新生活ー4 and 再会ー1
荷馬車への襲撃
「旅の途中で、アラタとは色々な話を交わした。実に賢い少年だ。それで、リリアの家庭教師にどうかと思い、依頼したら快く引き受けてくれた。リリア、アラタ君だ。挨拶をしなさい。」
リリアと紹介された少女は、新太より2~3歳は年下だろうと思われた。金髪で薄いエメラルドブルーの瞳をしている。12~3歳なのだろうが、しっかりと胸が前に出ている。
新太は、顔が赤くなるのが分かった。リリアは、ドレスの両端を手で広げると、膝を折って頭を下げた。
「リリア・ロングバンテと申します。よろしくお願いいたします。」
新太はその仕草に見とれていたが、慌てて頭を下げた。
弟と思しき少年は、スーツを着ていた。新太に近寄り
「レオ・ロングバンテです。お見知りおきを。」
と言って来た。此方はブルーの目に、父親似で褐色の髪だった。背は新太より低い。
新太の紹介が終わると、メイドに二階の部屋へと案内された。メイドの名前は、カトリーナと言うそうだ。20歳くらいの、明るい性格のようだ。用事が有る時は、いつでも声を掛けて下さいと、と言う。
その部屋も、日本にあった新太の部屋より何倍も広い。大きなダブルベッドが置かれていて、部屋の隅には机と椅子、それとサイドボードも用意されている。部屋の中央にもソファーとテーブルが有った。壁には、大きな風景画が飾られていた。ここはきっと、客間なのであろう。それを新太の為に空けてくれたようだ。
新太の、新しい生活が始まった。父親の事を思うと、自然と涙が出てくる。美月も無事ではないだろう。それでも今は前を向こう。こうして、セルレイでの第一夜が過ぎて行った。
リリアの家庭教師をしている間に、新太に分かったことが有った。
この国の数学の知識度の低さだ。足し算と引き算位しか大人でもできない。掛け算や割り算は勿論、九九も分数やパーセントの知識も覚束ない。方程式や数列などの話はまるで寄せ付けなかった。
それで思い至ったが、入札の際にも単価という概念がないように思われた。全て一式であったのだ。
それで新太は即座に計算して、材料や人工の単価をジェルマンに伝えた覚えが有る。そうする事で、見かけは高価だが実質的には安価だという見積もりを示した。
その原因の一つは、数字にあった。使用している数字は、算用数字の類ではなく漢数字に似ていた。紙に書いて計算するのに、とても手間取る。
そこで新太はリリアに対して、算用数字の知識から教える事にした。算盤も、職人に図示して作って貰った。
この先、算盤は大いに役立ったことは言うまでもない。
二 再会
それから、もう5年が経つ。新太は21才に、リリアは18になっていた。リリアは新太も眩しく思えるほどに、その美貌ぶりが目立ってきている。ところがリリア自身は、その価値に気づいていない。
新太の指導の下、リリアは方程式や複式簿記の内容まで理解できるようになっていた。新太も今では裏方で、経営を支えている。それが、ロングバンテ家の商いに相当役立っているようだ。
そのような、帳簿を付けている商人は皆無だ。全て、どんぶり勘定が主流なのだから。ますます、ロングバンテ家は商売を手広く発展させていった。
すると、それを妬む商敵が現れるのも必然だった。
警察という組織がないこの国には、治安の維持は王国の騎士が行っていたが、市中はまだしも郊外などは手が回らない。商品などを運ぶ時には、ギルドの手を借りる事になる。そう言った事も有って、腕に覚えのある者はギルドへ登録して、その依頼を受け負っていた。
その日も、新築した邸宅に付随した高価な備品を納入するために、数台の馬車を連ねて隣町まで運搬する運びになっていた。隣町と言っても、片道2日の行程だ。
当然、護衛の為にギルド依頼して10名ほどの私兵を雇っている。新太もその納品の確認のために、商隊に参加する事になっていた。
ジェルマンと新太は、例のアンドレイが操る馬車に乗っている。
1日目は無事に過ぎ、2日目の夜だった。泉のほとりで、荷駄車を円形に並べてその中央で野宿をする事にした。供の護衛は、5人ずつ交代で寝ずの番をしてくれている。
夜も更けた頃、うとうとと眠りに就いていた新太に、大きな叫び声が聞こえて来た。
テントの中から外へ出ると、一人の護衛が胸に矢を受けて倒れている。
護衛達は闇の中から飛んでくる、無数の矢に対応している。矢は水平に飛んできて、敵は近くに居るようだ。
新太の顔面のすぐ横へも、矢が横切って行った。ジェルマンも飛び出してきた。
