をやりたきゃ分家してやれ、これからは銃の時代だ。文句があるならコレに言え、と銃を突きつけ言い放ったらしい。
で、本人は銃を学んでくる、と言って放浪の旅に出てまだ帰ってこない」
豪快だな。本当にエルフか? 度胸の据わったとんでもない爺さんが浮かぶ。その姿はなぜかベック師匠の顔をしていた。いや、ベック師匠はドワーフ系らしいが。
なんにせよ最初に弓を撃って、森に紛れ、突然大声を上げながら切りかかるエルフ。恐怖しか湧かないぞ。どうもゲリラ戦が得意な剣術集団という印象になってしまった。太平洋戦争の時にアメリカ海兵隊員が想像した日本人像はこのエルフたちなんじゃないのか。
「他にも罠を仕掛けたり、ライフルで遠くから撃ち殺したりと多彩な流派だぞ。ライフルが出る前はクロスボウを使っていたらしい。森に入るときは精霊に祈って土と草で化粧をするのは伝統だな」
戦いたくねえ。ぜったい敵に回しちゃいけない人種だ。ちなみにその化粧はどっちかというと迷彩なんじゃないでしょうか。流派によって化粧のしかたが違うらしい。
「興味があるなら指南してやってもよいぞ。これまで誰も直せなかった物をきちんと動くようにしてくれた礼だ」
いえ、化粧の方法は指南しなくていいです。それより。
「以前も言っていた小具足術を教えてください。街中でも森の中でも使えると思うので」




