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 翌日。

 彼岸は帰ってこなかった。

 そして今日は死ぬ日だ。

 夢路は漠然と思う。

 だって昨日隣の席のクラスメイトが死んだのだ。その前の日にはそのまた隣のクラスメイトが死んだのだ。

 少なくとも死んだように、夢路には見えたのだ。

 あの飛び散った骨片、溢れぶち撒けられた脳髄、夢路の頬を濡らした温かな血潮。


 ――それとも。


 死ではないのか。柊弥や彼岸がそう言っているだけで。

 クラスメイトは変わらず登校して来ているのだ。

 だから、そんな、幻を見ているだけで。

 魔法使いなんて嘘で、それを信じている自分が愚かで、いや、そうやって考えている今の自分が一番愚かしい。

 彼岸は兎の目で言った。

 『わたしたち、魔法使いだから』と。

 彼女の小さな、桜色の唇から発された言葉は、どうにも拭い切れないほどの説得力を持って夢路にへばりついて離れなかった。

 ベッドから起きだした夢路は、小さなキッチンのシンクで顔に水を叩きつけて目覚ましにする。

 のろのろと着替え通学カバンに今日の授業に必須の教科書類を詰めた。

 何処に居ても、死ぬときは死ぬのだろう。

 そんな予感があったから、夢路は足掻かずにほとんど機械的に朝の支度を終え、学校へと足を向けた。

 朝食は摂りに行かなかった。そんな気力はもう失せた。

 寮監に『ダイエットなんかしちゃダメよ』と少し前――何人目が死んだ日だろう――と軽く言われたが、食べれば吐くだけだと胃が嘲笑う。

 早く一日を終わらせたい。

 それだけだった。

 死に怯える毎日なんかいらない。

 死にたいわけじゃ無いけれど。

 ただ、怯える毎日に精も根も尽き果てていた。

 死んでもいいとすら思えるくらいに。

 死ぬと思ったら死ぬから――赤茶の髪の目隠し少年が淡々と言った言葉。

 言葉、言葉、ぐるぐる廻る。

 クラスメイト達は死んだのか、生きているのか。

 自分が見たものと、クラスメイト達の見ているものと。

 自分の主観と、クラスメイト達という客観と。

 どちらを信じればいいのだろう。

 ああでも――夢路は思う。

 どちらを信じても、死ぬのだ。

 死ぬと思えば死ぬのだ。

 暗示をかけられ冷たい火箸を押し当てられて、火傷の痛みに苦しみ悶える囚人のように。

 教室に着き、自分の机に鞄を置く。

 右隣、昨日ばらばらになったクラスメイトは、何事もなかったかのように前の席の人間と談笑している。

 私もああなるのだろうか。

 全てが幻覚なら――。

 思ったところで、兎めいた目が真摯に此方を見つめる錯覚。

 トイレの中での、どうしようもない悪夢から引き上げてくれた柊弥の手。

 また言葉がぐるぐる、ぐるぐる回って。

 気がついたらうたた寝をしていたらしい。

 担任の教師が教室に入ってくる扉の音で、はっと目を覚ました。

 直後。

 背筋を悪寒が奔り、思い切り身を仰け反らせる。

 パアンと音が、頭の右側から聞こえた。

 何かが弾ける音。

 真っ暗になった右目の上に、どろりと生温かい液体が被さり滴る。

 恐る恐る頭に触れると、頭の右半分がごそりと無くなっていた。

 右の目玉だろうか、机の上に転がってこちらを見ている。

 見ている。

 その横には、羽根のような触手のようなモノを蠢かす半透明の何かが――この世のモノには思えない何かがのたうっていて。

 何もかもが理解できない。

 何もかもが理解の範疇を超えていた。

「あ……あ……」

 歯の根が合わない。そもそも歯は半分も残っていただろうか。

 悲鳴すら出せない。そもそも舌は半分も残っていただろうか。

 ふらり、席から立ち上がってもクラスメイトのだれも誰もこちらを見ず、思い思いに担任教師の話を聞いていた。

 そして担任教師すら、立ち上がった夢路に一瞥もくれなかった。

 悪い教師ではなく、ここ数日、体調を崩しがちだった夢路を気遣ってくれるいい人だった筈だ。

 けれど。

 そのままおぼつかない足取りで教室から出る。

 授業が始まる前の細やかな賑やかさに満たされた廊下。

 幾つか教室を挟んだ向こう側に、柊弥が立っていた。

 顔が青ざめている。

