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僕たちの日常の、なんでもないこと 1

 翌日、狭山さんは予定通りの時間にやってきた。


 僕たちは若い女の子ウェイトレスに一番奥の窓際の席に通されて、向かい合わせに腰かけた。

 平日の午後のファミリーレストランは空いていた。四十代前半から後半くらいの女のひとたちが何組か散らばって席についているだけだった。


 窓の外には国道が走り、その国道を挟んだ向かい側には狭山さんが働いている本屋さんが見えた。その本屋さんの隣には信用金庫のビルがあり、その更にとなりは大きな駐車場のついたドラッグストアがある。田舎特有の特に飾り気のない、どちらかといえば地味な風景が窓の外には広がっていた。


 僕たちはとりあえずという感じでドリンクバーを注文し、そのあと僕はハンバーグとライスのセットを注文し、彼女はだいぶ迷ってからカツカレ−を注文した。


 注文を取ったウェイトレスの女の子が厨房に戻っていくと、僕たちはドリンクバーに飲み物を汲みにいくためにそれぞれ席を立った。


 僕はアイスコーヒーを汲んで席に戻り、彼女はアイスレモンティーをグラスに汲んで席に着いた。


 だけど、席についたのはいいものの、僕は咄嗟に何を話したらいいのかわからなかった。話題なんて探そうと思えばいくらでも見つかりそうな気がするのだけれど、変に緊張してしまって上手く言葉がでてこなかった。


 僕がそんなふうに話題選びに戸惑っていると、狭山さんの方が逆に、

「吉田くんはいつこっちに帰ってきたの?」

 と、僕に気を使って話しかけてきてくれた。

 僕は狭山さんの問いにアイスコーヒーをストローで軽く口に含んでから、

「つい最近。八月の二十日とかそれくらいかな。」

 と、答えた。


「そっか。ほんとについ最近だね。」

 と、狭山さんは何が可笑しかったのか軽く微笑して僕の言葉に頷くと、ふと思い出したようにストローでアイスティーを口に含んだ。


 それから狭山さんは頬杖をついて、窓の外に視線を向けると、何か考え事をするようにそのまま黙っていた。そして少し経ってから、

「だけどもう、夏、終っちゃうね。」

 と、狭山さんは窓の外に視線を向けたまま言った。そう言った狭山さんの声は、どこか寂しそうにも感じられた。


「そうだね。」

 と、僕は彼女の言葉に同意すると、彼女の視線の先を辿るように窓の外に目を向けた。さっきの彼女の言葉のせいか、窓の外の日の光に照らされた世界は、夏本来の輝きをいくらか失いはじめているようにも思えた。


「わたしね。」

 と、狭山さんは窓の外に視線を彷徨わせたままゆっくりとした口調で言った。

「一年の季節のなかで一番夏が好きなの。だから、その季節が終ってしまうのってなんだか寂しくて嫌なのよね。」

 と、彼女はそう言と、僕の顔に視線を戻して、口元でいいわけするように微笑んだ。


「そういう気持ちってなんとなくわかる気がするけど。」

 と、僕は狭山さんの科白に同意してから小さく微笑した。

「夏って暑くて嫌だなって思うこともあるけど、でも、子供の頃の夏休みのイメージのせいかな、すごく楽しいことが待っているような、お祭りのような、そんなイメージがあって、だから、その夏が終ってしまうと思うと、なんだかちょっと名残惜しいような気持ちになるかな。」

「うん。そう。そんな感じ。」

 と、狭山さんは僕の意見に同意して微笑すると、またアイスティーを少し口に含んだ。僕もつられるようにして少しアイスコーヒーを飲んだ。


 耳を澄ますと、店内のBGMに混ざって微かに蝉の鳴き声が聞こえた。それは残された最後の力を振り絞って鳴いているかのような、どこか夏の終わりを感じさせるものだった。


「そういえば吉田くんっていまどこに住んでるの?実家に帰ってきたっていうことは、宮崎には住んでないってことだよね?」

 と、狭山さんはふと思いついたように尋ねてきた。

「うん、今は東京に住んでるよ。」

と、僕は簡単に答えた。

「大学で東京に行ったんだけど、なんとなくそのまま。」

「そっか。」と、狭山さんは頷いてアイスティーを口に含むと、それから僕の顔を見て、

「東京では今何してるの?」

 と、訊いてきた。

「サラリーマン?」


 僕は彼女の問いに軽く首を振った。僕は東京でフリーターをしている。でも、僕は彼女の問いに正直に答えるのに多少の躊躇いを感じた。というのは、フリーターをしているということを話すと、大抵のひとが怪訝そうな顔つきをするからだ。だいたい決まって何故就職しないのとか、将来不安じゃないのかとかそういう話になるので、僕はなるべく自分がフリーターでいることを他人に話したくないという気持ちがあった。


