第20話
ボークス将軍の率いる部隊がオール砦を通過する様子を、梟から偵察に出ていた者が遠目に観察していた。
「頭蓋骨に花弁が描かれたあの旗は……、確かボークス将軍の旗だったはず……。
なんとも、厄介な奴が出てきたな……」
行軍している兵士の数も、今の残存兵と比べ圧倒的である。
「それにしても率いてる兵士が多いな……、万を超えるんじゃないか?」
急ぎ、団長に報告しなければ……。
偵察を終え、望遠鏡を腰袋に仕舞いながら戻ろうと踵を返した瞬間である。
「モリン、ネズミさんを発見ですわ」
「メメン、どぶねずみですの」
突如として、後ろから女の声が聞こえる。
慌てて右に回避しながら、振り返ろうとするが左腕に激痛が走る。
「ぐっ!!」
咄嗟に痛みの原因を確認する、自分の左腕にナイフが二本も刺さっている。
「モリン、このネズミは中々の獲物ですわ」
「メメン、どぶねずみなのにすばしっこいの」
心臓を狙ったと思われるナイフを辛うじて避けたが、ナイフが刺さった左腕は使えない状態に成ってしまった。
左腕を庇いながら、声の主を確認する為に顔をむける。
なんとそこには、戦場では遭遇することなど無いと思っていたメイドが二人も居た。
赤い瞳に淡い桃色の髪、歳は見た印象で若いと予測できる。並んで立っている二人の顔は瓜二つなので双子だろう……。
そして、黒いメイド服姿には不釣り合いな投げナイフを手に持っている。
この得体の知れないメイドと遭遇し、攻撃を受けている事態を理解できないでいる。
何よりこの状況をどう切り抜けるかを必死に考えてみるが、相手の実力が分からない以上、背中を見せての逃亡は危険しかない。
「モリン、ネズミは光の反射をきっと知らないんですわ」
「メメン、どぶねずみは頭が悪いの」
まさか、レンズの反射か!
自分も偵察の心得がある、バレないように慎重に行動していたのに微かな光にでも気付いたのか?
「モリン、ネズミが居るってことは近くに兵士が居るかもですわ」
「メメン、どぶねずみ一匹見たら七匹は居るかもですの」
目の前に居るメイドを良く見ると、着ているメイド服のスカートの端に見にくいが頭蓋骨が刺繍されている事に気付いてしまう。
ボークス将軍の部下なのか?使っている武器から考えると暗殺者なのかもしれないが……。
考えていても状況が好転しそうにないな……、少し様子見をするか……。
視線を合わせたまま、バックステップに高速移動を織り交ぜて使用する。
瞬く間にメイドとの距離を三倍ほどに開く事に成功する。
「モリン、ネズミだと思っていたけど魔導師のようですわ」
「メメン、どぶねずみは魔導師なの」
メイド二人は驚いた顔をしていたが、何かに納得したのか笑顔になる。
メイドとの距離は開いたまま、逃げるには今がチャンスだろう……。
助走の無い高速移動は体にかかる負担が大きいのだが、逃げる事を考えれば仕方ない。
メイドから視線を外すことなく、動こうとした時である。
「消えた!!」
視界から一瞬にしてメイドが消える。
物理的に消えることなんてありえない!もしかして、高速移動……なのか?
もし、高速移動なら団長と同じくらいの速さで動いた事になる……。
「ねぇ?貴方、騎士団員じゃないわよね?レクトを殺したのは誰か知っていたら教えなさいですわ」
「ねぇねぇ?この背中に描かれてる鳥は、もしかして梟ですの?」
首筋にナイフが二本左右から宛がわれている、動いた姿が見えなかった……。そして、後ろを取られている……。
「そうだ、モリン!梟と言えば傭兵団ですわ」
「そうね、メメン!梟はある傭兵団のシンボルだったはずなの」
額を冷や汗が伝う……、勝てない事を悟ってしまったからだ。
「モリン、ネズミを逃がしますわ」
「メメン、同じ意見なの」
メイド達の言っている事が理解できない、自分は今死を覚悟していたのに……。
「ねぇ?レクトを殺したのが貴方達のリーダーなら、伝えて欲しいのですわ。
ボークス様は強き者との対峙を楽しみにしている、と」
「ねぇねぇ?殺し合いはとっても楽しい事なの!
