そしてひとかけらの男のロマン (リメイク版)
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↑のリメイク作品。
昔の未熟さを忘れないために、別口で投稿。
訪れる幸せを感じ取り、ここまで抑えていた呼吸が荒くなる。
雪洞を掘って耐えるという地味な作業の報酬、全てが報われる瞬間。
一時は凍死しそうだったというのに、今は直射日光と雪面の反射熱でサニーサイドアップの気分。
私の足跡が連なって道になっている。
その道が、今、山頂にまで繋がった。
「あああーーーッ! ここだぁーッ!」
太陽が、景色が、高さが、空気が、全てが生きていた。
世界最高峰の山:チョモランマ。
別名エベレスト。
人間の手で破壊されていた景観は、人間の手と大自然によって修復され…その美しさは…。
「あー、キレーイ」
どこからか人の気配と、声がした。
初見の友人の服をノータイムで褒めるような、反射的な賛美だった。
「皆さん、お疲れ様でした。 ここが世界最高の天然山、エベレストの頂上です」
現れたのは、ジャンパーやコートで防寒はしているが決して山登りのスタイルではない人々。
中には私を逮捕しに来た警備員も混ざっている…予想通りだが、やはり愉快な状況ではない。
警備員たちは雪に足を取られながらも私を抑え付け、連行していく。
抵抗はしなかった。この警備員たちは職務を果たしているだけだし、なにより私は疲れている。
「…あの人、なにしたんですか?」
「ああ、この山を旧時代の登山装備で昇ったんですよ。 リュックサックとかロープとか、そういうので」
「それって違法ですよね? 自己安全保持法とか…」
「バカねー、そんなことしなくたって、ツアーに申し込めばアッという間なのに」
観光客たちは私の思考を理解できないように、私には彼らの思考を理解できない。
ジャイロでここまで飛んでくることが、テレビの電源を入れることとどう違うの云うのだろう。
疲労と危険を伴わず、記念写真だけが残る旅を冒険と彼らは呼ぶのだろうか。
科学の発展は世界を狭くした。
歩けば旅と呼ばれる距離も、超音速リニアモーターカーや、無反動ジャイロの前にはただの通勤だ。
科学の発展はチョモランマの日帰りツアーを可能にし、地球コア観光ツアーは修学旅行の定番。
私は、そんな“便利な”世界に順応できず、取り残されていた。
「…前科十七、保釈は認められないそうだ。
私も男だし、冒険をしたいキミの気持ちも分かるが…。
ダハールくんも大人なんだし…そろそろやめてくれよな?」
十三才のときからの担当弁護士だが、私は他人の気持ちが分かるという人間を信用しない。
目というフィルターはそれぞれに異なる曇り方をしており、私はジャイロで飛んであの感動を得られる自信はない。
「…以後、改めます」
多くの人間に迷惑を掛けたことに関しては謝罪の気持ちはあるが、やめることはないだろう。
「よお、大先生ッ! また戻ってきたのかい! 今度は何をやったんだ!」
「チョモランマを二十世紀の装備で登ってきた」
「うっはぁ、スゲェ。 シャバに戻ったらまた電子書籍を寄贈してくれよ、大先生!」
「次は三十冊くらいくださいね、私、まだ深海素潜りを読めていないんですから」
「ああ、ダイオウイカと対決するヤツ?」
「ネタバレしないでくださいよッ!…で、次はなにをするんですか!」
「考え中、なにかアイデアが有ったら聞かせてくださいね」
刑務所だろうと、それ以外の場所だろうと私には大して違いがなかった。
どこであろうと夢を共有してくれる読者が居る…夢とアイデアが有れば、冒険にはそれで充分だ。
拘留は七十四日、次の冒険を構想するのには良い期間だと当初は思っていた。
だが、三日目で次の構想を思いつくと、あとの退屈な十週間は、五冊目の自伝を編集して暇を潰した。
「…印税で行けるかな、宇宙」
冒険には、夢とアイデア以外にも現金が必要になるが、それも夢を共有する多くの読者たちが支えてくれていた。
今までの冒険でも大分使ったが、宇宙服とバッテリーを買うくらいの費用は残っていたはずだ。
タイトル:そしてひとかけらの男のロマン。
聖書は海底二万里、教祖はジュール・ベルヌ。
コロンブスをテレビスターのように崇拝した十三才の頃。
始めての冒険は、日本中を網の目のように走る、地下鉄の徒歩での完全制覇。ただ歩くだけだった。
だが、捕まえようとする大人たちがハードルになってくれ、最後の駅に到着したときはそこが何度も電車で来たことのある駅だったのに涙が出た。
両親は私に冒険を止めろと云った。
しかし、私の自伝が電子書籍でベストセラーになってからは何も云わなくなった。
私の電子書籍を読んでくれる人々常に居て、次の冒険を待ち望んでいる。
私は死ぬのが怖いが、それよりも全自動の介護ベッドの上で穏やかに死んでいく方が怖かった。
「…他人の評価? そんなことはどうだっていい! キサマはキサマだろう?