 でも、結局、僕は狭山さんに嘘をつくのが嫌だったので、正直に事実を話した。大学を卒業するときに就職しようかどうしようか悩んだのだけれど、結局就職しなかったこと。就職しなかったのは他にやりたいことがあったからなのだということ。


「そっか。じゃあ、吉田くんは夢を追いかけてるんだ。」

 と、狭山さんは僕の顔を感心したように見つめて言った。

「いや、夢を追いかけてるとか、そんなカッコイイものじゃないよ。」

 と、僕は苦笑して慌てて否定した。僕は自分の顔が赤らむのを感じた。

「それに、そのやりたいことじゃ、まだ全然結果出せてないしね。」

 と、僕は少し眼差しを伏せるようにして続けて言った。


「・・そっか。」

 と、狭山さんは僕の科白にどう声をかけていいのかわからない様子で曖昧に頷くと、何秒間か間隔をあけてから、

「でも、まだ、そのやりたいことっていうのは、続けてるんでしょ?」

 と、励ますように続けて言った。

「・・うん、まあ、一応ね。」

 と、僕は歯切れ悪い答えを返した。

「じゃあ、いいんじゃない?まだまだこれからだよ。きっとなんとかなるって。頑張って。継続は力なりだよ。」

 狭山さんは優しい笑顔で言った。

「そうだね。ありがとう。」

 僕は狭山さんの科白に少しぎこちなく微笑して答えた。


 そして、僕がそう答え終わった頃に、僕と狭山さんが注文した料理がテーブルに運ばれてきた。


 僕たちは一旦会話を中断すると、おのおのに料理を口に運んだ。口にした料理はいかにもファミリーレストラン的な味がした。可もなく不可もなくといった感じ。


「ところで、吉田くんのそのやりたいことってなんなの?」

 しばらくしてから、狭山さんはふと思い出したように尋ねてきた。

「いや、小説を書いてるんだよ。」

 と、僕はちょっと恥ずかしかったけれど、正直に言った。

「へー。すごいね。」

 と、狭山さんは意外な言葉を耳にしたように表情を輝かせて僕の顔を見つめた。

「いや、べつにすごくないよ。さっきも言ったけど、まだ全然結果とか出せたわけじゃないし。」

 僕は苦笑して答えた。何だか狭山さんに誤解を与えたてしまったようで申し訳ない気持ちになった。


「でも、わたし、小説を書いているっていうひとにはじめてあったかも。」

 狭山さんは楽しそうに微笑んで言った。そしてグラスに残っていたアイスティーを一息に飲み干してしまうと、

「わたしも結構本読むの好きだよ。」

 と、狭山さんは明るい笑顔で続けて言った。


「どんなの読んでるの?」

 と、僕はなんとなく尋ねてみた。

 すると、狭山さんは視線をやや斜め上にあげて思案するような表情を浮かべた。そして、少し経ってから、

「わりと何でも読む方だと思うけど、最近は石田衣良とか好きかな。あとは江国香織とか。」

 と、考えながら話すようにゆっくりとした口調で答えた。


「石田衣良はそんなに読んだことないけど、東京ゲートウエストパークとか書いてるひとだよね?」

 と、僕は訊いてみた。すると、彼女は、

「そう。そう。」

 と、微笑して頷いて、

「あれは面白かったかなぁ。」

 と、何か物語の余韻に浸るようにどこかうっとりとした表情を浮かべた。

「あと、あのひと、他にも恋愛の話とかも書いてるんだけど、それも良かったよ。」

 と、狭山さんはオススメしてくれた。

僕は微笑してまた今度読んでみるよと答えた。


「逆に吉田くんはどんなのが好きなの?小説家とか目指すくらいだから何か難しそうなの読んでそうだよね。」

「いや、そんなこともないよ。」

 と、僕は狭山さんの言葉に苦笑して答えた。

「僕もわりと普通なの読んでるよ。村上春樹とか吉本ばななとか。たまに夏目漱石とかの古い小説を読んだりすることもあるけど、基本的には古いものよりも最近のやつの方が好きかな。」

 それから僕たちはお互いがこれまで読んできた本のことや好きな作家について話した。




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