新生活ー3
初めての決闘
ところが、賊も簡単には倒せない。盗賊も、相当な使い手ぞろいのようだ。
アンドレイは、3人を相手に手間取っている。そうしている間に窓ガラスが割られて、賊の手が紳士に迫った。
「危ない!」
新太は、とっさに紳士と賊を遮るように、身を乗り出して右手の掌を賊に向けていた。
その時だった。掌から光が発した。辺りが暗いせいなのだろう。その光は、
一瞬だったがはっきりと認識できる。 すると、ガラスを破った賊の肩口から血が迸り、その男は後方へもんどりうって倒れていった。
新太には何が起こったのか分からない。新太に分からないのだから、流石に紳士も目を白黒させている。
「何をした?」
思わず叫んでいた。当の新太も戸惑いを隠せずにいる。
「分かりません。」
そう言って、自分の掌をまじまじと見つめている。そこにはブレスレットが嵌っているだけだ。
《このブレスレットは、言葉の翻訳だけではなく、武器にもなるのか?そう言えばあの時、武器が欲しいと言ったような気がする。》
外では、なおもアンドレイが3人の賊と闘っている。決着は尽きそうもない。賊の方が若くて、力も有りそうだ。新太は危険を顧みず、ブレスレットの力を試したくなった。
考えるよりも先に体が動いていた。ドアーの鍵を開けると、外へと飛び出していく。
「何をしている。危ないぞ。アンドレイに任せておけばいい。」
紳士が叫んだ。
すると、遠巻きに戦況を見届けていた影が、新太に近寄ってきた。
「馬鹿な小僧だな。死にたいのか?」
大剣を抜いている。新太は右手を頭上へ上げると、男が剣を振るう前に、剣で相手を切るように、手刀を作ってその腕を降り下ろしてみた。
すると、またしても指の先が光ったと思ったら、一瞬で相手の男の首が体から離れて地面へと転がっていってしまった。後方の木々が幹ごと切れて、次々と倒れて行く。男の首の根元からは、噴水のように血が吹き上がっている。そして首のない胴体は、地面へと音を立てて倒れていった。
アンドレイを襲っていた男たちがそれを見て、驚愕の声を発して戦う手を止めた。
「お、お頭が!」
後の言葉が出てこない。馬車の中の紳士も通訳も、一応に驚きの顔をしている。
アンドレイだけは、その様子を見ていなかったようだ。相手の手が止まったことを幸いに、一人の男の胸に剣を突き刺していく。
男の胸からは、大量の血が滲み出て男はその場に倒れる。
それを見た他の賊たちは、一斉にその場から逃げて行ったのだった。
静けさが戻ると、新太は自分のしたことの残虐さに気が付いた。
体がわなわなと震え、足もがくがくと音を立てているような感じがしている。息が激しくなり、目も虚ろになっている。
紳士が馬車から降りて来た。新太の肩に手を置いて、新太を落ち着かせているような仕草だ。
「何も心配することは無い。君は私たちを助けてくれた。ただそれだけだ。
それにしても、君がこんな途方もない魔法を使うとはな。いや、ありがとう。礼を言います。」
紳士は、新太の力を魔法といった。アンドレイはいつの間にか剣を収め、何事もなかったかのように御者台へ戻っている。
通訳の男も、紳士と一緒に外へ出ていた。
紳士はその通訳へ向かって声を発した。
「ビグビレジ君。」
ピグビレジと言うのが、通訳の名前のようだ。静かだが、言葉に力が有る。
「私に何か、言う事は無いかな?」
ピグビレジは、下を向いて黙っている。
「今夜この時間、このルートを私が通る事は誰も知らない筈だ。アンドレイと君以外はな。なんでこんな襲撃を受けたのか、君は知っていそうだな。」
ピグビレジは紳士にそう言われると、言葉もなく一目散に走りだした。
御者台のアンドレイは、それを見て弓に矢を番えると、ビルビレジに向かって矢を放った。
矢は真っすぐに飛んで行く。50メートルほど先で、ビルビレジの背中へと刺さった。ビルビレジは、その場で俯きに倒れて動かなくなってしまった。絶命したようだ。
