1st&2nd 稲穂は実り、豚は貪る
稚拙な文章等御座いましたら、よろしければご指摘のほう宜しくお願いいたします。迅速に改訂させていただきます。
「今日の晩御飯カレーライスでいいかな?」
「かまわないわ、遼のカレーライスは絶品だもの。いつもありがとう。」
器になみなみ盛られたポトフと肉厚なとんかつをはさんだポークカツサンド、直径30cm超のマルガリータピザ、熱々の湯気を立てるミートドリア、小山を思わせるかのように大きく盛られた彩り鮮やかな生ハムサラダと、朝食というには重めの品々が食卓に並び、二人の男女が合掌してから食べ始める。
食卓に並ぶ料理の数々を作り、この家庭の日々の食事の全てを賄っている青年、椎名遼一は自らの作った朝食の出来に満足しながら、恐ろしいスピードで目の前の料理を平らげていく。
そのような大食漢ぶりを見せながらも彼は決して大柄な体格をしている訳ではない。均整の取れた、余分な肉を身につけていない身体であり、容姿も悪くない。今のように破顔しながら食事をしている様を見れば母性本能を刺激されて心動かす女性も多くいるだろう。
「遼、いつも思うけれどごはんの量が多すぎると思うの」
並べられた朝食の数々、過半は弟によって消化されているが、一般的な胃袋を持つ彼女にとっては
少々朝から気が滅入る光景にため息をつく。
「やぁ、姉さんのおかげで我が家の家計も上昇の一途でしょ?比例してエンゲル係数が上がるのは仕様のないことだ」
二人の両親が不幸な事故によりこの世を去ってから、唯一の肉親となった高校生の弟を養うため、姉は大学を中退し働き始めた。抜群のスタイルと類まれな美貌を持つ女子大生モデルSINAとして大学在学中からそこそこ売れていた彼女ではあったが、それによる収入は自身の着道楽、そして食器やアンティーク家具、アクセサリー、香水、ぬいぐるみといった女性らしいものから、古本、プラモデル、トレーディングカード、と多岐に渡る蒐集癖に費やされていた。
現在のままでは自身と弟の学費、生活費を捻出していては趣味に割くお金がない。丁度、雑誌のつながりで出会った人脈から個人服飾ブランドの設立(その時点では広告塔としてだが)を打診されていたため、共同経営という形にして彼女は会社経営に注力し始めた。
元々少なくないお金を趣味のみに使っていた彼女はセンス溢れる製品を生み出し続けた。そしてブランドの知名度が上がるとともに彼女の知名度も上がり、更にモデルやテレビ番組の仕事も舞い込み、着々と収入を増やしていった。
彼女は世の女子大生としては勤勉なほうであり、大して将来の展望もあった訳ではないが経営学部に在籍していたこと、そして経営マネジメントの基礎を学んでいたことが会社経営の一助となった。だが皮肉なことに、得た知識を発揮すればするほど仕事は増え、食器や香水にもブランドを展開しようと考えていた彼女は女子大生モデルという二足の草鞋の片方を脱ぎ、新たにモデル兼経営者という草鞋に履き直した。そして今なお順調に彼女の会社は成長を続けている。
「あなたのだけよ!確かに料理人顔負けなほど美味しいことには満足してるけれど量が異常なのよ!」
弟は食べること、食べ物を作ることにおいて非凡な才能を持っている(量を食べるということが才能ならばだが)。母親が料理家事に不得手であったことで、食べることに異常な執着を見せる彼は物心ついた頃から料理を学び始めた。今ではお世辞抜きで玄人裸足だ。
「食べ盛りなんだ。これでも遠慮したんだよ?・・・今朝は走ってないから腹ペコってほどでもないし」
遼一は黙々と食べ続ける、残る料理もあとわずかだ。
「はぁ、このままじゃ私の欲しいものも買えなくなりそうだわ・・・ジノラにマイセルの可愛いお皿・・・」