自分が命を掛ける理由を他人のせいにするなァっ! 死ぬも生きるも勝手にしろ」
何度目かの旅の途中、レッコーガドーキという格闘家に会った。
フルネームなのか、どこで切るのかも知らないが、とにかくそういう名前のアジア人だった。
「…キミの格闘技…なんのために磨いているんだ?」
「弱い自分を正当化するよりも、強くなった方が簡単だろうが」
理由を付けてベッドで死ぬより、私には旅先で死んだ方が楽だった。
何か、自分の生きている理由が見えた気がした。
「…ここか」
どこまでも長く伸びた塔。
青空を突き抜けて、ただまっすぐ宇宙を目差している塔。
“地球は青かった”と云うためだけに作られた観光用軌道エレベーターで、大気圏外まで伸びている。
もう飽きられ、コンピューター制御をされているだけの物体だ。
「さぁて…登るかぁッ!」
ロシアのテロリストの使っていたハッキングソフトをマニュアルを見つつ解凍する。
オートマチックハッキングなるツールで、軌道エレベーターのシステムに進入していき、プロテクトが解けた。
そして型落ち中古の耐熱宇宙服に身を包み、バーゲン品の分子間力ワイヤーを起動エレベーターに貼り付ける。
「ハッハぁ、重いなぁ」
バッテリー、空気循環ナノマシン発生装置、水の再利用キット、これらは必需品。
そして記録を書き留める加圧式ボールペンとノート。
(※マネをするヤツのための注意、加圧機能のないボールペンの一部は無重力では使えなくなるぞ!)
他には無重力の中で食べるためのお菓子の入った冷蔵庫、これも欠かせない。
…総重量百十四キロ、かなり軽量化できたつもりだ、自重と合わせて二百十一キロにしかならない。
荷物を確認した私は、軌道エレベーターに手を伸ばし、ホコリの積もった壁面を登っていく。
初日(出発時刻:地球・ネパール標準時間AM4:00) 地上~
出発して5時間ほどで空気が薄くなってくるが、呼吸数は増やさない。
今は換気口を開けているだけだが、宇宙に上がるとナノマシンで酸素を作らなければならない。
多くの酸素消費は、多くのナノマシンを消費し、すなわち多くの電力を消費する。
有限のバッテリーを節約するためにも、今から低酸素に慣れなくてはならない。
雪もなく、悪路も無く、平坦な絶壁。
期待が大きかっただけに少々退屈だが、急げば気圧変化による高山病のリスクも高まり、急ぐわけにはいかない。
バッテリーを節約するために、本日はFM6:22に休憩することに決めた。
食糧は炒り大豆。栄養素的には専用サプリメントの方が優れるが、趣味で選定している。
睡眠時は、爬虫類のヤモリの吸盤を研究して作られた分子間力ワイヤーで壁に吸い付く。
初日は6,812mのゲイン。
我が母国のネパールが誇る山、アマダブラムを少々越えた高さだ。
軌道エレベーター外壁を伝う風速三十メートルほどの生きた風が心地いい。
二日目 地上6,823メートル~
七時間と多めに睡眠を取り、今回の旅で最初の排尿を行う。
市販の水質純化バクテリアで、小便を飲料水に変える。
アンモニアをビタミンに変えてレモン水にするというもの、テレビでコマーシャルもやっている市販品だ。
よって水はバッテリーを使わずにリサイクルできるが、汗の蒸発が問題だ。
酸素を取り込む為に通気口をあけているので、気圧は外と全く同じ。
従って、気圧の変化によって蒸発した汗が通気口から流れ出してしまう…。
そんな心配をしながら登っていくと、シャルル・ボイル則で加速度的に外気温が下がり、通気口を閉めることとなった。
ここからは全てバッテリーを消費して空気循環ナノマシンを運用することになる。
汗の蒸発は取り越し苦労だったが、ここからはバッテリーの心配だ。
本日は46,804mのゲイン。 垂直とはいえ、フルマラソンより少々遠い程度の距離。
三日目 地上53,616メートル~
