1st~7th 獣たちの仮宿に人々は集う
曖昧だった設定が固まったのでプロローグを追加します。
地球とはまた異なった世界にある国の一つ、メトディウス公国の最東端。広大な平原と山脈、大自然に囲まれることによって国の発展から捨て置かれた村。
そんな辺境の村も滅び行く運命にあったのは少し前まで。今は多くの商隊や観光客が訪れ、活気に溢れている。そんな活気を生んだのは村の少しはずれにある美しくも荘厳な、村には不釣合いなほど大きな宿屋。
そんな宿屋では今日も変わった従業員たちが客たちを迎える。
「コックさん、今日のお昼のメニューはなんだい」
「金帽子のオムライスとシェフのお勧めサラダ。とっても美味しいはずだよ。僕には味見が出来ないけれど・・・、」
カウンターを介してコックと客が会話している。客はそのメニューの名に聞き覚えは無いが、その響きと厨房から漂う香りにジュルリと涎を垂らす。そしてコックも客と同様に腹を鳴らしている。この宿屋はメトディウス公国、ないしは他のどんな進んだ国々でも食べることの出来ない、それはそれは素晴らしい食事を出すということで有名である。
オーナー室ではこの宿屋をここまでの人気にした立役者である女オーナーが数多くの書類と格闘している。美味な食事、素晴らしい外観、細やかなサービスと人気になる要素が揃ってはいるものの、この辺境では顧客を広げることは難しい。しかし彼女の手腕によって今この宿屋は国一番の宿屋であると認知されている。
「ふふふ、今度は隣国の皇太子のご予約かー。満足して帰って頂ければ、あっちの王族関係の顧客が増えるわね」
そうして、顔に笑みを浮かべながら、遊ばせていた金貨をピンッと空中に弾く。弾いた金貨が虚空に消えると彼女の手は恐ろしい速度で企画書やスケジュールの書類をサラサラと仕上げていく。
「だから金は払うから連泊させろって言ってんだろうが!次に予約してる客のキャンセル料、宿泊料込みの倍払ってもいい!」
「あなた様よ、私は超一流のコンシェルジュとしてお客様のあらゆる要望を叶える者である。そしてその者は要望に対して決してNOとは言わないのがモットー。ではあるがあなた様のその望みはNOと言わせて貰おう。何故ならば私にとってお客様とはコンシェルジュたる私に迷惑を掛けることの無い従順な者だけであるからだ」
受付カウンターで、あまりにこの宿屋が気に入ったのか客の一人が無理を通そうとしていたが、この宿屋のコンシェルジュによって一蹴されている。自分の無理が通らなかったことへの怒りもそうだが、そのコンシェルジュの姿が目つきの良くない猫であり、その猫があまりに不遜な態度であることも怒りに拍車をかけている。猫はこうした態度であるが故に、窓口担当としては向かないと思われるが、一見の客はともかくとして、女性客や常連客には不思議と好まれている。
「もういい!オーナーを出せ!」
いいかげん我慢のならなくなった客はそう怒声をあげた。
暖かい季節だというのにえらく厚着の作業着を着た初老の男が宿屋の屋上で幾つかの作業員と共に屋根の補修をしている。
「いやぁ、まだまだ古いところはありますけど随分と立派になりましたねぇ棟梁」
「こんなもんで満足してんじゃねぇ」
そう言って犬の顔をした青年に拳骨を落とす。
男は満足するなといったが、この宿屋の外観、更には内装に至るまでその素晴らしさがメトディウス公にも認められたことから、宿泊客の中にはその建築方式を学ぼうと著名な技師が訪れることも多い。
犬の青年は全く棟梁はよぉと愚痴りながら自らの持ち場に戻り、初老の男はぶるりと身体を震わしてから作業を再開した。
「お兄ちゃん、次の患者さんが来たよー」
「ああ、待たせといてくれ」
診療室と書かれた部屋の外から少女の声がして、その声に赤い髪の少年が答える。
この宿屋の人気の一つにどんな病気も怪我も治すという医療サービスがある。眉唾物の話だが、公子の病を治し、そのことをメトディウス公が喧伝してから、実際に多くの人々が信じ、この宿屋の医療サービスを受けるために客が殺到している。
「今日も妹ちゃんには優しげな声をかけるのね~?この世界では近親相姦を犯しても特に罰せられないらしいわよ~?」
非常に魅力的な肢体と美貌を持ったブロンドの髪を持つ女性がケラケラと笑いながら少年に告げる。その言葉を聞いた少年は手に持っていたカルテを女性に向かって放り投げた。
「てっめぇは何でそう俺とアイツをそういった下賤な目で見やがる。それにアイツと俺は血が繋がってねぇ!」
「くふふー。だって可愛いんだもの。そうやって怒るのも。ちゅーしたげよっか?」
「黙ってろ。てめぇとキスするのだけは死んでもごめんだ」
手をワキワキさせながら、近づいてきた女性に少年は拒絶を示す。少年には嫌われているが、この女性の行うサービスは訪れた客からは天国に連れて行ってもらえると絶賛されている。そうして二人で喧嘩しているとコンとノックがあった後、扉がバンと開かれる。
「はーい、患者さん入れますよー」
屋根にTAXIと書かれた、中世レベルの文明には似つかわしくない黒い車が宿屋の前にピタリと停車する。ボケーとした男が、後部座席に乗せた客に向かって声を掛ける。
「はい。到着ー。お疲れさん」
とおざなりに述べるが女性の声に注意される。
「それではいけないといつも言っているではありませんか。雇われている身なんですからしっかりしてください。さ、一緒に言いますよ」
その注意にはぁーと男はため息をついて、ポリポリと頭を書いてから言い直す。
「あー、はいはい。――ご乗車お疲れ様でした。そして」
「「ようこそいらっしゃいました。グランドホテル『SEVEN』へ」」
暫くは登場人物たちが異世界に降り立って互いに出会い、宿屋を開くまでのお話が続きます。