日々の食事や家事を一手に引き受けている弟に家計管理を任せたのは失敗だっただろうか。姉はひとりごちる。
「…うん、ごちそうさま、さっ姉さん用意して家を出よう」
弟の目の前にあった料理は綺麗になくなり、弟は二人の食器を重ねてキッチンに運んで洗い始める。
時計の針は7時半を回っている。弟の高校と姉の会社は同方向にある為、毎日同じ電車に乗り込んでいる。7時45分までには家を出なければ間に合わない。
2年前、両親が逝去して二人の世界が大きく揺れ動いてから、必死で生きてきた。お互いの大きな欲求を抑え、弟は姉に迷惑はかけまいと一般的な家庭にとっては十分な料理を用意しながら、姉が就寝した後、1パック18円のもやしを大量に炒めたもやし炒めや、高校と家の間にあるパン屋にて無料でいただいていたパンの耳を砂糖でカラッと揚げたもので空腹をしのいでいた。姉は会社設立における資本金の捻出のために忸怩たる思いで今まで集めてきた服やアクセサリー、アンティーク家具を売り払った。
―今では毎日過分な量の食べ物を得られている。好きなものを作り、好きなものを食べることはとても幸せだ。
―売り払ったものはほとんどを買い戻したし、欲しいものはまだまだある。お金も十分に蓄えられてきたし、今度は美術品にも手を出したい。
これからの二人の世界はきっと幸せなものになるのであろう。今までの苦労が報われるように。
二人が準備を終えて家を出る。外はきっと見慣れつつも二人の一日の始まりの景色である、騒がしい住宅街の一角で主婦たちの井戸端会議、猫たちの集会場、学生の通学や社会人の通勤姿が、爽やかな風が吹き込むとともに垣間見えるはずだ。
そんな日常の始まりである扉を二人が開けたのと同時に眩い光が二人を包み込んだ。
二人の日常の終わりを告げる光。
―――その日二人は在るべき世界から乖離した。
都会とは明らかに違うと分かる清らかな空気、緑の匂い。鬱蒼と茂る木々、木々の隙間から射す日の光が眼に差し、遼一は目を覚ます。
「うう・・ん?」
多少の頭の痛みと目の眩みに耐えて辺りを見回すと、記憶にないほど自然溢れる場所で、しかも外で寝ていたことに動揺したが、姉の姿を認めると多少心が落ち着き、声をかける。
「姉さん、姉さん起きてくれ」
姉の肩をゆすると彼女の意識が覚醒し、安心する。
「・・・遼?あれ朝・・・んー」
大きく伸びをして、寝ぼけ眼で遼一に返答する。
「姉さん、異常事態だ、僕は学校に行くはずだったのに今はこんな森の中にいる」
「んー・・・ちょっと待って頭痛い・・・森の中・・・ね。どうしてこんなとこに?拉致られた?」
「なくはない話だけれど。僕らはもう姉さんのおかげで大分裕福な家庭だし、脅して金をゆする人間がいても不思議じゃない。けれど」
「けど?」
そうして問い返すと遼一が空を見上げながら信じられないものでも見るかのように言う。
「太陽がないんだ・・・いや僕らの知る球形の太陽じゃない空を縦断するように伸びた光から日が射してる・・・」
「・・・」
ふと思い出したかのように彼は姉に対して語り始める。
「姉さんの持つ小説の中に古典SFのものがあったよね?面白いから覚えていたんだけれど。月ロケットの墜落に巻き込まれた主人公が多次元宇宙がうんたらかんたらで別世界に転移したって話」
「『狂おしき宇宙』?」
「そうそれ。拉致されたよりはそういった不可解な神隠しのようなものじゃないかと思うんだけれど、どう思う?」
姉は遼一の考えを聞きながら、やっと思考が明瞭になってきたと共に、深く思案してから自身の意見を述べる。