三十分ほど眠り、目覚めてから気付いたが、既に大気圏のひとつである中間圏に到達している。
それと気付いた理由は、特徴的な淡蒼の輝きを放ち、数百キロから数千キロ先での発光現象を目撃したからだ。
(距離計を持っていなかったので、正確な距離は容赦していただきたい)
その名前は夜光雲、地上からは何度も見たことがあるが、空中で見る夜空雲は全体で太陽光を反射し眩しいほどに光っていた。
勝手ながら、私はその現象を地球からのエールだと解釈し、確信していた。
気ままで優雅な道程だったが、中間圏のひとつ上、熱圏にてクーラーがオーバーヒートを起した。
修理に掛かった時間は五分ほどと短かった…というか、それ以上掛かると焼け死んでいるわけだが。
それ以外は特にトラブルもなく、優雅な道程で本日は92,779mを登る。
四日目 146,395メートル~
熱圏が長い。本当に長い。
大気圏最後の難関にして、もっとも過酷な空間。
山を登っていても感じることだが、地球を作った創造主がいるとすれば、その人物は物作りの才能がありすぎる。
なぜこうも魅力的に、なぜこうも過酷に、この星を作れたのだろうか。
最初から人間が挑戦することを前提としているかのようですらある。
ちなみに大気圏突入によってロケットやロボットが燃え尽きる、という表現が創作物にはよくでてくる。
熱圏の燃えるような熱さも無関係ではないが、最大の理由は地表へ落下するさいの加速だ。
障害となる真空の宇宙空間ではいくらでも加速できるが、大気圏内では大気が壁となり、摩擦熱が生じる。
だが、今の私が登る速度は、人間が登る程度のスピードなので、大気との摩擦も大したことが無い、というわけだ。
それにしても食糧を大豆にしてよかった。
これだけ大地から離れても土の感触を思い出せる。
101,124mゲイン。
五日目 247,519メートル~
やはり熱圏を登る。
炒り大豆を一日に丁度1キロずつ消費し、今日で5キロ軽くなった計算となる。
大便の再利用には大掛かりな設備が必要となり、大便は小分けにして空中から廃棄している。
風の影響で地表に着くまでに脱水され、乾くので衛生的には問題ない…と思われるが、実験したわけでもなく、確証はない。
空中から干からびた大便が落ちてきたら、本当に申し訳ない。
114,973mゲイン。
六日目 362,492メートル~
昨日と代わり映えしないので、今日は数字の説明でもしてみようと思う。
今回の旅は、睡眠を含む1日の休憩時間は4時間ほどなので、1日の活動時間は実質20時間。
20時間で100キロメートルを登っているのだから、平均時速は5キロほど。
エアーズロックを4分で登りきれる計算になるが、以前に実際に登ったらそのときは3分で登れた。
宇宙服の重りがあるとはいえ、ペースが上がらない。
128,642mゲイン。
七日目 491,134メートル~
出発してから1週間目。
録画予約が成功していれば、我が家のアンティーク級の旧式ブルーレイレコーダーがアニメを記録している。
1994年作成の日本製の玩具販促ロボットアニメ。
先々週まで見たのだが、そのとき主役のパトカーロボットが殉職してしまった。
続きがどうなるのか、とにかく生きて帰って見なければならない。
158,215mゲイン。
八日目 649,349メートル~
熱圏の終わりが地平線のようだった。
青空の切れ目に宇宙がハッキリと見えたのだ。
広大で、残酷で、排他的で…そして、美しく待ち遠しい宇宙だ。
さて、今日は212キロを20時間で登っている。
つまり、おおよそ一時間で10キロ以上のゲインだが、これは私の調子が上がっているだけではない。
重力というものは、星の大きさを、星の中心点と被重力物との距離とで割った数字になる。
つまり、地球から離れれば離れるほどその重力は弱くなり、徐々に無重力に近づいていく。