そこへまたしても、数本の矢が襲う。ジェルマンの背中に1本の矢が届こうとしていた時に、新太は身を挺してそれを庇うようにジェルマンの体に跳び着いた。
矢は新太の背中辺りに当たったと思われた。ところが矢は、新太の背中を避けるように角度を持って逸れて行った。シールドが働いたのだ。
「ジェルマンさん。危険ですから馬車の中で身を低くしていてください。」
新太はジェルマンの体を守るようにして、馬車へと移動していく。
その近くに、先ほど倒れた護衛の刀剣が有った。新太はそれを咄嗟に拾うと、矢が飛来した方へ駆けだして行く。
また数本の矢が、新太目掛けて飛来した。ところが、どれも新太の体には刺さらない。外側へ逸れたり、当たったと思った矢が地面へ落ちたりしている。
後方でまた、護衛のうめき声が聞こえて来た。
矢の飛んでくる方向へ50メートルほど走ると、暗闇の中に人影が現れた。10人程が居るようだ。弓矢を構えたり、剣を振り回したりしている。
誰もが新太よりも、屈強な荒くれ男たちに見える。
新太は果敢に、その中の一人に飛び掛かった。勿論、剣の使い方など知るはずもない。ただ闇雲に剣を突き出し、敵の体目掛けて襲い掛かっただけだ。
何としてもジェルマンと、積み荷を守らなくてはならない。自分の体は、シールドが守ってくれる。そう信じて、戦いを挑んだ。
そこへ百戦錬磨の、男の剣が襲い掛かる。新太は肩口から袈裟懸けに、バッサリと切られたはずだった。新太に痛みは感じなかったし、血も噴き出てこない。
でも、新太の顔から胸にかけて、赤い血でびっしょりと濡れていた。新太の剣が、敵の男の胸に深く刺さってそこから血が噴き出たのだ。返り血だった。
その剣を胸から抜くと、次の相手に対して同じようにして突き進む。
その形相と勢いに、さしもの相手も少し怯んだ。
それと、後方から雇った護衛の兵士たちも追いついてきた。新太が攻撃を仕掛けた事で、矢を放つ隙が無くなったのだろう。
二人目の相手を倒した頃に、付近は乱闘になっていた。新太は何度となく、敵の剣で叩かれたり刺されたりしていた。それでも、ダメージを感じていない。
シールドのお陰だという事は分かった。それでも、どの程度のダメージを防ぐことが出来るのかは、まだ不明だったので不安も有った。
喧騒が収まりかけた時に、一人の敵が一目散に逃げ出した。新太はその背中に向かって、腕を前に伸ばすと拳銃の引き金を引く仕草をしてみた。
暗闇の中にかぎ型の人差し指が浮かび上がると、走り去っていた敵の体がガクンと膝まずいて、体は前方へ倒れていった。
指先一つの動きで、この威力だ。
5年前は腕を降り下ろしたら、賊の首は跳び、その後方の木々も幹ごと切れてしまった。思いっきり力を込めたらどうなるのだろう?
一度試す必要が有るとそう実感すると同時に、無駄な殺生をしてしまったと後悔した。
辺りを見回すと、大抵の敵は倒されたり逃げ惑ったりしている。
野営の場所へ戻ると、ジェルマンは勿論、アンドレイも奮闘の中無事であった。
積み荷に被害は無かったが、味方の護衛には4人の犠牲者が出ていた。
無事であった者達は、お互いに健闘を称え合っていたが、さしもの元兵士たちだ。
直ぐに仲間の遺体を、丁寧に埋葬していく。そして墓標の代わりに、大きな石をその上へ飾っていった。
新太はアンドレイに言われて、自分が血だらけな事に改めて気づいた。泉に入って顔や手を洗うと、着替えをして一息ついた。
ところが、その夜はそれで終わらなかった。再びテントへ入って、寝入りに就こうとしていた時だ。テントの外から、護衛の兵士が小声で声を掛けて来た。
「何か怪しい気配がする。直ぐに起きて、馬車へ避難した方がいい。」
新太はシールドの強さや、ブレスレットの武器の強さを計りたいと思っていた。
それで、護衛の忠告を無視して、その前線に立った。ジェルマンとアンドレイには、馬車へ移動してもらう。護衛の兵士6人と新太は、その馬車の回りで馬車を守るように待機した。
護衛が言うように、闇の中にいくつもの赤く光る眼が覗いている。人の目ではない。
地面から、1メートルくらいの高さに位置している。もし獣だとしても、相当大きい。しかも多数の影が蠢いている。唸り声も上げず足音も忍ばせて、じわじわとその距離を縮めている。
その時に、天空に月が現れた。半月だ。淡い光が泉と馬車を照らし始める。
影の中からその光がさした場所に、獣が現れた。犬のようだが、体が鹿のように大きい。ブルーグレイの毛で覆われていて、犬よりも体と足の長さの比率が違う。
足の長さが長いのだ。
続きは明日。 ブルーウルフの襲撃




