第10話
夕日も地平線に沈み、先ほどまで赤く色づいていた空は昼間の様相とは違い幾多の星が瞬いている。そして、月明かりに照らし出された大地は光源が無かろうとも不安になるような暗さではく、昔を懐かしむ人にはこの位の暗さが温かみを与えてくれる暗さと静寂さが一面に広がっていた。
暗がりの中で相対し座る人物が二人、月明かりに照らされ暗がりに浮かぶは綺麗な女性であった。煙草の紫煙が空へと昇り空気と交じり合い消え行くのを見つめながら、過去に思いを馳せている一人の女性。聞き手になっているほうの女性は、ただただ話出すのを待つばかりである。
どれほど時間が経ったであろうか、煙草の長さから考えればさほど時間は立っていないが長い時間静寂が支配していたようにも感じられる。一口煙草を吸い込み静かに話し出す。
「私は運が良かったと今でも思うんだ・・・・・・・・・」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先ほどまでの静寂など無かったかのように辺りでは喧騒に包まれている。そんな暗がりの草原の中を数名の走る姿が僅かに確認できる。走り抜ける者達の後方の空は赤く染まっている、走る者たちは赤く染まった空に照らされ姿を確認することが出来た。
照らし出されたのは皆子であった、六名の小さな子供達は何かから逃れるように一心不乱に走っていた。
裸足のままで着ている衣服には土埃などがついている。逃げる子供の姿を見たなら事態がいいことではないことなど想像しなくても分かるであろう。
「はぁっ、はぁっ
みんな居る?もっと逃げないと追いつかれるからがんばって!!」
先頭を走っている女の子がふり返りながら付いてきてるか確認している
「サーヤおねえちゃん!!アルちゃんが居ない!!」
振り向き六名居るかを確認していると一人の女の子が声を上げる。
「さっきまで居たのにっ!!いい?みんなはこのまま走って!私が探しに行くから!」
「サーヤおねちゃん、私も付いていく!」
「シーアはみんなと一緒に逃げなさい!おねえちゃんは大丈夫だから!!」
付いていくと言った女の子に激しく言い返して先に行くように促す。
「アルは私が必ず連れてくるから!シーアはみんなの面倒をみて!」
言い終わる前にサーヤは来た道を引き返す。どれ位前に逸れたのだろうか、みんな私より幼いからすぐに見つけれるはず。自分に言い聞かせるように赤く染まる空の方へ走っていく。
「おいおい!やっと見つけたと思ったら一人じゃなねーか。おい、ガキ!他のはどこ行った?」
無精ひげを生やした男が小さな男の子の胸倉をつかみ上げて笑みを浮かべながら聞いている。
「そんなガキはとっとと殺して次のを探そうぜ」
両手剣を肩に担いだ男がめんどくさそうにいい放つ、後ろに居た男達もうなずいている。
「なぁ?今すぐお父さんとお母さんに会いたいか?会いたいなら他のガキの場所を教えな、そしたら直ぐに親に会わせてやるからよ」
「むげぇなぁ、会えるって言ってもあの世なのになぁ~」
「ククッ!アッハッハッハ~、会えるだけマシだと俺は思うがな」
周りに居る男どもが下衆な笑いをしている
「んで、ガキよ?答える気になったか?んん?」
持ち上げてる子供の胸倉に力がこもる・・・
「ウウッ、ウグッ、ヒック・・・」
「おいおいおい、泣くなよ。面倒だな・・・・殺すか・・・・」
持ち上げられた男の子はあまりの恐怖と痛みに涙を流しだす。無精ひげの男からするとガキの泣き顔など見たくも無いのだろう。先ほどの笑みなど消え表情が冷徹に成っていく。
「最後にもう一度聞くが、他のガキはどこだ?」
「ヒッグ!ぼ、僕はし、知りません・・逸れたのでどっちに行ったかも分からないんです・・・」
そうか、と一言だけ声に出して男の子を放り出し無精ひげの男が腰にある片手剣に手を伸ばす。
「十秒だけ時間をやる!好きにしろ。逃げるもよし、抵抗してもいいぜ!ただしな十秒経ったら俺はお前を一刀する。さぁ好きにしな?十~、九~・・・・」