ここで面白いのは、これが引き算ではなく割り算であるということ。
割り算ではどんな数字でも有限である限りゼロになることはない。
そのため、厳密には無重力という空間は存在しない。
どんなに離れていても、どんなに小さな重力になっても、我々は地球のを感じ続けるのだ。
212,164ゲイン。
九日目 861,513メートル~
アクシデントが発生した。
持参した分子間力ワイヤーが切れた。
ヴィーデマンフランツ則的に解釈すれば、電子遮断が不完全だったらしい。
平たく解釈すれば、熱圏大気特有の電磁気の連続負荷に耐え切れなかったらしい。
取り説には完全な電子遮断と書いてあったが…これは証拠を揃えて返品させねば。
分子間力ワイヤーがなくては有重力下での睡眠できない。
ただ、ツイていた。
既に高度は860キロを越え、一般的に『無重力』と呼ばれる空間まで来ていた。
太陽も、地上から見る白く光る神々しさとは変わり、赤黒く脈動する魔人のようだ。
地球では青空=大気があるので、色が変わってしまう。
水素爆発が連続している天体なので、宇宙服ナシでは見物しているだけで死因が山のように連なる。
それだけに、力強くコスモゾーンという言葉を思い出さずにはいられなかった。
では、まず、この旅の最初の実験をやってみる。
ほぼ無重力なので、色々とやってみたいと思う。
実験1:無重力で玉ようかん。
玉ようかんとは、ゴム風船の中に“ようかん”という和菓子が入っている日本のお菓子だ。
有重力下では、このゴム風船に木製の針(和訳者注:ツマヨウジのこと)を刺すことでゴムの張力で包装が取れる。
しかし、この針で刺すという行為が難しく、浅く刺すと風船だけ取れて、その勢いでようかんが落ちてしまうのだ。
それを無重力でやればどうなるか、やってみたいと思う、緊張の一瞬だ。
…結論から書いておこう、失敗した。
ゴムに弾かれた。ゴム風船が破れると同時にその張力でようかんが弾かれたのだ。
僅かなエネルギーでも重力による指向性がないため、下に落ちず、あらぬ方向に飛んで行ってしまう。
哀れ、玉ようかん。 この記録を書いているノートの表紙に直撃した。
実験2:無重力でヨーヨー。
ヨーヨーといえば、糸を巻いた丸いオモチャだ。
歴史の長いものだが、今回は内部にバネが搭載されているタイプ。
これも日本のメーカーから発売されているもので、デザインも良く、飾っても良いだろう。
地上では下に落ちて回転するヨーヨーだが、無重力でやるとどうなるか? 緊張の一瞬だ。
…結論から書いておこう、失敗した。
宇宙服の内部でヨーヨーを投げたら、空調に直撃し、機能停止。
酸素が循環しなくなり、修理に20分掛かり、死ぬかと思った。
実験3:無重力でグラスハープ
グラスハープとは、水を入れたグラスを叩き、水とガラスの共振によって音楽を奏でる技術だ。
熟練すれば様々な音階を操作できるが、無重力ではグラスの中に水を維持できない。
表面張力でグラスの中に水が留まっている間に叩けるか、演奏する曲は『猫踏んじゃった』、緊張の一瞬だ。
結論から書いておこう、失敗した。
素早くグラスを叩こうとしたら早く叩きすぎてグラスを割ってしまった。
空気中にガラス片が散布され、呼吸でガラス片を吸ってしまう。
大きい欠片は取り除いたが、小さい物は呼吸で体内に入り、死ぬかと思った。
さて、このために持ってきた荷物を片付け、登りだす。
ただし、ここからは体感重力波無くなり、摩擦する大気も無いので、登るのではなく“跳ぶ”ことになる。
地上で物体が減速するのは、様々な障害があるからだ。
宇宙では、エネルギー保存の法則に基づいて加速すれば加速しただけ無限の距離を跳べることになる。
(地上では、地面を蹴っても重力や大気との摩擦によってエネルギーが減衰してしまう)
