三毛猫文ちゃんと和菓子な女子寮

最終話 試用期間終了、なるか？ 俊平くん鵙池寮管理人正式採用

「俊平くぅーん、見て、見てーっ！」

　テスト明けの木曜日。琴恵は正午過ぎに帰ってくるなり俊平のもとへ駆け寄った。

　今日返却された数学ⅡＢと化学の答案を自信満々に見せ付ける。

「ずいぶん、上がったね。すごいよ」

　俊平はかなり驚いていた。

　琴恵の取得した数学Ⅱの点数は７４点、数学Ｂは７１点、化学は６８点だったのだ。

「想像以上の成果ね。おめでとう琴恵さん。この調子で次はさらに高得点を目指そうね」

「琴恵ちゃん、本当によく頑張ったね。赤点回避どころか、平均点も越えれたんじゃないのかい？」

　フルールと愛子さんもけっこう驚いていた。

「琴恵お姉ちゃん、すごぉーい！」

　茉佑は目を大きく見開き、パチパチ大きく拍手する。

　ミャォ～ンと、文治郎も祝福するかのような鳴き声を上げた。

「先生にも褒められてすごく嬉しかった。私がこんなに良い点取れたのは、俊平くんのおかげだよ」

　琴恵は満面の笑みを浮かべながらそう言って、俊平にガバッと抱きつく。

「いや、俺の力じゃ決して……ルクレールさんの方がずっと」

　俊平は照れくさそうに謙遜する。

「いえいえ、琴恵さんの成績アップに一番貢献したのは俊平お兄さんです。俊平お兄さんがいっしょだったことで、琴恵さんのやる気を引き出すことが出来たと思うので」

　フルールも謙遜した。

「もう一個返って来た生物も８１で平均点大きく超えれてたよ。俊平くんの分かりやすいノートのおかげだよ」

「それは信部さんの努力の成果だよ」

「そんなことない、ない。俊平くんったらまた謙遜しちゃって。俊平くんはテストどうだった？」

「わりとよかったよ。今日返って来た現社が８４で数Ⅰが９２、苦手な英語も平均６１で７５点も取れたから」

「俊平ちゃんもこの一ヶ月、掃除炊事洗濯、家計簿管理、この子達の遊び相手、勉強の面倒。他いろいろよく頑張ってくれたね」

「いえいえ、俺なんか全く、ご迷惑ばかりかけてしまって」

　俊平は褒められるとやはり癖で謙遜した。

「俊平ちゃん、今日をもって試用期間は終了だ」

「ってことは……」

　愛子さんから唐突に告げられ、俊平の心拍数は急激に上がった。

「今日からは、正式採用さ。これからも引き続き管理人やってくれないかね」

「はいっ！　両親と学校から、許可が取れれば」

「双方からの許可はもう取ってあるよ。今朝、俊平ちゃんが学校行ってる間におらが連絡しておいたのさ。お母さんからは引き続き俊ちゃんをお願いします。夏休み中には一度帰ってくるように伝えておいてってことだったよ」

「えっ！　そうなんですか。それは、良かったです。あの、俺、何もお役に立ててないのに、引き続き管理人させてもらえるなんて、大変光栄です」

「俊平ちゃんったら。この慎み深い性格も、勇さんにそっくりだよ。別に良い結果を出せなくても、継続採用にするつもりだったさ。俊平ちゃんはいつも真面目で、一生懸命で、正直者で、謙虚で、おらが今まで出会ったことないほど本当にいい子だから。これ、俊平ちゃんがここへ来てから一ヶ月ちょっとの間のお礼だ」

