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再び狭山さんと

それからの日々を、僕は家族で映画を見に行ったり、妹と川に泳ぎにいったり、あるいは一日中家に居て何もせずに過ごしたりした。


 ほんとうを言えば、せっかく地元に帰ってきたのだから、久しぶりに誰か地元の友達に会いたかったのだけれど、もうお盆を過ぎてしまっているせいで(アルバイト先の関係で僕はどうしてもお盆の間は休みを取ることができなかった)その友人のほとんどが福岡や大阪といった仕事の先のある地方に戻ってしまっていて会うことができなかった。


 そしてそんなふうになんとなく日々は流れて、僕が東京に戻るつもりでいる予定日も明日になった。また東京でアルバイト生活がはじまるんだと思うと少し憂鬱な気分になったけれど、かといって、このままずっと地元に残っていても仕方がなかった。   


 それから、僕がふと思い出したのは狭山さんのことだった。あれから狭山さんとは全く連絡を取っていなかった。僕がこのまま東京に戻ったところで狭山さんは特に何も思わないだろうとは思ったけれど、それでも一応挨拶くらいはしておいた方がいいかなと思った。それで僕は狭山さんがアルバイトをしている本屋さんを訪ねてみることにした。


 僕が狭山さんの働いている本屋さんを訪れると、彼女はレジで接客をやっていた。でも、平日なのでお客さんも少なく、彼女はわりと暇そうにしていた。彼女は僕が店に入っていくとすぐに気がついて笑顔を浮かべた。僕も軽く手をあげて挨拶をした。


 僕は文庫本のコーナーを一通り見てまわってから面白そうな本を一冊見つけると、それを持って彼女のいるレジに向かった。

そして僕が文庫本を狭山さんに差し出すと、彼女はそれを受け取って、

「吉田くん、ひさしぶりだね。」

 と、にこやかに微笑んで言った。

「そうだね。」

 と、僕も微笑んで言った。


 文庫本の値段は四百気九十円だったので僕は財布から五百円玉を取り出して、それを彼女に渡した。彼女はありがとうございますと言って、僕におつりの十円玉を渡してくれた。彼女がレシートはいるかと訊いて、僕はいらないと答えた。


「明日、東京に戻るよ。」

 と、僕は狭山さんが袋に入れてくれた本を受け取りながら言った。

「そっか。」

 と、狭山さんは頷くと、軽く眼差しを伏せるようにして、

「寂しくなるね。」

 と、言った。

「そうだね。」

 と、僕は言った。


 それから、彼女は僕の顔を見るとちょっと躊躇うように間をあけて、

「ねえ、吉田くんって今日ちょっと時間ある?」

 と、唐突に訊いてきた。

「あるけど、どうして?」

 と、僕が少し不思議に思って尋ねると、

「実はわたし、吉田くんのことお姉ちゃんに話しちゃったの。」

 と、狭山さんはまるで悪戯がばれて、それを告白するときのようなはにかんだ微笑を口元にうかべながら話した。

「わたしの友達に小説書いてるひとがいるって。そしたらお姉ちゃんが一度吉田くんに会ってみたいって言い出して。だから、もし今日時間があったらお姉ちゃんに会ってくれない?わたしももう少しでバイトあがりだし。」


 僕は狭山さんの突然の申し出に上手く返事を打つことができなかった。

 すると、狭山さんは、

「もちろん、べつに吉田くんに何か予定があるんだったら無理にはいいんだけど。」

 と、狭山さんは慌てて付け加えるように言った。


 僕はそういう意味じゃないというように軽く首を振ると、

「いや、僕はどうせ今日一日暇だから狭山さんのお姉さんに会うのは全然構わないんだけど、でも、大丈夫なのかなって思って。」

 と、弁解するように言った。

「小説書いてるっていっても、べつに何か面白い話ができるわけじゃないし。」


「そんなに難しく考えてなくて大丈夫だよ。」

 と、狭山さんは僕の科白に笑って答えた。

「ただ会ってくれるだけでいいから。お姉ちゃん、ずっと病院で退屈しちゃってて誰かと話してみたいだけなの。」


「そっか。」

 と、僕は頷くと、僕で良かったらべつに全然構わないけどと微笑んで答えた。

 すると、狭山さんはじゃあ決まりねと笑顔で言って、一時間後に店の前で待ち合わせをすることで話は纏まった。




 約束通り僕が一時間後に狭山さんの働いている本屋さんに行くと、狭山は僕の姿にすぐに気がついた様子で、「吉田くん」と、笑顔で声をかけてくれた。

 狭山さんは本屋さんの自動販売機が置いてある前付近に立っていた。それで僕が狭山さんの側まで歩いていくと、狭山さんは、

「なんか無理つき合わせちゃってごめんね。」

 と、短く謝った。

 僕は微笑してそんなことないよと答えた。


 狭山さんが説明してくれたところによると、狭山さんのお姉さんが入院している病院はここから車で一時間程いったところにある、隣の街にあるということだった。狭山さんはアルバイト先まで車できていて、僕たちはその狭山さん運転してきた車に乗って隣り街の総合病院まで向かうことになった。


 行きの車のなかで僕が狭山さんのお姉さんの病状について恐る恐る尋ねてみると、狭山さんはちょっと考え込むような顔つきをして僕の質問に答えてくれた。


 狭山さんの話では、今狭山さんのお姉さんは二回目の抗がん剤の治療が終わったところで、比較的に病状も安定しているということだった。抗がん剤の投与が終わったばかりの頃は薬の副作用による、吐き気や、痛みが酷かったらしく、側で見ていてちょっと痛々しいくらいだった、と、狭山さんは語った。


 でも、そんなに辛い状況にあるにもかかわらず狭山さんのお姉さんは泣き言ひとついわないらしく、お姉ちゃんはほんとにすごいと思うと狭山さんは話した。でも、そう話した彼女の顔はどこなく哀しそうにも映った。


 そのあと、車内にはどことなく深刻な雰囲気が漂って、僕も狭山さんもどちらかというと黙りがちだった。沈黙の間にぽつんぽつんと言葉を置いていく感じだった。


 車は隣街へと続く海岸線の道を走っていて、窓の外には海が見えていた。でも、今日はどんよりと曇っていて、その窓の外に見える海は物憂げに翳って見えた。


 そのうちに狭山さんの運転する車は隣街の総合病院にたどり着いた。



 

 狭山さんのお姉さんの病室は十畳程の広さを持った四人部屋で、狭山さんのお姉さんのベッドはその病室の一番奥の窓際にあった。夏なので窓は締め切られていたけれど、その窓からはずっと遠くの向こうに海を見ることができた。


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