第19話
ルーランド帝国領内を万を超える兵士が乱れる事もなく行進をしている。
先頭を進む兵士が、頭蓋骨と散り逝く花弁が描かれた旗を靡かせながら歩いている。
ルーランド帝国でも歴戦の兵士として武勇名高き、ボークス将軍の部隊である。
ボークス将軍率いる部隊はリング王国王都攻略を目的として、先に進むレクト将軍の後を追っていた。
見るもの全ての者に恐怖を抱かせるほど、万を超える兵士の行軍は圧巻の一言であるが、ボークス将軍より一時的に指揮の代行をしている先任参謀は頭を抱えていた。
予想外に行軍速度が遅く、軍本部より行軍速度を上げるようにと命令書が届いていた。
もし、行軍速度を上げることが出来ないので有れば、休息時間を削ってでも遅れている行程を補填せよ。とまで書かれていた。
先頭を進むボークス将軍は指揮を部下に任せている為、我関せずの態度である。
「ボークス様、先任参謀風情が何か言いたげに此方を見ておりますわ」
「ボークス様、能無し先任参謀がずっと此方を見ていて気持ちが悪いですの」
戦争に向かっている部隊なのに、この場所には不釣り合いなメイドが二人、ボークス将軍の後ろに控えていた。
着ている服は戦闘の事など考慮されていないメイド服で、申し訳程度に胸元に革鎧がついているだけである。
そして、騎乗するには不向きなスカートなのに、ボークス将軍の後を進む二人のメイドは器用に軍馬を乗りこなしている。
良く見ると二人とも似た顔立ちをしている、赤色の瞳に淡い桃色の髪をセミロングに揃えている所も同じで、話す声色も同じに聞こえるので双子なのだろう。
「メメンとモリンよ。余り私の部下を苛めてくれるな……。
それから、お前たちも女なのだ言葉を選んで発言をしないさい」
ボークス将軍が振り返りながら、メイド達を注意する。
「モリンのせいで、ボークス様に叱られたわ」
「メメンのせいで、ボークス様が怒っちゃったの」
言い合う二人を見つめながら、ボークスは先の見えない行軍に飽きてきていた。
この万の兵士を率いるボークス将軍とは、一兵士としてルーランド軍に入隊して以来、戦闘面で頭角を現し先の大戦で勝利に大いに貢献したとして、三十半ばの歳で異例の将軍職にまで上り詰めた男である。
性格面は、よく自由奔放であると他の将軍からは評価させれているが、こと戦闘に関しては高い評価を受けている。
「ボークス将軍、前方より向かってくる後方支援部隊の様子が変だと斥候より報告が入っております」
「ん?レクト将軍の部隊を支援しに向かった部隊だったか?」
「はっ!左様でございます」
前方を目を細めて見つめていると、紺色の生地に白で馬車が描かれた後方支援部隊の旗を掲げた早馬が此方に向かっていた。
「うむ、確かに様子が変であるな。早馬を走らせるとは後方支援部隊では珍しい事だな」
「もしや、レクト将軍に何かあったのではないでしょうか?」
先任参謀の顔色が険しくなる。
「ボークス様、先任参謀の顔が怖いですわ」
「ボークス様、先任参謀の顔が気持ち悪いですの」
「お前達は少し黙っていなさい……。
話をややこしくする……、先任参謀もお前達のせいで進言できなくなるだろ」
もう喋ってくれるなと言わんばかりの顔をメイド二人に向ける。
「いえ……、そのような事は決してございません」
逆に参謀の方がメイドに睨まれて萎縮してしまっている。
このやり取りをしてる間も早馬は、ボークス将軍の率いる部隊に近づいてきている。
「緊急伝の旗も掲げておりますな……」
参謀は会話を進めるために無理やりにボークス将軍に話を振っている。
しかし、緊急伝の旗まで掲げているという事はやはりただ事ではないようである。
「緊急伝!緊急伝である!レクト将軍率いる先行部隊が全滅!我が隊は負傷者を護送し帝都に帰還する予定である!」
ボークス将軍の前で軍馬を降りる事もなく、伝令が早口に用件だけを伝えると帝都に向け走り去っていく。
伝令の報告を聞いた参謀達は顔が強張っている、レクト将軍といえば少数部隊での指揮並びに戦闘を得意とする戦略家でも一目を置かれていた人物であったからである。
「ボークス様、レクトが死ぬなんて驚きですわ!」
「ボークス様、レクトが死んじゃったですの?」
参謀達のことなど気にしないメイド二人の発言は、ボークスでさえ頭を抱えたくなる発言であった……。
「レクトが負けたことが事実であるならば、相手はかなりの切れ者か強き者なのだろうな……」
「あら!ボークス様が笑ってますわ」
「あら!ボークス様が嬉しそうですの」
メイド達に言われて、ボークスは気付いてしまう、悲報のはずなのに笑っていたことに。
「ボークス将軍、我らはこのまま進軍すべきだと考えます。
