第1話
もうすぐ季節は秋を迎える……。
大陸のいたる所で麦などの穀物の刈り入れが始まる季節である。
そんな秋間近、まだ夏の暑さが残るルーランド帝国リング領の中心である王城の一室で、一人の女性が誰から見ても不機嫌な表情で椅子に腰掛け書類に目を通していた。
女性の座る椅子の前には、装飾が施されて見た目にも美しい机があるのだが……。
机の美しさに目を奪われる前に、卓上に視線が惹かれてしまう。そこには書類の束が嫌になるほど置かれていて机の上だけでは収まらないのか両サイドの床にまで書類が散乱している状況になっていた……。
室内には彼女以外に、十名ほどの者達が各自机に向かい書類の確認や不備が無いかを流れるような速さでこなしている。
今、書類の確認作業をしている彼女が不機嫌な顔をしているのは永遠と続く書類との戦いの終わりが見えないからであろう……。
一つの束を確認し、了承のサインを書くまでに机には倍以上の書類が積まれる……。
最終的に書類にサインをするのは彼女しか居ないのだが、彼女の元に書類を運ぶのは十名である……。幾ら効率よく書類を捌こうとも終わらないわけである……。
書類を確認している女性は『拷問を受けているようだ』と小さく呟くが、彼女の机に書類を運んでくる者達には聞こえていないようである。
もしかしたら、聞こえていても聞こえていない素振りをしているのかもしれない……。
かれこれ彼女が書類の束と格闘を始めて、すでに三日目を迎えている。誰でも嫌になるには十分すぎる時間が経っているだろう。
それでも彼女が書類の悪夢から解放される気配はない……。
「ゴード先任参謀!! 私は疲れた……。
少し休憩をしないか?」
ゴード先任参謀と呼ばれた中年を少し過ぎたくらいの男が書類を流すかのような速さで確認しながら、視線は書類から離す事なく答える。
「後二日で帝国からの使者が到着します。それまでに必要な書類は作成しておかなければなりません!
それにボークス将軍からの命令ですぞ。
この書類仕事をこなす事で、貴方の軍規違反を見なかった事にしようと言うボークス将軍の配慮なのですぞ!
これが終わらなければ、貴方の失態がなくなった訳ではない事をお忘れなきよう……」
ゴードが毒を吐いているが、言われている本人には届いていないようである……。
「それを言うなら、お前達も私と同じではないか?
私を止める事が出来なかったから、今こうして書類の束と格闘しているのではないか……」
そうである。本来、雑務になるような書類仕事は彼らのように役職的地位が高い者がするようなことではない……。さすがにサインをする者はサインが出来るだけの地位が無いと駄目なのだが……。
さて、この一言に書類を確認している十名の者達の手は震えている。今喋れば確実に声も震えるであろうと予測できるほどである……。
各自心で思っている事は同じであろう、誰が原因だと思っているんだ!! と。
この災難は全て目の前の女の暴走のせいである。
忠告もした! 警告もした! それでも独断で動いたのは彼女の責任である……。
そもそも彼女の方が地位が高い、暴走を止める事など最初から無理なのである。
「文句を言えるのなら、まだまだ元気があるようだな!」
入り口のほうから声が聞こえてくる……。
声の主が誰だか直ぐに分かり、室内に緊張感が漂う……。
入り口の方へ視線を向けると、鎧を脱ぎ軍服姿のボークス将軍が立っていた。
「アーカディア将軍、書類の方は出来たかね?」
分かりきっているのに質問されている……。
目の前の書類の山を見れば、必要書類が完成していないことなど一目瞭然ではないか!! と言い返したいが言える筈もない……。
「順調に作業の方は進んでいます。そろそろ休憩を入れようかと話していた所です」
にこやかに返事をしているアーカディア将軍であるが表情は引きつっている。
「ほう、休憩を入れるほど簡単な仕事だったか……、それならば仕事を増やしても問題ないであろうな……」
他の者達の額には冷や汗が出ている……。これ以上仕事が増えたら使者が到着しても書類が完成してない状態になりかねない!
「いえ、私は仕事を完璧に行いたいので書類に専念をさせて頂けないでしょうか?」
上手い切り替えしだと皆が思ったが……。
「謙遜なされるな……。我のような武人では無い、アーカディア将軍がこれくらいの書類など赤子の手を捻るより簡単であろう?」
ボークス将軍を怒らせてはいけない! 武力では勝てないし地位でも勝てないのだから穏便に済ませる言葉を選ばないと、仕事が増えるんだ! とゴード先任参謀が心に思っているときである。
ゴードが確認をしていた、リング王国領地関係の書類に気になる箇所が出てくる。
リング王国の国土面積など頭に入っているつもりであったが、目の前にある書類に書かれている領地は自分の記憶と違い少なくなっている……。
面積を求める方法が馬で移動した時間で概略の数値を算出しているので、幾らでも誤差など出てくる。
過去には穀物の生産量から面積を求めようとしたが、気候で幾らでも変動が起きてしまう。各国で試行錯誤が行われているが共通するような方法は執られていない。
それでも、国の歴史が長くなれば国土の面積に変動が起き難くなる、戦争をすれば話は別であるがリング王国は長年戦争をしていない……。
そうなると過去自分が見た書類に書かれていたことが誤りであったのだろうか……。
しかし、自分は参謀であり幾多の作戦立案をしてきた。元より情報部より齎されたリング王国の諸情報に間違いがあるとは考えにくい。
再度、自分が手にしている書類の束を確認していく……。
先任参謀が慌しく書類を捲る姿に、ボークスが違和感を覚える。
「先任参謀よ、どうした?」
ボークスに問われたからには答えるしかない……。
再度書類を確認したが、間違いなく領地が少ない。
「はい、リング王国の領地面積の記載が少なくなっておりますゆえ、確認を」
先任参謀の一言に、ボークスの表情が険しくなる。
「リング王国の全体図を持ってこい! それに領地関係の書類は全て集めさせよ。
それと、幽閉中の文官を何名か連れて来い!
領地の事がわかるのなら、下っ端でも構わん!」
ボークス将軍から忙しなく命令が下される。
アーカディアも先任参謀もボークスが何を慌てているのか思考が追いついていない。
ボークスが危惧している事が見当違いならばいいのだが……。
そもそも、国を統合するのは簡単な事ではない、沢山の条約などや政令など幾多にわたる。
その国にしか分からない事が幾らでもあるのだ……。
相手を武力で降伏させても、後々諸々の問題が出てくることなど当たり前の事である。
それを早期に発見し恙無く統合するために今時間を惜しんで書類の整理をしているのだ。
「他の者も、此処にある書類で領地に関するものは再度確認をせよ!」
まさか、領地を切り離してあるのか? リング王国は降伏しているが、もし切り離してる領地の統治権をリング王国が所有していない、若しくは破棄している場合はルーランド帝国は統合出来ない!
そして、その領地に違う国の後ろ盾など有ろう日には、新しい火種になりかねない!
今はまだ憶測に過ぎない、杞憂であればとボークスは考えている……。
この判断が正しかったと判明するのは、さほど時間が掛からなかった……。
新しい物語はこうして紡がれ始めた……。
新しい話が始まりましたよ! どのような展開になるか楽しみにしておいてください! ではではでは