放り投げられた勢いで顔などに切り傷が出来ているが、それどころではない。逃げないと・・・
男達から遠のく為に一生懸命に走る、たかが十秒だが今は兎に角逃げることしか考えれなかった。
「七~、六~」
「面倒だから、ささっとやろうぜ?十秒もいらんだろ?」
「五~、四~、折角逃げれるかもって思ってるところを殺すのは楽しいものだぜ!」
「そんなもんかね・・・」
両手剣に力を込めつつ、逃げる獲物を目で追う。ぐだぐだ言いつつも戦闘態勢になっている。
後ろで数が段々と減っている声が未だに耳に聞こえてくる、逃げたいのに逃げれない現実が一刻一刻と迫る。懸命に足を動かしているはずなのに、自分の足が動いてるのかも地面に立っているのかも分からなくなっていた。走っても逃げれないなら、いっその事諦めようかと思ったとき・・・
「アル!!」
目の前の暗がりから聞きなれた声が耳に届く、村の中でも色々面倒を見てくれたサーヤお姉ちゃんの声である。助かる保証なんて無いのに自分の置かれてる状態が頭から抜け落ちる、声を聞いたことで安心してしまいその場で座り込んでしまう。
「あ、あ、おねえちゃん・・・」
「無事だったのね、良かった・・・」
駆け寄り強く抱きしめる、アルの体は緊張から開放されたせいか震えていた。奥を見渡せば大柄な男共が武器を構えて立っているのが視界に入ってくる。
「おぉ、ガキが増えた。餌なんて撒いた覚えなんて無いがネズミが掛かるとうれしいな、クククッ」
片手剣を抜刀した男がうれしそうに笑顔になっていく、先ほどの冷徹な表情など無かったようである。
「お願いします!この子だけでも助けてください!!わ、私が身代わりになりますので、お願いします!!」
「お、おねえちゃん・・・・・」
抱きしめられてるアルの横でサーヤの声が響く、自分を助けようと必死になっている声が耳元で響く。
「あ?何を言ってんだガキ?両方とも殺すに決まってんだろうが!お前らの懇願を聞く必要など無いからな。諦めて死にな」
「もう十秒経ったぜ、もういいよな?」
両手剣の男が横槍を入れる。男を見れば、いつでも剣を振り下ろせる状態になっていた。
「そうだな、一匹はお前が始末していいぞ。とっとと殺して他のガキも始末しないと本隊に帰れなくなるな。遅くなると隊長が怒るしな」
無精ひげを一撫でし、溜め息を吐き出して片手剣を上段に構える。
「まぁ、これも戦争のせいだ」
言葉を言い終わると同時に両手剣の男が二十メートル程の距離を一瞬で詰める。子供の頭上には鉄の塊が死の宣告だと言わんばかりに迫ってきていた。
((あぁ、あっけない死に方だったな・・・シーアごめんね。お姉ちゃんここで終わりみたい・・・・))
ドゴォーーーン!
子供達の頭上で轟音が鳴り響く。いきなりの轟音にびっくりしてしまい暫し放心してしまう。どれ程時間が経ったか何が起きたか理解できないでいた。
「ぐっ!!がはっ・・」
今、私達を殺そうとしていた両手剣の男の声が遠くで聞こえる、サーヤは恐る恐る声のした方を見ると三十メートルほど後方まで吹き飛ばされたみたいだ、衝撃が強かったのか男は立ち上がることも出来ないで居るようである。よく見ると両手剣の刀身部分が粉砕しており原型がなくなっていた。
「どうにか、間に合ったようですね」
現状を飲み込むことが出来ずにいる者達とは裏腹に、今この状況を作りだしたと思われるローブ姿の男達が暗闇から姿を現す。男達が着ているのが黒色のローブの為か、何人居るかを視認することが出来ない。燃えている村の明かりで照らされても見えるのは五人程である。
「サーヤとアルと言うのは君達で間違いないかい?」
先頭を歩くローブ姿の怪しげな人がフードを脱ぎながら近づいてくる。フードの下から現れたのはとても綺麗な栗色の髪を後ろで束ね、この場所に相応しくないと思わせる位に顔立ちが整った女性が居た。
「・・・・・・」
「ん、大丈夫かい?」
「あ、はい!私がサーヤで、この子がアルです!」