「あの男は、どこかの国の商人の手先かも知れないな。アラタ君。色々あって驚いた事だろう。後2時間もすれば街へ着く。今夜はゆっくり休むと良い。明日、改めてお礼とお願いがある。それと私の名前は、ジェルマン・ロングバンテと言います。ジェルマンと呼んでくれて構いません。新太君は、私とアンドレイの命の恩人ですから。」
そう言って、初めて笑顔を見せた。
ジェルマン・ロングバンテが案内してくれた宿は、相当に豪勢な宿だった。
新太は湯に浸かり、ふかふかのベッドで休むことが出来たが、人を殺した、それどころか首を切り落としてしまった光景が目に焼き付き、なかなか寝付かれずにいる。
それどころか、体が震えてまた胃の中の物を吐き出しそうにもなった。
それでも浅い眠りから目覚めると、いつの間にか用意されたのだろうか、綺麗な着替えが枕元に置いてあった。食事も用意されている。
着替えをして、食事が終わった頃を見計らって、ジェルマンが部屋を訪れて来た。
椅子に座ると、新太とテーブルを挟んだ向かい側へと座った。
「アラタ、良く眠れましたか?いや、愚問のようですね。あんな事が起こった後だからね。無理もない。でも、申し訳ないが今日明日は、私の為に働いてくれませんか。アラタに商談の通訳を頼みたい。見聞きした事を、最大限に私に伝えて欲しい。私の問いにも、分かる範囲で答えて欲しい。商談を優位に運ぶためです。勿論、入札を勝ち取り利益を得るためです。お願いできますか?」
ジェルマンは率直に、真剣な眼差しでそう言う。
「勿論です。私はジェルマンさんがあそこへ通りかからなければ、飢え死にしていたかも知れません。お役に立つ事でしたら精一杯やらせていただきます。」
新太は、深々と頭を下げた。
ジェルマンは、新太にあの魔法の力の事については何も語らなかったし、聞きもしない。新太にしたら、それはとても有難い事だった。自分でも、良く説明できない事なのだから。
ジェルマンの商談は、1日目も2日目も有利に運んで行った。
ジェルマンの力量が大きかった事が、その原因に間違いはない。新太の通訳も適切であったし、とりわけ多国語で話すライバル会社の雑談中の会話が、直ぐにジェルマンへ伝えられたことも、その一因だと思われた。
最終的には入札を勝ち取り、迎賓館の受注を取り付けたのだった。
そうして、またアンドレイの操る馬車で、セルレイという国元であるロングバンテ家へと帰還した。その間、ジェルマンやアンドレイとも打ち解けることが出来、その10日の旅は新太にとってはとても有意義な日々となったのだ。
隣国の商都もそうであったが、セルレイの商都も高い城壁のような壁に周りを囲まれ、その中心から放射状に張り巡らされた道路に沿って、色とりどりの家屋が並んだ一大都市である。
その中でもジェルマンの家は、家という範疇を越えてもう大邸宅だ。街の中心部近くに有り、張り巡らされた塀と門扉、広々とした前庭、荘厳ともいえる石造りの4階建てで、どれだけの富が有るのだろうかというほどのものだつた。
ちなみに、中心部には、領主の邸宅が有るようだ。
その邸宅の大広間に案内されると、其処には夫人と思われる女性と、その子供であろう二人の男女が出迎えている。執事と思われる年かさの男性や、メイドたちもお揃いの制服を着て控えていた。ジェルマンが部屋へ入ると、一斉に挨拶の声を上げてくる。
「おかえりなさいませ、旦那様。」
夫人と子供たちも、ジェルマンの傍へ近寄り、お互いに《おかえりなさい》と声を掛けあっている。すると、夫人が新太を見つけて夫に言った。
「そのお方なのですね?あなたを助けてくれたという少年は。」
「ああ、エレオノール。そうだよ。ユウキ・アラタという名前だ。今日からこの家で暮らすことになる。よろしく頼む。」
妻のエレオノールにそう答えている。
御者のアンドレイが、予め報告していたのであろう。新太は奇異の目で見られることなく、自然と迎えられていた。
「すみません、どこの誰かも知れないのにご親切にして頂いて。しばらくご厄介になりますが、よろしくお願いいたします。」
そう、ロングバンテ家の皆に新太は挨拶をした。
続きは明日。 荷馬車への襲撃




