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亡国の騎士団  作者: 雲ノ上
~序~ 動乱不運を告げる
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梟の止まり木 (1)

 陽が沈みだし仕事を終えた人々で賑わう街

 今日の仕事の疲れを癒すために旧市街の酒場に向かう者、愛する家族が居る家を目指し家路を急ぐ者、皆それぞれが思い思いに行き交っている。道路脇に並ぶ魔力灯にも明かりが付き始めた街並みを夕日が照らし今日も一日を終えようとしている。


 第三の都市フリージアの普段の光景であり、王都であるザバと比べれば少しばかし雰囲気は落ち着いている様にも思えるがさして変わらない。

 フリージアは王都ザバの隣接領地であり王都までの街道が整備され王都に向かう物資が各地から集まるため近年商業の街として発展を続けている。中心部に古城がありその周りに現在は商会などの店舗が密集している、中心部から東側に歩を進めれば飲食店が軒を連ねる旧市街が広がる、旧市街を横目に北側を目指せば住民の生活基盤がある生活区が広がり西側と南側は旧兵舎や倉庫群を改修して各商会の倉庫や下請けの工場が密集している商業区となっている。

 かつて城砦都市として発展してきた名残が街並みに少なからず見受けられるが、区画や道路も綺麗に再整備されて馬車がすれ違うことも容易になるように道幅も採られ建物もかつての無粋な石造りから量産ができるレンガ造りの建物が建ち並ぶようになった。

 そんな北側の一角の三階建てのアパートの前で大人の女性というには少しばかし幼さが残る少女がドアノッカーを鳴らしていた。


 ドンドンドン……


 三回鳴らしてしばし待つ、20秒ほど待っても中からの返事がない。上にある窓を見上げると室内の明かりが漏れているので在宅であると思うが反応がない。

 再度ドアノッカーを鳴らすが一向に反応がないので、埒が明かないと少女はとりあえずドアノブをまわしてみるとドアに鍵が掛かっていない。この三階建ての建物をまるまる所有してる住人のいつものことである。


 いつも思いますがドアに鍵を掛けてないのは無用心ですよ、マスター。ところで反応が無いのは、もしかしてマスターは寝てるのでしょうか?今日はお店に出勤する日なので準備をしておいてくださいって前もって申し上げておいたのに……。

 エミリーは「はぁっ」と自然と溜め息を付いてしまう。


「マスター起きてますか?」


 玄関先で出来るだけ室内に響く声を出してみるがやはり反応が返ってこない。一階はエントランスホールの奥に二室の客間しかなく居住空間は二階からとなっているので声が届いていないかもしれない。もし寝室にいるなら寝室は三階なので聞こえないかもしれない。どうしようか悩んでみたが寝ているなら起こさなければいけない。

 腕時計に目を向けると、もうすぐ店の開店時間も迫ってきている。ここで時間を取られるわけにはいかない。そもそもマスターが時間通りに動いた例がない事を思い出し少女は室内に入っていく、ここで開店時間に遅れればチーフに怒られるはマスターではなくて私なんですよ、と思いつつ寝室がある三階を目指し緩やかな螺旋を描く階段を上る、三階は寝室以外に書斎と執務室を合わせた三室しかない。

 階段を上りきると右手側に一室、左側に二室の扉が見える。目的地の右側の扉の前に立ち、扉をゆっくりノックするがやはり反応がないので、失礼しますと一声かけてから室内に入ろうとした時。奥の部屋から微かに音楽が聞こえる、ゆったりとした音楽を聴きながら少女は書斎の方へと向かう。書斎の前に辿り着き先ほどと同じようにゆっくりノックをすると室内から反応が返ってくる。


「はい、空いてるのでどうぞ」 


 音楽に合わせるような静かな声が返ってくる、マスターであるレンの声である。少女は失礼のないように注意しつつ扉を開く。


「失礼します、エミリーです」 


 扉を開き静かに室内に入る。

 室内は十畳ほどの広さがある、まず目に入るのは奥に綺麗に並ぶ本棚である。沢山の書物が並んでいて本来であれば無骨な本棚は威圧感を生み出しそうだが、この室内において本棚は室内を圧迫する感じがしないばかりか調和が取れているとさえ言える。室内の中ほどに二人がけのソファーが一組、窓際の蓄音機からは音楽が鳴っている。書斎としては落ち着ける場所をコンセプトにしていることが伺える。

 エミリーは目の前の二人がけのソファーに座るマスターの後姿を見つつ、ソファーの横にあるサイドテーブルには六冊ほど書籍が乗っていることを確認する。


「マスター、本日は出勤日です。そろそろお店に向かって頂かないと開店に間に合いません、すみませんが準備をお願いします」


「エミリー君……、私は今日読書で忙しいので出勤したくありません」


 マスターからとんでもない一言が飛び出す。


「え?待ってください!!

 先週の出勤日もお店に来てないので、今日マスターがサボったら今回私はチーフに説教以上のことをされてしまいます、お願いします!!

 あぁ、考えるだけでもめまいが……、マスター私はまだ死にたくありません!!」


 今までの落ち着いていた雰囲気が一変し、少し目元に涙を溜めながらエミリーが声を上げる。室内に流れる音楽がノクターンから同じ音楽なのにレクイエムを奏でているように聞こえる。

 エミリーが取り乱したのでレンはあわててしまう。読んでいた本から視線を外し


「あれ、先週私ってお店に出ませんでしたっけ?」 


 レンの一言にエミリーは自分の未来が見えた気がした。


「出ていません!!

 先週は準備をしたら行くのでって言って私を先に行かせて結局マスターはお店に来てません!!

 それなのに「あれ、先週私ってお店に出ませんでしたっけ?」ですか?どの口が言ってるんですか?

 あぁ、その口ですね、そうですよね、知ってました知ってましたとも……

 私が可哀想だと思わないのですか、マスターは人でなしですね!!」


 もう言いたい放題である、この状況はさすがによろしくないと思ったであろうか


「判りました、速やかに準備をしますので待っていてください」


 レンは立ち上がり、少し慌てながら寝室に向かう。部屋を出て行くマスターを尻目にエミリーは涙を拭くためにハンカチをスカートのポケットから出しつつ細く笑うのだった。


 チーフの言う通りでしたね、涙を見せればいちころだと。今度からはこの方法で問題は解決ですね。


 レンの準備が終わるのをエントランスホールへ先に下りて待つエミリーはチーフに怒られることが無いことを本当に喜びつつ来週からは楽勝だなと考えるのだった。

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