ただでさえ、我が部隊は行軍予定より遅れております。
ご決断を!」
「うむ、我が隊はこのまま進行する!!」
つい先ほどまでは退屈をどう凌ごうかと考えていたのに、今はまだ見ぬ敵に心が踊っている事にボークス自身も薄々気付いていた。
全滅の知らせが届き会議が騒然として終了してから、さほど時間は経っていない。
一人では広い部屋に、天板付きのベットや化粧台、後は三人ほど座れるソファーとテーブルくらいしか置かれていない部屋。
誰かの寝室なのだろう、この部屋で会議に唯一参加していた女性がソファーに深く腰掛けている。
「やはり、サザナミでしょうね……。リング王国に逃れていると噂はあったけれど、今までは表舞台に姿を現さなかったのに、レクト将軍の部隊を一人で壊滅したと聞いて確証を持てたわ」
天井を見上げながら誰に話すでもなくつぶやく。
「しかし、一人で全滅させるにはそれなりに負担が掛かっているはず。やはり攻め時は今しか無いであろうな……」
考えている事がついつい言葉になっているが、他に誰も居ないので気にしない。
考え事にふけっていると、扉がノックされる。
「開いているわ」
「失礼します、姫さま」
室内にローブを纏った女性が三人入ってくる。
「軍部の動向は、ボークス将軍の進行が遅れているのをそのままとして、再度増援部隊を送る事で決着しそうであります……」
真ん中に位置している女性が代表して話している。
「テルー、軍部に働きかけて私達の部隊が出れるようにしてちょうだい」
「しかし、アーカディア姫さまが出る為には陛下の許可を頂く必要がありましょう……」
深い緑の髪、緑の瞳。
言われてみれば、どことなく陛下と似ている雰囲気が出ている。
ルーランド帝国ルーランド13世の娘であり、現在は魔導師部隊において三人いる将軍の一人で筆頭魔導師でもある、アーカディア将軍である。
「父上には上手く話しておくわ、そのためにも軍部の方は任せたわよ」
「はっ!仰せのままに」
用件が済んだのか、部屋に入ってきた女性達は退室していく。
退室した事で、部屋にはまた一人になる。
「上手く行けば、やっと会う事ができる……。やっと……」
誰も居ない室内に声が響く。
ボークス将軍の下に軍部から新しい命令書が届いたのは、レクト将軍の全滅を聞いた日から二日後であった。
ルーランド帝国の軍部としては、迅速な判断であった。
「しかし、アーカディア将軍が出るか……」
「軍部も思い切った決断ですな……」
命令書を読み上げた先任参謀がボークス将軍の顔色を伺っている。
「ボークス様、あの女と作戦は嫌ですわ」
「ボークス様、あのわがまま娘は嫌いですの」
意見など聞いていないのにメメンとモリンがボークスの後ろで文句を言っている。
ボークスとしても魔導師部隊自体を増やすとは思っていなかったのが現実であった。
「指令所に書かれている、リング王国の魔導師に対抗するためであろうか?」
何時に無く真面目な顔を先任参謀に向けている。
「ボークス様、私とモリンが居れば大丈夫ですわ!」
「ボークス様、私とメメンが居れば問題ないですの!」
「私も、ボークス将軍とメメン様、モリン様が居れば作戦に支障はでないと試算しておりましたが、本部としてはそれだけ危機感があるのやも知れません……」
先任参謀に褒められてもうれしくないのかメイドの二人は先任参謀の方を睨んでいた。
「もう、我が隊はリング王国に入っておる。
今更、兵が増えようが姫様が来ようが目的を達するまでだ」
「「ボークス様の命令のままに!」」
ボークスを支える参謀達も、ボークスのメイドの二人も深く頷いている。
今朝方、ボークス将軍率いる部隊はオール砦を越え、敵の領地であるリング王国に入っていた。
行軍する兵士も、そしてそれを指揮するボークス将軍の顔にも緊張が現れている。ボークス将軍が率いる部隊を追う魔導師部隊は高速移動で向かっている事も命令書に記されていた。早ければ明日には追いつくであろう。
先頭を進んでいたボークス将軍が馬の歩みを止めて後ろを付いてきている兵士達に激励の言葉を飛ばす。
「良いか兵士諸君!!人生は楽しんだ者勝ちだ。
いずれ死ぬのだからな!
今は、いい酒を飲み。そして、悔いなく死んでくれたまえ兵士諸君!」
「オォォォォオォオォォォ!!」
ボークス将軍の声が聞こえた兵士達は次々と歓喜の声を上げていた。
本格的なリング王国に対しての侵攻が開始された日の出来事である。
※補足説明※
文中に出てくる「セサ」と言う呼び名は、現在の自衛隊の司令部でも使われている言葉であります。ただし、参謀ではなく幕僚となります。
昔の名残で、今の先任幕僚が「セサ」と呼ばれています。他にも後方幕僚は「コウサ」と呼ばれたりします。




