101話:修理の話
どうしてこうなった。
ダークエルフもといエイブリー・マルメさんがおもむろにズボンのベルトに手を掛け、ゆっくりと外していく。
いや、ベルトバックルの調子が悪い、というので見てみましょうか? とつい言ってしまったからなのだが。
ベルトバックルなんてそんな複雑な構造じゃないし、この世界のベルトも前と同じように丈夫さを求めたものなら複雑な機構ではなく、錆びたか歪んだかの簡単なトラブルだと思うだろう、普通。
だから何気なく口にした言葉だったのだ。
相手が女性である、ということを忘れていなければ。
まさかこんなことになるとは。
頬を赤らめてもじもじしながらベルトを外すのは勘弁して欲しい。ミリーがちょうど帰ってきて大騒動になるところだった。
「バックルの修理を頼んでな」
とエイブリーさんが言ってくれなかったらどうなっていた事やら。
そして修理が終わるまで、ベルト代わりの紐を渡し、ベルトを受け取った。
そして絶句。
ベルトバックルの修理と言われたらベルトバックルの修理だと思うだろ。
現物を見て、ちょっとごっついバックルだな、歪んでたら硬くて大変かもしれない、とは思ったさ。まさか仕込みバックルだとは思いもしないよ。
仕込みバックルでもナイフが仕込んであるならまだマシだ。こいつに仕込んであったのは、銃だ。マイクロリボルバーが飾りのように埋め込んである、というものですらなかった。
スイッチを押すとフタが跳ね上がり、バレルが起きて三発のマメ弾が発射できる隠し銃。
「護身用の最終手段だったんだが、使わないものだからメンテナンスもほとんどやっていなくてね。久しぶりに試射しようとしたら不発。地元じゃ銃鍛冶がいなかったんだ。直せるかい?」
ときた。
「見てみないと分かりませんが、バネのへたりならバネの作り直しでしょうか。師匠に頼むことになると思います。パーツの削り出しや歪みの直しなら自分でもできます」
泣きたくなるぜ、ホント。前世の仕事で安請け合いするな、と学んでいたはずなのに。
ともかく見てみないと直せるかどうかも分からない。ドライバーセットを用意しつつ、巻いてある作業マットをテーブルに広げる。店番はミリーに任せた。
バックルをベルトから外し、蓋をあける。スプリングでバレル部分が立ち上がる。バレルのロックを外して倒すと弾薬が見える。三発のマメ弾が撃てるようだ。ファイアリングピンが直接マメ弾の縁を叩いて発射する方式のようだ。
加工の跡を見るに一品物か少数を職人が作ったタイプ。量産を考えて作られたものではなさそうだ。
「これ、どなたが作ったものですか?」
ナチスドイツの将校が持っていたというバックルピストルに似ている。というかほぼ同じ機構。
違いもある。これは三発発射だが、ドイツ版は四発の.22LRか二発の.32口径だったはずだ。
「父が海外で買ったと言っていた。成人記念に贈ってもらったものなのだ」
聞くところによるとエルフの男たちは海で船乗りになるか山で猟師になるか。エイブリーさんの父上は前者で海外に行ったことがあるらしい。そこでのお土産なんだそうだ。
「なるほど。それじゃ生産者に修理してもらうって訳にはいきそうにありませんね」
「だから御仁のところに持ち込んだのだよ。ここまでの道中、まともな銃鍛冶では手が出せなかったのでな。西都市の発明家と名高い御仁ならば、と」
「それは過大評価というもの。どうみても一品物ですからね。贈られた物をうっかり壊して怒らせるのが嫌で断ったのでしょう」
「それじゃ、貴殿もやってくれないのか……」
「いえ、やらせていただきます。場合によっては一丁分の予備部品を新しく作るつもりで」
「おお、ありが……」
「しかし!!」
と、ここで割り込む。
「うちの店長にこの仕事を受けていいか確認します。ベルトバックルの修理と聞いて受けましたが、これは完全に銃の修理です。片手間ではできません」
「そうか、そうだよな。対価もそれなりに弾まねばなる……」
「しかぁし!!」
再び割り込む。なにかお約束じみてきた。
「一度受けると言ってしまった手前、自分が行う作業については材料費のみで結構。表面処理やバネの新造などベック店長が行う部分については手数料を頂きますが」
「ありが……」
「でぇもぉ!!」
割り込む。というか天丼展開だ。
「師匠が受けていいと言った場合ですよ」
「あ、いいぞ。銃には見えん代物だが、機構自体は単発銃が三連みたいに見える。それの修理は銃鍛冶の仕事だ。正式に受ける仕事だから対価はもらうが、まずは分解して見積もりからだな」
「ありがとうございます」
「まあ、初めて見る銃だから分解と機構の確認で一週間はもらうぞ。急ぎじゃねえんだろ?」
「ええ、これが直るなら待ちますよ」
「とは言ったが完全に直せるかどうか保証はできん。パーツを作って交換するだろうし、場合によっては総入れ替えの可能性もある。親父さんからの贈り物なんだろ。全部交換しちまったら同じ物とは言えねえだろうし。
ま、その時はどうするか聞いてからだな」
ということで奇妙な隠し銃を修理することになった。