ボークス様のために首を洗って待ってろなの」
背後に感じていたメイドの気配が突如として消え去る。恐る恐る後ろを確認するがメイドたちの姿は消えていた。
オール砦に偵察に行っていた者が負傷して戻ってきた事で、野営地が騒がしくなっていた。
怪我を治療しているテントの中にザックが慌てて入ってくる。
「アル!無事なのか?」
「親父!どうにか、どうにか助かったよ……」
ザックが飛び込んできた時は、アルがテント内で左腕の傷を縫っている時だった。治療を受けている姿を見て、致命傷じゃなくて良かったとザックは胸を撫で下ろしていた。
「そ、そうか!良かったぜ……。
しかし、お前でも危なかったとなると相手はかなりやばそうだな……」
「その事については治療が終わり次第、団長に報告させて頂きます!」
アルはライド王国とルーランド帝国の戦争が終わってからは、ザックに引き取られ今まで育てられ、そして鍛えられてきた。
アルの実力は、並みの魔導師より強いことは梟の中でも知られていて、今回の偵察任務も実力があるから任せられていた。
アルの腕の治療が終わるのを待ち、団長に報告が上がる。
「ボークス将軍ですか……、確かに厄介ですね……」
アルからの報告を聞き、天幕の中にいた者たちの顔が険しくなる。団長であるレンの表情も同じく険しくなっていた。
「団長、確かにボークス将軍も厄介ですが、率いてる兵士の数も脅威です。
私達では戦闘しても、直ぐにやられてしまいます……」
シーアが意見を述べる。
「両方とも脅威だが、俺としてはな……、アルに怪我を負わせたメイドの方が気になるな……」
ザックの表情に怒りが浮かんでいる。
「確かボークスといえば、ライド王国首都防衛戦で先陣を切った隊長だったはず……。
将軍職にまで昇っていたとは……」
サーヤが不安そうにレンの顔を見つめている。
「このまま戦闘に移る事になれば、間違いなく梟では勝てないだろう……。
でも、このまま引き下がるわけには行かないな」
「サザナミが行くなら俺は黙って着いていくぞ、他の奴は知らんけどな?」
ザックが他の団員を見つめる。見渡せば覚悟が出来たのか一様に表情から覚悟が見て取れる。
「負傷している兵士を出来るだけ撤退させたい。その分の時間稼ぎも私達で行おうと考えているが、みんないいかな?」
「今更だな、不利な状況での戦闘は俺達のお得意だろ?」
ザックが苦笑いを漏らす。
「では、野営地の撤収を急ぎ行うように。撤収作業中に負傷者は先に王都に向けて出発させてくれ」
梟としての意思が決まった事で、各々行動を開始する。
隊列を組んで行進をしているさなかにメイド二人が突如としてどこかに行ってしまった。
「ボークス将軍、宜しかったのですか?」
先任参謀がボークスに問いかける。
「ん?何の事だ?」
問われたボークスは特に気にした様子は無く、質問の意味が分からないようである。
先任参謀はボークス将軍の後ろに続いて歩く主人の居ない軍馬二頭を見やりながら答える。
「メメン様とモリン様のことです。いきなり居なくなるなど軍紀が乱れる原因になりかねません」
「そう言ってくれるな……、あの二人にも何か考えがあってのことだろう」
自由なのはいつもの事である。
ただ、ボークスの命令には従順であるので参謀としては将軍から叱って欲しいと考えての発言であったが、ボークスは意図に気付いていても言わないのかもしれない。
三十分もすると、どこかに行ってたメイド達が戻ってきた。
「ボークス様、ネズミを見つけましたですわ」
「ボークス様、どぶねずみが居たの」
戻ってきて早々の言葉であるが、先任参謀はメイドの言っている事を理解するのに時間が掛かってしまった。ネズミ、どぶねずみとな……、敵の間者のことか。
「ほう、レクト将軍を破った者達の手の者かな?」
ボークス将軍の顔に笑みがこぼれる……。
「して、メメン様モリン様、仕留めた敵の骸はどこでしょうか?確認の兵士を派遣させますがゆえ」
先任参謀が情報を聞き出そうと話しかけるが、メイド二人は聞こえない振りをする。
「ボークス様、ネズミは傭兵団の梟だと思いますわ。
確実に、レクトを殺した奴らだと考えますわ」
「ボークス様、どぶねずみは梟の一味だったの。
多分、レクトをころころした奴らなの」
先任参謀を無視しながら、メイド二人は楽しい出来事のように話している。
「ん?梟……、どこかで聞いた名だな……」
どこかで聞いた名であるが思い出せない、歳のせいか、それとも自分には取るに足らない情報だったかであろう。
「ボークス様、ネズミに伝言を託しましたわ」
「ボークス様、どぶねずみに言葉を運ばせたの」
先任参謀の顔が青ざめていく、メイド二人が間者を生かして逃したと言っているからである。
「ボークス将軍!これは由々しき問題ですぞ!!敵に情報が漏れることは……!」
「先任参謀よ。私は戦闘が楽しい場所になれば、なお嬉しい。
情報が漏れたことで相手が頑張って作戦を立ててくるだろう。
しかし、それを破って蹂躙する事こそが、戦の華だ」
私が負けると言いたいのかと目が物語っており、これ以上は発言できないと感じた。
「メメン、モリンよ。伝言は何とした?」
「はい、強き者との対決を望むと」
「はい、首を洗って待っておけと」
メイドの言葉を聞き、ボークス将軍が声を出して笑い声を上げる。参謀達としては情報が漏れたことで不利にならないように作戦を考えなくてはと、また頭を抱えたくなっていた。
上機嫌のボークス将軍率いる部隊が順調に歩を進めていると、目の前に想像以上の景色が入ってくる。
戦闘があったであろう場所、レクト将軍が死した場所であろう。
驚くべきことは、まるで隕石でも落ちたのか?と思わせるほど、広範囲に渡って地面が陥没していた。
遠目に見ても二キロ以上に渡り、深さが一メートルはあるだろう陥没ができている。
そして、彼方此方にルーランド帝国の兵士だった物が転がっており、無残な状況になっていた。
「こ、これを……、一人でやってのけたのか……?」
先任参謀は自分の目がおかしくなったのではと思うほどの光景だった。
「おぉ!!これはこれは!敵は強敵で間違いないな!」
ボークス将軍とメイド二人だけが笑顔に成っている。
「モリン、私達の伝言は正解だったですわ」
「メメン、私達は間違わなかったの」
ボークスに対してメイド二人は頭を撫でてくれと言わんばかりの目を向けている。
「ん?お……おぉ!思い出したぞ!梟だ、そうかそうか!ライドの生き残り騎士団か!
今は傭兵をしているのか……。しかしまた、合間見えることが出来るとは、私は天に愛されているのかも知れんな!」
目の前の惨状が、ライド王国での戦闘を思い起こさせてくれた。忘れていた事を思い出したボークスはその日一日怒る事も無く、終始笑顔だった。