何が起きているかを頭で考えることが出来なかった。この女の人は誰なのだろうか?今生きているのは何故なのか?疑問が頭を支配している。
「ザック!!二人を安全な場所に。サザナミ!後は任せていいか?」
二つの影が暗闇から現れる、現れた影の片方はとても小さかった。身長はおおよそ百四十センチ程しかなかった。
大きいほうが子供達に近づいていく、ザックと言われた方であろう。フードから微かに見える表情は子供に微笑んでいて、威圧感などは無かった。
小さい方のローブ姿の男の表情はフードから微かに見えるが、一切の表情が見て取れないほど冷え切っているようにも見える。それ以上に若いということが声で判った。
「隊長、殲滅しても問題ありませんよね?もしくは何人か残しますか?」
「うーん、一人だけ残して後は殲滅でいいよ」
仲間を吹き飛ばされて、混乱していたルーランド帝国の兵士達も冷静になりつつあった。無精ひげの男が首から下げていた笛を鳴らす。
「どこの誰だが知らんが、俺達はなルーランド帝国軍なんだぜ!仲間が攻撃されたんだ、後で命乞いしても助けてやらねーからな!!」
笛の音を聞きつけて、ぞろぞろと兵士が集まってくる、見渡す限りでも百人は居るであろう。各々が血に飢えたような表情をしており、常軌を遺脱した顔をしている。
「野郎共!!俺らの恐ろしさをおしえてやr・・・・」
男が言い終わる前に事が起きて、そして終わっていた。無数の風切り音がしたと思ったら事後である、言葉に表すなら電光石火とでも言えばいいのであろうか・・・。
リーダー格らしき男が言い終える前に、周りに居た兵士全ての頭が吹き飛んでいた。最初に吹き飛ばされた兵士も後から現れた兵士も関係無く、敵と認定された者はこの場に置いて一人しか残っていない。
一瞬の出来事で理解できてない男が、慌ててサザナミと言われた男を注視する。目の前のローブ姿の男の前には手のひらサイズの魔方陣が何十と浮かび上がっていた。
「な、なんじゃそりゃ?お前、何者なんだ・・・ま、魔導師なのか?」
「死にたく無ければ、お前達の隊長に後退するようにでも伝えるんだな」
サザナミが答えるよりも先に栗色の髪の女がルーランド兵士に声を掛ける。表情は笑っているように見えるが目は汚物を見るように色を失っている。
「再度言うが、死にたく無ければお前の隊長に後退するように進言しな!だからお前だけは逃がしてやるよ」
女の言ってることをやっと理解したのであろう。無精ひげの男は先ほどまでの威勢などなく、一心不乱に逃げていく。
「とりあえず、二人ほど後追いを頼む!無理はするなよ」
逃げた男が見えなくなった辺りで、指示をだす。誰とも言わずにローブ姿の者達の中で二人が闇に消えていく。
「それでは、今日はもう野営地に戻るぞ」
女の一声で撤退に移ろうとしたとき
「すみません!私の妹達がまだこの辺りで逃げているはずです。お願いします、助けていただけませんか?」
先ほど保護した少女がザックに一生懸命に懇願している。ザックはサーヤと視線を合わせるために屈みこ込む。
「嬢ちゃん、大丈夫だ。なぜ、俺達が君達の名前を知ってると思う?」
「え?あ、はい?」
「小さい子供達がね、見張りをしていた私に助けて下さいってお願いしてきたんだ。足から血を流している子だって居たけど、一人も泣かずに殺されるかも知れないお姉ちゃんを助けてってね。良い妹さんを持ったねサーヤちゃん、シーアちゃんには後で感謝しておきなよ」
サーヤの頭をザックは優しく撫でて、立ち上げる。
「それにしても、サザナミの魔方陣はいつ見ても凄いな」
ザックが照れ隠しのように振り返りながら、サザナミに話しかける。
「そこまで凄いことはしてないですし、練習すればザックさんでも出来るようになりますよ」
淡々とサザナミが答えながら、隊長の横に並んで歩いていく。燃えていた村の火もいつの間にか消え、先ほどまでの出来事が夢物語のように静かになっていた。この出来事が初めて師匠に出会った日の思い出である。