3rd&4th 蛇は老成し、谷の底で手がかりを得る
棟梁を引き連れて、木の上で休む猫の人のもとへ歩く。
猫の人は器用に目頭の上に本を載せて、バランス良く木の上で舟を漕いでいる。
原理は分からないが、どうやら自分の身体は人語を発することの出来るようになっているので、彼と話してみよう。
「すぃません」
木の上の猫の人は本を顔の上からよけて起き上がる。
「おや、言葉をしゃべる猫とははじめて見たね。こんにちわ」
「こんにちわ」
どうやらこの猫の人とも言葉は通じるようで安心した。
だが今まで生きてきた中でこんな人は見たことがなかった。興味は尽きない。
「ここはどこですか?おなまえはなんというますか?」
言葉を発することが出来るようにはなったが、まだ流暢に話すことは出来なさそうだ。
「ここはキリルカ村。僕はケットシーのアーデルハイト・ミラー。宜しくね猫さん。」
「なぁ、ここは日本ではないよな?」
後ろにいた棟梁が口を挟んできた。
「日本?聞いたことない地名だね。ちなみにこの国はメトディウス公国という。聞き覚えはあるかい」
「きっとちがうせかいからきたにゃ」
日本は世界的にも知名度の高い国のはずだ。日本を知らず、そしてこんな奇怪な風体の人は見たこともない。とするならば常識の異なる、違う世界だと結論付ける。
「異世界から?興味深いことを言うね猫さん。僕もそんな小説を書いたことがあるよ」
「どうやらそうらしい。非常に今私たちは困っている。助けてはくれまいか」
私は困ってなどいないのだが。むしろ子供の頃に見知らぬ土地を冒険したときのような、新鮮で胸が躍る気持ちだ。
「うん。中々面白い話が聞けそうだね。ここで昼寝しているよりもよっぽど有意義だ。いいよ、うちにおいで」
そう言って軽やかに木の上から跳んで地面に降り立つと、手招きしてアーデルハイトは先を歩く。
「ちょっと散らかっているけど、好きなとこに腰掛けて。今お茶を出すから」
アーデルハイトの家は大量に積み上げられた本と紙で置く足場がなく、本棚にもさまざまな種類の本が並べられている。棟梁はこの光景を見て苦い顔をして、椅子から本をどかして埃を掃ってから座っているが、対して今の私は非常に感動している。置いてある本に書いてある文字が読める。あっちに居た頃も、人の言葉は理解できていたが、文字までは読めなかった。どうもこちらに来てから私の身体にも色々と異常が起こっているようだ。
「さて、異世界の旅人たち、日本、という国から来たらしいが、何をしにこの世界に来たんだい」
にっこりと笑って、羽ペンを握ってこちらに問いかけるアーデルハイト。
「わたしたちは、にゃぜここにきたかはわかりません、ひかりがとばしました」
「光?うーん小父殿あなたが説明してくれないか」
私の要領を得ない言葉に、アーデルハイトは棟梁に話すよう促す。
「間違っちゃいない。確かに眩しい光を目にしてから記憶が無く、気が付いたらさっきの場所で寝ていた」
「ふむ、その光とやらが君たちを、異世界へと導いた、か。記憶には無いがそういう天恵を持った人がいるかも知れないね。どうもその光は恵みの光じゃないかと思うんだが」
「待て。色々と聞き覚えの無い単語がある」
アーデルハイトは天恵という異能、その異能を使用した際に現れることがある恵みの光という現象について説明した。だとすると私が、急に喋れるようになったのはこの天恵というもののせいか?
思案していると、アーデルハイトがこちらを見ていることに気付く。
「うん、君が元々喋るのが得意な猫ではないとするとそれは天恵によるものだろうね」
「ちなみに僕の天恵は、『頭で考えていることを自動書記する力』。弱い力だけれど物書きの僕には便利な力だね。使うと眠くなるのが玉に瑕だけれど」
とサラサラとすごい速さで羽ペンが動き、私たちから聞いた話を紙に書き写している。
「君たちが元の世界に帰りたいと願うなら、そういった天恵を持つ人を探すのが近道だろうね。珍しい天恵や強い天恵を持つ人物の情報を載せている天恵紳士録という本があるけれど読んでみるかい?まぁ分厚さが半端じゃないから一日で読みきるのは無理だろうけれど。」
ガタッと音がして棟梁が立ち上がると「頼む!!」と叫んでいた。
「何か見つかるまでウチに泊まっていってもらっても構わないよ。屋根裏で悪いけれど、大人一人と猫一匹なら寝れるだろう。その代わり宿代として君たちの世界のこともっと教えて欲しいな」
ドンっと机の上に厚さが掌の長さほどもある本が置かれた。棟梁は頬をヒクヒクとさせながらその本を眺めていたが、パンと一度両手で頬を張ると、天恵紳士録を読み込み始めた。
私の興味はここにある数え切れないほどの本にあった。であるのでアーデルハイトに話をしながらでいいので本をめくってくれないかと頼み込んだ。
それぐらいならお安い御用だと彼は快諾してくれた。