　愛子さんは俊平に給与袋を手渡した。

「ありがとう、ございます」

　俊平は深々とお辞儀してから、丁重に受け取った。

「中を見てみな」

「はい」

　愛子さんから言われると、俊平は恐る恐る封を開けてお札を数えてみる。中には、福沢諭吉の肖像が描かれたお札が一、二、三、四……計八枚入っていた。つまり八万円だ。

「ありがとうございます！　こんなに、たくさん。ボランティアなのに」

　思わぬ大金に、俊平は嬉しさのあまりやや興奮気味に感謝の意を示す。

「俊平ちゃんはもう立派な鵙池寮の管理人候補さ。さて、これから俊平ちゃんの鵙池寮管理人継続記念祝賀パーティだ。もう前々から計画して出前を予約してあったのさ」

　愛子さんはにこやかな表情で伝える。

「俊平くん、継続採用おめでとう！　これからもよろしくね」

「俊平お兄さん、管理人さんを引き続き頑張って下さいね」

「俊平お兄ちゃん、これからもずーっといっしょだよ」

　寮生の三人、

ミャァーン♪

そして文治郎も温かく祝福してくれた。

「みなさん、本当に、ありがとうございます」

　俊平はもう一度深々とお辞儀し、感謝の言葉を述べた。

「礼を言いたいのはこっちの方さ。おらも楽出来るようになったし」

　愛子さんはにっこり笑う。良き後継者が出来たことをとても嬉しく思っていた。

「あの、俊平くん、私から、一つお願いしたいことがあるの」

　琴恵は急に真剣な眼差しになった。

「何、かな？」

　俊平はちょっぴりドキッとなる。

　まさか、私の彼氏になって。だったりして。

　そんなことも考えてしまったのとほぼ同時に、

「私のこと、いい加減信部さんじゃなくて、琴恵ちゃんって呼んで欲しいな。信部さんだと先生から呼ばれてるみたいで、すごく違和感あるもん」

　琴恵はぷくぅっとふくれっ面でお願いして来た。

「わたしもことも、下の名前で呼んで欲しいです」

「あたしもその方がいいなぁ」

　フルールと茉佑も、にっこり笑顔でお願いして来た。

「なんか、呼びにくいな。女の子を下の名前でなんて」

　俊平は気まずそうに伝えながら、視線を床に逸らしてしまう。

「俊平ちゃん、この子達ともう一ヶ月以上も同じ家族みたいに付き合って来てるんだし、呼んであげな」

　愛子さんはほんわかした表情で勧めてくる。

「そっ、それじゃあ……」

　俊平は一呼吸置いて、

「こっ、琴恵ちゃん、フルールちゃん、茉佑ちゃん」

　視線を床に向けたまま小さな声で呟いた。

「ありがとう俊平くん、これからもずーっとそれで呼んでね」

　琴恵に満面の笑みを浮かべられ両手をぎゅっと握り締められ、

「うっ、うん」

　俊平の頬はちょっぴり赤らんでしまった。

「聞き取りにくかったですが、一応合格です」

「俊平お兄ちゃん、呼んでくれてありがとう♪」

　フルールと茉佑も嬉し顔を浮かべて満足げだ。

「俊平ちゃん、すぐに気兼ねなく呼べるようになるさ。あっ、一つ言い忘れたけど、俊平ちゃん、今日、おらの孫娘の一人、伊織って子もパーティに駆け付けてくれるよ」

「そうなんですか」

「あの子、もう三七になったんだけど、まだ結婚もしていなくて」

「今の時代、たいして珍しくもないと思いますよ」

　俊平は微笑み顔で意見する。愛子さんは孫娘のことを情けないと思っているようだ。

　それから五分ほどのち、ピンポーン♪　のチャイムと共に玄関扉がガラリと開かれた。

「こんにちはー、お祖母ちゃぁん、お久し振りぃっ。さっそくだけどお小遣いちょうだぁーい！　アニメのブルーレイとかフィギュア買い過ぎて今月もピンチなんよ」

　訪れて来たのは、三〇代後半くらいの女性だった。丸顔つり目、黒髪おかっぱなそのお方は甘えるような声を張り上げながらロビーに上がると、いきなり愛子さんにぎゅっと抱きつく。

「またかい。相変わらず無駄遣いの酷い子だねぇ」

　愛子さんは呆れ返っていた。駆け付けると言っていた孫娘だったのだ。

「だってぇ、生徒にも同僚にも良い男の人いないんだもん。アニメのキャラの方がずっーといいもん」

　孫娘の伊織さんは唇を尖らせながら、ぶつぶつ不満を呟く。

「伊織おばさん、お久し振りです」

「伊織さん、こんにちはーっ」

「伊織おばちゃん、お久し振りだね」

　ミャーン。

　寮生の三人と、文治郎もそのお方にご挨拶した。

「お久し振りぃ！　コトコト、マユユン、フルッペ。みんなまた胸も含めて大きくなったね。ブンブンも少し太った？」

　伊織さんも寮生達との再会を喜ぶ。

「俊平ちゃん、こちらがおらの孫娘、伊織って子さ」

　愛子さんはその子を手で指し示す。

「……こっ、小清水先生！！」

　俊平は声を震わせながら呟いた。

「あれぇ？　きみ。助野君じゃないっ！」

　伊織さんは俊平に顔を近づけ、じーっと見つめてくる。

「ハッハッハ。やっぱり知り合いだったみたいだね」

　愛子さんは豪快に笑った。

「そりゃあ俺の国語の先生だから」

　俊平は呆気にとられた表情で伝える。

「助野君、なんでここにおるん！？」

　伊織さんも唖然としていた。

「俺、鵙池寮の管理人候補として、ボランティアで採用されて……」

　俊平はやや緊張気味に伝える。

「ほなお祖母ちゃんが新しく雇った管理人さんって、助野君やったんやっ！！　マジびっくりやわ～。なんで、なんで！？」

　驚き顔の伊織さんは顔をさらに近づけて来て、やや早口調で次々と問い詰めてくる。

「俺に、言われましても……小清水先生、学校で会う時には見せたことないテンションの高さですね」

　俊平は困惑してしまい、伊織さんの職務中には見せない一面にもけっこう驚く。

「うち、学校内ようするに職場ではあまりやる気出ぇへんのよ。ほんまはうち、漫画家か声優かラノベ作家かその挿絵描く絵師になりたかったし。今でも諦めず作品時たま投稿してるよ。っていうか、ものすごぉーく恥ずかしいとこ見られちゃったよ。助野くん、うちがアニヲタってことは学校のみんなには絶対ナイショにしてね。お願ぁい」

