第11話
自分の命が助かったこと、先ほどまで迫っていた緊張感から開放されたことで子供二人の表情には疲れの色が見て取れる。野営地まではかなり距離がある、緊急事態だった為に軍馬などを使用していない。ザックは子供達をどうやって連れて行くか悩んでいた。
「隊長、歩いて戻りますか?」
ザックが隊長の顔色を伺う
「いや、時間がないから高速移動で戻るぞ」
何を聞いてくるのだと表情が物語っている
「しかし、子供が居ます。どうされるのですか?」
「ザックが優しく安全に野営地までエスコートすると私は思っていたんだがな・・・間違いかね?」
隊長からの視線は後は任せたと言っているようでもある。
「了解しました。お任せあれ」
ザックはこれ以上の押し問答を続けても意味がないと思い、しぶしぶ納得するが一人での損な役割は引き受けたくないので一人の仲間の肩を掴む。
「サザナミ!手伝ってくれるよな?先輩の頼みごとを無碍にしないよな?」
「え?ザックさんが頼まれたんですよね?僕関係ないじゃないですか?」
「高速移動はサザナミが考えた方法だろ、俺はあまり上手だとは思わないし子供二人を連れて行くには無理がある」
「僕と歳も変わらない子を僕が運ぶほうが無理があります」
「お前男だろ、男なら少しは無理をしろよ!」
「その言葉をそのままザックさんにお返ししますよ」
二人のやり取りを見つめるサーヤとアルは状況が理解できないけれど、会話が可笑しくて笑みをこぼしていた。
「サザナミ手伝ってやれ、用意がいいなら私は先に行くぞ」
「隊長の命令なら従います」
「ならいい。各自高速移動に移れ!!」
隊長が命令を出すと、二十人程いたローブ姿の集団がゆっくりと駆け出す。ただ走っているように見えたのに、いきなり姿が闇へと消える。
「え?消えた?」
サーヤは目の前で人が消えたことに驚いていた。驚いている子供達に、後ろからザックが話しかける。
「ハハハッ、消えたわけじゃないぜ、移動する歩幅が大きくなったのと移動速度が魔法陣のアシストを受けて上がったせいで消えたように見えるんだよ」
「????」
「説明しても分からないだろうから俺達も移動するぞ。仲間に置いてかれるのは寂しいからな」
ザックはアルを肩車で担ぎ上げる。
「じゃ、サザナミよサーヤは任せた」
言い終わると、反論を聞きたくないとばかりに走り出す。
「あ、ザックさん待って・・・・」
サザナミの声が闇に溶けていく。残されたのはサーヤとサザナミのみ・・・
「はぁ、仕方ないですね。サーヤさん移動中はあまり動かないで下さい。重心がぶれると危ないので、お願いしますね」
「あ、はい!動かないようにします」
了解を得ることが出来たところでサザナミがサーヤを抱き起こす、お姫様抱っこと言う状態にする。
「それから僕の首に両腕をまわして下さい、さほど振動は少ないと思いますが落ちないように気を付けて移動するので安心してください」
「は、はい!お願いします」
サーヤの了解を得たのでサザナミも走り出す。サーヤは前方を直視するしか視線を向ける場所がなかった。
多分、抱っこされたことも久々だし男の子に抱っこされるなんて初めてのことである。顔が赤く染まっているかも知れないと考えると尚更顔が熱くなりそうであった。
そんな事を考えていると突然速度が上がる、浮遊感が絶え間なく体に伝わってくる。空が明るくなり始めているので段々と視界の先が見えてくる。
一歩地面を蹴ると二十メートル以上移動している、次の一歩まで時間があるために浮遊感が体に伝わってくるのだ。まるで雲の上を散歩しているような感じだとサーヤは思った。
前方に先に走って行ったザックさんの姿が見えてくる、私を運んでくれているサザナミと言う少年の方が速度が上なのだろう。
前方を見ている時にサーヤはザックの足元で何かが光っているように見えた、距離が縮まるにつれはっきりと見てとれた。足裏で魔方陣と思われるものがが光っている、片足が地面に付くと同時に魔方陣が発動しているようだ。
「サザナミさん、ザックさんの足元で光ってるのが魔法陣ですか?」
「ええ、そうですね。即時発動法って方法で風魔法を着地と同時に発動してるんです。軍馬で移動するより行動が早くなるんです」
「私は魔法陣ってよく知らないんですが、あんなにも簡単に使うことができるんですか?」
「うーん・・・・、人間は全員って言っても過言ではないほど魔力を持っているんです。ですので、サーヤさんでも訓練次第では使用できるようになりますよ」
「え?私でも出来るようになるんですか?」
「出来るようになりますよ。まぁ、訓練次第ですけどね」
「それなら、私も魔導師になれるってことですか?」
「極論を言えば、なれます」
自分も魔導師になれるとサザナミに言われた事で、今まで考えてなかった復讐心が心の中で湧き上がっていることにサーヤは気づいてしまった。自分の両親を罪無く殺したルーランド帝国の兵士に復習することが出来るかもしれない、自分の手で敵討ちが出来るなら魔導師になりたいと本気で思っていた。
「魔導師になるにはどうすればいいのですか?」
サーヤの問いかけにサザナミも少なからずサーヤの気持ちが理解できた。
