5th オイデュープスは、道を譲らない
地面に点々と赤い血が付着している。10数人の人間が顔に殴打跡を付け地に伏している。嗚咽を上げる人間たちを睥睨しながら一人立つ男がいる。赤い髪を逆立て、凶暴そうな顔を血で汚し、更に凶悪さが増している。
「雑魚共がいきがってんじゃねぇ。この赤い髪は地毛だ。今度馬鹿にしたらこんなもんじゃすまさねぇぞ」
母親譲りの赤い髪に誇りを持っている高城十馬は不用意にその赤髪をあざけった先輩にキレた。生来の血ゆえか振って沸いた感情を抑えることが出来ない。母親からもその短気を直すように諌められてはいるが、母親もまた過ぎたセクハラを強いる客に対してぶちギレている姿を何度も息子に見せているのでやはり血筋なのかもしれない。
存分に暴れて多少スッキリした十馬は帰路に着く。母親の経営するスナックで今日もボーイ兼もめごと担当としての労働が待っている。高校一年生としては少々小柄だがその体格からは考えられないような膂力を持っている彼は、スナックに小金をせびりに来るチンピラやその筋の人を何度も退けている。
ガランガランと準備中とかかれた店の入り口の扉を開けると赤い髪の色っぽい女性が声をかけてくる。
「遅いぞとーまぁー。店開ける準備するから手伝って・・・ってまた喧嘩ぁ?この悪ガキめぇ」
妙に間延びした声で話しかけてくる女性は彼の母親でありどう見ても20代前半の見た目をしているにも関わらず、30台の半ばに差し掛かっている。
「るっせーよ。元ヤンの母親の息子がぐれて不良になるのは世の常だろうが」
そうして母親に悪態をつくが、顔を洗い汚れた制服を脱ぎ捨てすぐにボーイ服に着替える。慣れた手つきで開店の準備をする彼の姿は従順なものだ。器用につまみの仕込をする彼の姿は非常に様になっている。
「やっぱり手つきが器用ねぇ・・・その繊細な指使いはやっぱりあの人の血かしらぁ」
タンッと一際大きな包丁がまな板をたたく音がした。こめかみに筋を立てて髪も逆立っているようにも見える。
「おいっ・・・ソイツの話はすんなって言ってんだろーが。いまいましい。」
病院の院長らしい十馬の父親は、十馬が3歳の頃に母親と共に捨てた。育ちの悪い女とその息子は大病院の院長の家族として世間体が悪いらしい。ありがたくも母親がスナックを開いてやっていけるだけの慰謝料も渡して。
親としての責任を放棄した父親に関しては憎悪しかないが、ここまで女手ひとつで育ててくれた彼女に対しては感謝もあり愛情もある。
このまま母親が亡くなるまでこのスナックを守っていこうという考えも最近では生まれてきた。
だが度々、十馬の姿に父親を重ねる母はいまだに父親を愛しているのだろうか。
そのことを考えると異常に胸がむかむかしてきたので必死で父親のことを脳裏から消そうとする。
ガランガランと入り口の扉から音がすると、そちらの方に振り向く。準備中の札はまだ掛かっていたはずだが、スーツ姿の眼鏡をかけた男性が入ってきた。
「あのぉ・・・まだ準備中なんですがぁ・・・」
「高城ナミ様ですね。そしてこちらが十馬坊ちゃん。はじめまして御門院長からの言付けに参りました」
ピキッ。いまいましい単語が聞こえてこめかみにもうひとつ筋が入る。
「あんな野郎からのお言葉なんて聞く価値もねぇよ」
そんな十馬の言葉をさらりと受け流して眼鏡の男は続ける。
「坊ちゃん、貴方の義弟である方が不慮の事故で亡くなってしまったため御門家の跡取りが居なくなってしまいました。家柄も問題のない良家の奥様との間に生まれた大変優秀な子だったのですが。今から奥様との間に子を作り、育む時間も猶予もないのです。そこで白羽の矢が立ったのがあなたです。御門院長の血を半分でも継いでいるのならば周囲の派閥にも納得させることは出来ますでしょう。ええ今回私がこんなところまで参ったのは新たな御門家の跡取りとして貴方様を迎えに来た為です。」
フゥーと一息つくと、十馬はその男の腹に思い切り一撃を入れるために助走をつける。すると横から風が通り過ぎたかと思うと、一撃を入れるはずだった男の顔に膝が突き刺さった。
唖然として前に立つ女性を見ていると激しい啖呵が飛んだ。
「アイツとの縁はもう完全に切れてんだよ!よしんばアタシに迷惑かけるならまだしも、十馬まで巻き込むんじゃねぇ。コイツはコイツなりにもう自分の人生を歩み始めてるんだよ、今更来てコイツの人生滅茶苦茶にすることはアタシが許さねぇ。さぁ帰ってアイツに伝えな。おとといきやがれってな」
母親の激しくも十馬への思いやりが垣間見える啖呵を聞いてくっくっくと笑いやっぱりアンタ俺の母親だよとひとりごちる。今更医者を目指してアイツの元に行くなんてまっぴらごめんだ。
はいずりながら逃げ出していく眼鏡の男に塩をまいてケラケラと笑う母親が誇らしい。
珍客が去ってから、ちょっとトイレと後ろに消えた母親の姿を追いながら、また決意を新たにする。俺の一生をかけてこの人を守っていくと。パンッと掌に拳を合わせる。
母親がまいた塩を掃きながら
長いな、大きいほうか?と考えていると、しばらくしてからお待たせぇーとまた間延びした声をした母親が帰ってきた。
開店直前に尿意を催した彼はテーブル拭きを中断してトイレに向かう。開店してからは抜ける時間があまり取れないため今のうちに行っておかなければならない。
「ん?」
ふとした違和感に気付く。洗面台に血が残っている。店に関しては几帳面なほどに綺麗にしている彼は喧嘩の返り血を落とした後、綺麗に洗面台を磨いたはずだ。とするとその前後でトイレを使ったのは一人しかいない。蹴りを入れたときに怪我をした様子はなかったが、確かにトイレから帰ってきた後どこか顔色が悪かったような・・・・
嫌な予感が彼の頭によぎるが、あんな元気で若々しい彼女がどこか悪くしているはずなどないと自分に言い聞かせる。
ただ、少し問い詰めてもし体調が悪いようなら病院に連れて行こう、アイツの病院以外の系列病院で。
そうして手を洗い、洗面台を綺麗に磨くと、鏡のほうから光が差し込んできた。
眩い光は高城十馬を包み込み、
―その日世界は少年を旅立たせた、最愛の者を残して。