　伊織さんは瞳をうるうる潤ませ、俊平の両肩をガシッと掴んで懇願してくる。

「俺の古文漢文の採点、甘めにつけてくれたら」

「それは断じて出来へんわ。別問題や」

「さすが小清水先生、そこは厳しい」

　俊平は苦笑いを浮かべ、ちょっぴり残念がった。

「俊平ちゃん、バラしたってかまわんよ」

愛子さんはにこにこ微笑む。

「そうですか」

　俊平がにやりと微笑むと、

「助野君、お願いやから言わんといてーな。うちの今後の教師生活のためにも」

　瞳をますます潤ませた伊織さんに両肩をさらに強く掴まれてしまう。

「いててて。じゃあ、俺から一ヶ月ちょっと前に没収したノート、返却してくれたら、秘密にしておきますよ」

　俊平は再び苦笑いし、こんな条件を出す。

「分かった。明日にでも返したるわ」

「約束ですよ」

「了解や」　

　伊織さんはウィンクを交えて宣言した。

　小清水先生、こういう一面もあるんだな。

　俊平は今まで嫌厭していた小清水先生に対し、ほんの少しだけ好感度が上がったようだ。

「それはそうとお祖母ちゃん、お小遣ぁい」

「お盆の時まであげんよ。すまないねえ俊平ちゃん、こんな孫娘で」

「あいたぁっ！　ひどいよお祖母ちゃぁん」

　愛子さんは微笑みながら、すりこぎ棒で伊織さんの後頭部をコチッと叩く。

　その様子を寮生の三人と、文治郎は微笑ましく眺めていた。

　小清水先生のこんなはっちゃけた姿を見れたのも、元を辿ればノート没収してくれたおかげだな。あの時間にあの場所通ってなかったら、俺が信部さ……琴恵ちゃんと出逢うことなんてなかっただろうし。

　俊平はその件についての恨みはすっかり消し飛んだようだ。思わず笑みが浮かぶ。

「こんにちはーっ、俊平兄さん、管理人継続おめでとう！　おう、小清水伊織、さん、十七歳もいらっしゃってるやん。お久し振りぃっー」

「こんにちはー」

　ほどなくして、瑞帆と凛々菜も訪れてくる。

それからまもなく、

「ウリ坊寿司でーす。ごめん下さぁーいっ！」

　愛子さんが電話予約注文していた出前も握り寿司を皮切りに続々届いた。

こうしてこの三名も交え、俊平の鵙池寮管理人継続記念祝賀パーティは華やかに行われ一時間ほどで幕を閉じたのだった。

俊平の鵙池寮管理人としての勤めは、これからが本格始動だ。

　　　　　　　　　　　　　　○

翌日放課後。

「これあのキャラやんね。うちよりも絵ぇ上手いんはちょっとムカつくわ～。うち、じつはこの作品ばり好きやねん。今めっちゃ嵌っとう」

「そうでしたか。あの、先生。最初の授業の時に言ってた志賀直哉とかの作家さんの作品、本当に好きなんですか？」

「いやぁ、べつに。うち、じつは純文学なんて今までの人生でほとんど読んだことないんよ。字ぃばっかりで読む全くせぇへんし。あれは格好つけるため、国語教師としての威厳を示すために言うてん。とりあえず国語便覧に載っとう有名どころ挙げてみたって感じ。そいつらの作品のことよう知らんよ。感想とか解説訊かれたらマジ困ってまうわ～。うち、ラノベかマンガしか読まへんし。女の子達のゆるふわ日常系が特に好きや。このことも、他の子には絶対ナイショにしといてな」

「あらら。俺の昨日までのイメージとは正反対ですね」

「助野君からこれ没収した時、ツンデレ風な態度とれてうち、めっちゃええ気分やったよ」

「あれもそういうつもりでやってたんですね」

「助野君、あの時と比べてちょっと明るなったよね。リアル女の子達に囲まれてコミュ力鍛えられたみたいやね」

「うーん、どうだろう？」

俊平は国語準備室にて、ますます親近感が持てた小清水先生、つまり伊織さんから約束通り、没収されていたイラスト用ノートを返却してもらった。

伊織さんはそれから約一ヶ月後、なんと月刊漫画誌で読み切りデビューが決まった。彼女の祖父、勇さんの生涯果たせなかった夢を実現させることが出来たわけである。

　教師としても、引き続き生徒達や同僚の先生方の前では隠れオタを貫き通し、厳格で気難しい雰囲気を漂わせているそうだ。

（おしまい）