ひたすら軌道エレベーターの表面を蹴り、どんどん加速していくことが必要になる。
角度を少しでも間違えれば、宇宙空間に無限の距離を投げ出され、そのまま枯死することだろう。
だが、今の私には恐怖や迷う要因はなにひとつない、冒険だ。
最初の一歩が軌道エレベーター側面を踏みつけ、続く二歩目も踏み抜く。
正確に、明確に、それでいて力強く、連続して蹴らなければならない。
――ハンググライダーや戦闘機とも違う疾走感だ。
高度計の数値を計算してみれば、4分で第二宇宙速度を突破、1時間後にはマッハ10を越えている。
(厳密にはマッハは大気中の速度単位なので真空中では不適当なのだが)
地上では到底出せない速度であり、止まるには持参した超伝導ブレーキを使わなければならない。
バッテリーの関係で多様はできず、一度出発したら不眠不休で加速し続けるしかない。
236,543,983ゲイン。
十日目 237,405,496メートル
加速限界とゴールが見えてきた。
加速するには宇宙服越しに軌道エレベーターを蹴らなければならない。
いくら無限に加速できるとはいえ、その原動力は人力、つまり私の体力だ。
一度のキックではそう多くの運動エネルギーを得ることができず、そのタイミングと角度を間違えば宇宙に放り出される。
ハイリスク・ローリターン、する意味がない。
現在、おおよそマッハ11前後。
順調だ。
このまま進めば今日中に目的地まで到達できる…そんな中、“それ”は起きた。
先ほども述べたように、無重力・無大気では物質の運動エネルギーは、ほぼ減少しない。
そのため、人工衛星などが爆発するとその部品は爆発時の初速のまま宇宙を飛び続ける。
そうは云っても広大な宇宙の中、跳ねるカケラに当たる確率は果てしなくゼロに近い。
だが、宇宙に放置され続けている軌道エレベーターは違った。
過去数十年、いつ命中したかもわからないが、とにかく軌道エレベーターには宇宙塵が当たっていた。
私はそれに気付かず、私は加速するためにそのキズを蹴ってしまい…角度が変わった。
マッハ11で、私の身体は軌道エレベーターから離れていった。
瞬間、何が起こったのか理解できなかったが、私の身体は反射的に超伝導ブレーキを使用していた。
超伝導ブレーキは、原理的には超音速リニアモーターカーをノータイムで停止させるパワーを持つ。
だが、私の宇宙服に備えられた物はバッテリーと重量の都合から、それほでのパワーがない。
止まらない。身体が軌道エレベーターから離れ、赤黒い太陽へと弾き飛ばされている。
死の恐怖が私を襲うと同時に、危機への高揚が私を激励していた。
止まることはできないと悟ると同時に、私はボールペンを小型冷蔵庫n
「で? このあとはどうなった?」
観察員は、私のノートを読みながら続きを促した。
周囲には見覚えのある顔から、見覚えのない顔まで十数人。
私の担当の警察官や弁護士だった。
「特別なことはしていない。
太陽まで弾き飛ばされそうになったあのとき、私は冷蔵庫を宇宙服から排出、爆破した。
ごくごく小さな爆発だったが、身体の角度を変える程度はできた。
そのときの衝撃でボールペンが壊れたが、都合よく出血していたから、その血で書いたが…さすがに全ては書ききれなかった」
高速で射出された物ほど、小さなエネルギーで角度が変わる。
拳銃弾は木の葉に当たっただけで軌道がズレることがあり、真空中ではそれが顕著だ。
マッハ11で衝突していながら宇宙服に致命的ダメージがなく、生還するというのは奇跡というか、人間業ではない。
「なるほど…だが、運が良かったな。
計算もしていない一度の爆発で都合よく角度が戻ったなら」
「ああ、それも書き忘れているが、爆発は一度ではない。
酸素循環ナノマシン発生装置や外灯、超伝導ブレーキも外して爆発させて、角度を微調整した。