 頭が半分欠けて血まみれの自分を見れば青ざめるだろうと夢路は自重して。

 駆け寄ってきた柊弥に支えられた。

「死は永久の安らぎにあらじ。我、幽世の岸辺に咲く柵の花。黄泉比良坂を断つ岩戸。生きよ、生きよ、生きよ。この言を持ちて生者の息吹を与えん」

 柊弥は素早く呟いたかと思うと、夢路の唇に唇を合わせて、息を吹き込んだ。

 血まみれ少女と目隠し少年のキス。

 こんな光景を誰かが見たら卒倒するだろう。

 ぼんやりと関係ないことを考えながら、それでも夢路は、唇に触れている柊弥の唇を意識せざるを得なかった。

 片目に映る柊弥の、前髪に隠された表情はどこまでも平静そうで、それが苛立たしく。

 自分だけがキスを意識しているかのようで苛立ちはさらに募り、声を上げようとして、身体が軽くなった事に気付いた。

「何をしたの?」

「少しだけ、死ぬまでも時間を伸ばした。このままだと君は死ぬから」

「こんな風に誰かに突然キスするの?」

「必要なら。あまりしたいとは思わないけれど」

 ああそうか。私は今、頭が半分吹き飛んでいるから死にそうなんだ。

 夢路は自身の惨状を思い出して、振り返り床を見れば、バケツ一杯の水を乱暴に運んだように血の跡が残っている。

 このままでは柊弥の言う通りに死ぬのだろう。

 痛みが無いのがいっそ恐ろしかった。

「死にたく……ない。死にたくない、死にたくない、死にたい訳がない。ねえどうすればいい? 何とかできるの? 六書が伸ばした時間はどれくらい? どれくらいで私は死ぬの、ねえ?」

「保健室に先生がいる。見せれば多分、何とかなる。来て」

 そう言うと、柊弥はくるり踵を返して歩き出した。

 よろよろと夢路が続くも、手を貸す素振りは見せない。

 柊弥は出会った時から、人を拒むような雰囲気を持っていた。

 淡々とした物言いも、そう。

 なのに――……。

「何でキスしたの?」

 なんでもいいから意識を繋いでおくために話をしたくて口を動かす。

「そういう魔法だから。俺、彼岸と同じ魔法使いだから」

 瀕死のお姫様は、魔法使いの王子様のキスによって、少しだけ命を永らえたのです。

 なんて。

 笑い話にもならない。

 夢路の足取りが重くなり、殆ど廊下の壁にすがるようにして歩くようになっても、柊弥は頑ななまでに手を貸そうとしなかった。

 ともすれば霞む背中を見据えながら、血まみれの腕で壁を掻き、歩く。

 疲れが伸し掛かり、もう歩いているのか足踏みしているだけなのか分からなくなった頃、柊弥の足音が消えた。

「保健室に着いた」

 がらがらと扉を開く音。

 独特の匂いが押し寄せて来る。

 何とか、保健室に入る柊弥を追うと、養護教諭の机に向かっていた女が、椅子を回してこちらを向いた。

 黒く腰まである長い髪。切れ長の双眸。唇には真っ赤な口紅を差した女。

「東雲教諭、要観察の生徒が襲われたので連れて来ました」

 東雲と呼ばれた女が、夢路の頭の先から爪先までをざっと見渡す。

 それから追い払う様に手を振った。

「相変わらずだな柊弥。まあいい、その子は私が何とかするから授業に戻れ」

「はい」

 柊弥はちらりと夢路を見ると、そのままどこかほっとしたように保健室を出て行った。

「夢路、お前はこっちだ」

 立ち上がった白衣の女は、夢路の腕を取ると、保健室の奥にあるベッドへと寝かせる。

 相変わらず溢れる血と脳漿の混じった液体が枕を濡らして寝心地悪いことこの上ない。

 死のうとしているのに、死に向かっているのに、寝心地を気にするなんてお笑いだと夢路は自嘲する。

 枕元では東雲が金属音を立てて何かを用意しているのが雰囲気で分かった。

 マッチを擦る音。燃える硫黄の匂い。ゆるり紫がかった煙が流れてきて、殆ど麻痺していた夢路の鼻孔を擽る。

 眠気が夢路を支配する。

 死ぬのだろうか。

 こんなにも良い気持ちで死ねるのならば、それもいいかも知れない。

 そう考えてしまう位に、子守唄のように紡がれる長い長い長くて意味の掴めない東雲の言葉が言葉が心地よくて。

「良く死ねよ」

 その言葉を聞いたが最後、夢路は睡魔に吸い込まれていった。


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