「遼、そんな古いSFじゃなくても最近ではよくあるジャンルよ。私もいくつか気に入った作品があるし、いくつかのパターンもある。その私見を持って述べるなら私たちの今の状況はあなたの言うとおり。『是』よ。」
二人は意見の一致と共に仲良く嘆息をもらし、これからどうすべきか、とりわけ安全の確保を最優先目的として話し合い、言語を解することの出来る文明との接触が必要との結論を出し歩みを進めることにした。
深い山麓の中、太陽?の色が薄く赤らんでき始めた頃、小川の流れる裾野を、川沿いに二人の男女が周囲をキョロキョロと伺いながら歩いていた。
「姉さん、姉さん・・・」
「・・・言いたいことは分かるわ。それだけ派手な音がお腹から鳴っていればね」
グルグルとうなり声を上げているかのような音を出す遼一からは日頃から美味しくご飯を食べるためだけに体育会系並の運動量をこなしている体をもってしても多少の疲労感を感じるほど歩いていることに加えて、人並みはずれた食欲を満たせないことからの悲壮感が表れている。
山から下るときに小川を見つけて喉を潤せたことは僥倖であり、歩く最中にきのこや山菜、果物なども発見することが出来たが、豊富な食物知識を誇る遼一をもってしても見たこともない、未知のものばかりであった。それだけならば未知の美味しいものではないかとの好奇心をもって食べようとも思えるのだが、須らく毒々しい色合いをしていたり、強烈な刺激臭を放っていてはさすがに食べようとは思えない。
しかし、一日6食、日に2万kcalを必要とする彼の腹は流石に限界であった。
「もう駄目だ!!僕は食べる!!耐えられない!!腹ペコで目が回りそうだ!!」
「駄目よ!!その果物ひどい臭いがするわよ!!ドリアンもメじゃないわ!絶対に危ないわよ!」
その果物からは腐敗臭や都市ガスのような思わず鼻を覆ってしまうような臭いがしている。
常人ならば手を出そうとも思わないだろう。
「ドリアンだって納豆だってくさやだって食べてみたら美味いじゃないか!!きっとこれもそういう類のものだよ!!僕は『臭くてもかまわないから食べるものが欲しいんだ!!』」
その瞬間、彼の臍の当たりが光り、ポンッと軽妙な音がしてから掌に缶詰が現れた。
姉はその光景にギョッとして驚き、遼一はハッとして今起こった奇妙な現象を横において缶詰を見る。
「シュール・・・ストレミング・・・」
世界一臭い食べ物、くさやの6倍、納豆の18倍の臭気指数を持つニシンの塩漬け。この食品の臭いのせいで隣家に訴えられたという珍事も持ついわくつきの食べ物だ。
「ちょっと、開けないでよ!?私嫌よ体に臭い付くの!というかどこから出したのよ!?」
「ジャガイモや硬パンに添えて食べると美味しいと聞くよ・・・天が僕のために遣わしてくれた食べ物だ。謹んで・・・いただきます」
キャーという叫び声が聞こえるが、遼一は構わずおもむろに缶詰を開け、その臭いに一瞬うっとした顔をするが、かまわず食べようとする。
「・・・」
「た・・・食べないの?」
数瞬より距離を取った姉が遼一の様子を見て不思議がって問いかけても答えず、だんだんと彼は缶詰を必死に調べている姿から絶望感を伴った表情に変わっていく。
「手に取ることが・・・出来ない・・・」
がっくりとうなだれた遼一の姿を見て、姉も流石に同情するが、弟が食べられないからといって、わざわざ食べようとも思えない食べ物だ。何より今はそのとてつもなく臭い食べ物を生み出した現象のほうが気になる。
そうして姉が思案している最中、後ろの木々の間から足音がして、ビクッとして振り向くと
鋭い牙を持ち弓矢と槍を持った、狼の頭で、たくましい筋肉を毛で覆った二足歩行の生き物が近づいていた。
「あんたら、何してんだ?」