軌道エレベーターに叩きつけられて数秒意識を失ったが…とにかく“ここ”まで来れた」
観察員が半信半疑で私が先ほどまで着ていた宇宙服を調べる。
そして、その中に酸素循環ナノマシンがないことを確認した。
「…じゃあ、お前、どうやってここまで来たんだ、この…月観察ステーションまでっ!?」
「歩いてきた。残りの距離も僅かだったし、酸素が残り少なかったが…無酸素で運動するのは慣れているからな」
手枷と足枷を嵌められながらも、私は観察ステーションの窓から大地を見下ろし、そして彼方に見える地球を見上げた。
地球の自転に合わせて軌道エレベーターの先端も移動する。
それが定期的に、月観察ステーションに繋がる日がある。
私はその日、つまり今日にここに着くように出発し、到達した。
「信じられねぇ…! 酸素補給もなしに200キロ走破…ッ!? っつーか、月が見たいなら、軌道エレベーターか観光シャトルを使えば良かったじゃないかッ! 片道11時間! あんたが歩いた時間の10分の1にも満たない時間で来れたんだぞ!」
「…自分の足で来ないと、自分の目で見た気がしない性分なのだ、迷惑を掛けた」
2ケタの犯罪行為に手を染め、不謹慎ではあるが後悔は無かった。
ただの暗闇の中にある岩の塊で、土の組成も地球と大差ないのはわかっているが、それでもこの月に来たかった。
自分の足で来たかった。
「…なんだろうなぁ、俺も月観察の仕事に就いた頃は…あんたと同じ目をしてた気がする。
警察のダンナ、このノート…出版できませんよね?」
月観察基地の警備員は、子供のような言葉遣いで警察官や弁護士に意見を求めた。
…この月への旅行は、過去最大の冒険だったし、これ以上の冒険はないだろう。
ならば、あとは獄中で、過去の出版物への感想の手紙を楽しみに暮すのも悪くない。
「ひとつだけ出版する方法がある。ヌトゥドゥッ・ダハール、キミは恩赦を受ける権利がある」
「…恩赦?」
「そう、半年後にとある大会が開催するのは知っているね? そこでネパール代表のひとりとして参加して欲しいのだ」
「…興味ない。 恩赦にも大して魅力を感じてませんね」
体力と知恵と運を試す、何年か前からやっているゲームのイベントがやると、どこかで云っていた。
あのゲームは地方大会優勝ぐらいはしたことはあるが、そこまでハマってはいない。
「キミ以上の適任者はいないのだ。
今回の冒険でも見せたように、君の体力は世界規模で見ても稀有…その上であのゲームにも精通していて…」
警察官の口を遮り、今度は弁護士が口を開いた。
「ダハールくん。キミはかつてレッコーガドーキというアジア人に会って生き方を決めたと云っていたね?
そのレッコーガドーキというのは…この人物ではないかな?」
弁護士が見せた写真に写っていた男は、私が会ったときより成長してはいたが、確かに同じ少年だった。
「次の大会、このレッコーガドーキ…列効我道希も参加する」
私は他人の気持ちが分かるという人間を信頼しない。
だが、この弁護士は13歳の頃から付き合っているだけあって、私の心情を理解していた。
私は、自分の生き方を変えたこの少年格闘家を今度は乗り越えてみたいと思っていた。
「…軌道エレベーターよりも高いハードルがあるなら…超えてみたくはなるな」
また、生きる必要ができた。
退屈しないものだ、人生というヤツは。
えー、唐突ですが、空想科学祭2010というイベントがありまして。
投票形式の企画だったんですが、結果として大敗しまして。
参加することに意味があるとは思うのですが、やはり勝って終りたかった。
次のチャンスがあるかはわかりませんが、あるならばリベンジしたい。
というわけで文章修業中。
賞賛から辛口、激評、酷評、なんでも歓迎。
ヘコみはしますが、倍は膨らむ自信があるのでガンガン叩いて下さって結構です。