「魔導師になって何をするつもりですか?」
「わ、私の両親の敵討ちをします。私が育った村の、死んでしまった皆の無念を私が晴らします」
サザナミの首に回してる両手に力が篭ってるのを感じる、両親を殺されてるのだから気持ちはわからなくはない。
「復習したい気持ちは理解できます。ですが、これは戦争なのです。戦争は私達兵士に任せるほうがいいですよ」
「サザナミさんって歳は幾つですか?」
「私ですか?十二歳ですでど」
「私は十三です。私より年下の彼方が兵士になれるなら、私でもなれますよね?」
「いやいや、年齢の話ではないのです。私は特別に騎士団の所属が許されているんです」
「では、どうすれば良いのですか?私は魔導師になりたいのです」
サーヤの表情は真剣そのもので、今何を言っても聞き入れないような意思が表情に表れていた。
「サザナミ、お前が教えればいいんじゃないか?俺らだってサザナミから教えて貰ってるしな」
ザックにいつの間にか追いついていた事に気づかず、サーヤとの会話の内容が全てザックに届いていた。
「ザックさん!!無責任な事言わないで下さい!!」
ザックの一言にサザナミが怒って言い返すが、ザックは知らん振りである。
「なぁ、サザナミよ。兵士に成るも成らないも自己責任だろ。人生は一度きりだ、後悔するならやってから、なってから後悔するほうが良いと俺は思うが間違ってるか?」
顔は笑ってるようだが目が笑って無かった。普段からあまり真面目な男ではないけれど、今この時は兵士として先輩としての威厳が出ていた。
「ザックさんの言う通りだと私も思います。出来ることをしないで後悔はしたくないです」
援護射撃をもらったサーヤがここぞとばかりにサザナミの説得にかかる。
「そう言っても、隊長が許可しなければサーヤさんに教えることも出来ないですし。そもそも、魔導師になるなら私に師事することも必要ないと思います」
「まぁ、そうだな。だが、今は戦時中だ。王都の魔導師学校に行っても碌な魔法講師は居ない、でも不思議な事に此処には優秀な先生が居る」
ザックがサザナミを直視している、釣られてサーヤもサザナミを見つめている。二対一でサザナミが不利な状況が出来上がっていた。
「私は優秀ではないと思いますが」
「じゃ、あれか俺らは駄目駄目の魔導師に命を預けてるってことか?俺はそうは思ってないからな」
ザックの肩に乗ってるアルは会話に参加できる状況ではないと判断したのか、うつらうつらとしながらも一生懸命にしがみ付いている。ザックの真面目な会話とアルの状況が少し可笑しく見えるが、今の状況では何の助けにもなっていなかった。
「ザックさんの言わんとしてることは分かります。ですが、隊長の許可がなければ安易に返事はできません」
「嬢ちゃん、野営地に着いたら隊長にお願いしてみな。案外すんなり許可が出るかもしれないぞ」
「分かりました、一生懸命お願いしてみます。許可が出ればサザナミさんも文句ありませんよね?」
「隊長が許可を出したら、僕は異論を言いませんよ」
隊長のことだから、そんなに簡単に許可など出さないだろうと思いつつサザナミは見えてきた野営地に向けて一段とスピードを上げた。
「よし、許可を出そう。存分にサザナミから魔導師のことを勉強するといいぞ」
「ありがとうございます。皆さん、これからよろしくお願いします」
すんなり許可が下りてしまった事にサザナミは頭を抱えたくなった。
「隊長いいのですか?兵士でもない者を同行させても」
「いいだろ?サザナミも居るし。なんたって我が騎士団は魔導師の精鋭が揃っているしな」
「ですが!!」
「あれ~、だれだっけか?隊長が許可を出したら異論は言わないって豪語してたのは?」
「誰でしょうね?私も聞きましたよ」
ここぞとばかりにザックとサーヤが畳み掛ける。未だにザックの肩に乗ってるアルも頷いている。
「お姉ちゃんが魔導師になるなら私も魔導師になる」
野営地で再開したシーアが姉のスカートの裾を摘みながら便乗している、さすがに関係がないので此方は無理だろうとサザナミは思ったが
「よし、今回保護した子供達で魔導師になりたい者は全てサザナミが面倒を見るように」
「え?た、隊長!!待ってください!幾らなんでも無理です」
「ん?おかしいな?我が騎士団は精鋭しか居ないとさっき言ったはずだが、駄目駄目な魔導師が居るのかな?」
この状況を楽しんでいるようにも思える隊長の一言にサザナミの立場は無くなっていく。
「分かりました。分かりましたよ、僕がちゃんと教えますよ!!」
「それでこそ我が騎士団員だな」
「クッハッハッハッハ!!サザナミも男らしい所がちゃんとあって俺としても嬉しい限りだ」
ザックが豪快に笑う姿をアルが肩車された状態で真似をしている。まるで親子のようでもある。
「教えるからには弱音は入りません、ここで捨てて下さい。成ると言ったのですから途中で挫折はしないで下さい。それが出来るなら今日から私が師匠です」
「「よろしくお願いします、師匠!」」
朝焼けに照らされた大地で一夜の出会いが今後の運命を変えた瞬間でもある・・・・・・・・。