新生活ー2
盗賊 襲来
「少年、何処へ行こうとしているのかね?」
驚いたことに日本語だった。ただ。唇の動きと言葉が合っていない。まるで、外国映画のアテレコを聞いているような感じだ。
「はあ、すみません。迷子になったようです。此処が何処かも分からないんです。」
驚きの感情を隠して、そう答えた。
「旦那様が少年を見かけて、一人で何をしているのだ、と訝しがっている。ここ等辺りには村もない。街まで歩いて行くには、まだ1日は掛かる。事情があるなら聞こう、と仰っている。どうする?少年。」
渡りに船だった。
「お願いいたします。私は怪しいものではありません。あっ、いえ、充分に怪しいのですが、けっして人様に危害を加える者ではありません。お話をさせて頂いてご納得いただければ、その街まで連れて行って頂けたらと思います。」
新太は精一杯の敬語を駆使してそう伝えた。
御者は馬車の中の人物と、何やら話をしている。すると、馬車の扉が開いた。
「乗りなさい。」
中からそう聞こえて来た。
「有難うございます。助かります。」
そう言いながら、新太は馬車の中へ入って行った。
馬車の中は快適そうに見える。床には絨毯が敷きつめられていて、座席は前後に広い空間を取って造られている。窓にはガラスが嵌められていて、御者との間にも小窓が有り開閉できるようだ。
そのご主人様と呼ばれた人物は、進行方向を向いて座席の中央に座っていた。先に目に着いたのは、足にフィットした白いズボンだった。足には革製の靴を履いている。ただ日頃目にする革靴とは違い、何方かと言うと靴底にゴムが嵌っていないブーツのような感じだった。
目線を上へ上げると、茶色の上品なダブルの服を着ていた。左胸の辺りに、勲章のような飾り物も付いている。細身の体だったが、精悍な顔をしている。見たところ年齢は30代後半のようだ。
向かい側の席にも、一人の男性がいた。此方も民間人のような気がする。40代だろうか?濃い紺のシングルスーツを着ていて、シャツは水色でネクタイのようなものは着けていない。代わりに、喉元に大きな丸いアクセサリーが付いていた。二人とも知性があり地球で言う西洋人のような顔をしている。髪は二人とも褐色だった。
新太が戸惑っていると、その向かい側の男が少し場所を移動して席を開けてくれた。新太が礼を言って、その紳士と向かい合わせに座ると、馬車はゆっくりと走り出した。
向かい側の紳士が口を開いた。
「黒い髪に黒い瞳。顔の造りも我々とは少し違う。外国人か?」
独り言のように聞いてきた。
「はい、父と旅行中だったのですが、事故に会ってはぐれてしまいました。」
「そうか、私が君を信用したのは、君が自分の事を十分に怪しいものだ、と自己評果したからだ。それでなければ、馬車には載せていない。」
「あっ、有難うございます。申し遅れました。私の名前は、ユウキ・アラタと申します。ユウキがファミリーネームです。」
そう伝えたが、それ以上何も答えられなかった。顔が上気して来た。
「行く当ては有るのか?」
「いいえ、父は事故で生死も分かりません。どうしてよいのか、途方に暮れていました。」
「私は隣の国のものだが、いまから商用でこの国一番の商都へ出向く。君の隣に座っている者は通訳だ。商用は2日で終わるから、その後で私の屋敷に同道するがいい。君さえよければだが。」
淡々と話す。新太はなぜか涙を流していた。死ぬかもしれないと思っていたのに、こんな親切な人と巡り会えたなんて。その感慨が感情を刺激した。
「あ、有難うございます。私に出来る事は何でもいたします。よろしくお願いします。」
涙声になっている。深々と頭を下げた。
「うん、後は御者のアンドレイに任せる。いいね、アンドレイ。」
アンドレイと呼ばれた初老の御者は《はい、旦那様》と答えただけだ。
すると、何故か隣に座っていた通訳だと紹介された男が、新太に話しかけて来た。
「君は外国人だと言っていたが、何という名前の国なんだ?」
少し、意地の悪い顔をした。その言葉を聞いて、紳士が驚いた顔をした。何故かは分からない。
「はい、ニッポンと言う名前の国です。」
新太はでたらめも言えないと思って、正直にそう答えた。すると、向かい側の紳士が、再度驚いた。通訳が話しだす前にそれを遮り、その紳士が話しかけて来たのだ。
「君は、アンバシド語も話せるのか?」
新太は、不思議そうな顔をする。何と答えたら良いのかも分からない。新太としたら、紳士が話した言葉も、通訳が話した言葉も同じ日本語に聞こえているし、答えた言葉も同じ日本語だ。
そうか、通訳の男は、紳士とは別の言葉を使ったのか?それで僕が理解できないと思って意地の悪い顔をしたり、紳士が驚いた顔をしたりしたのだろう。そう思い立った。これは、ブレスレットが自動翻訳してくれている。それも理解した。
「すみません、よく分からないのですが、お二方が何と言っているのは分かります。」
戸惑いながらもそう答える。
すると、紳士がカバンの中から一枚の書類を差し出してきた。
「これに目を通してくれ。」
新太は一枚の紙を手に取り、ざっと読み始めた。ブレスレットは、書類まで翻訳してくれているようだ。
すると同じ内容の文が、4回段落を区切って書かれていた。全て同じ文章だ。不思議に思って聞いてみた。
「あの、これはどういうことなのでしょうか?同じ内容の文章が、4回も書かれていますが?」
それを聞いて隣の通訳が、その書類を奪うように取り上げた。それを読みながら
「こ、これが全部読めるのか?」
と、驚愕の声を上げた。すると紳士が落ち着いた声で、答えてくれた。
「この書類は、4か国語で書かれた入札の案内書だ。各国の代表に、平等を期すために同じ内容を記してある、との証明にもなっている。君が、同じ内容の文章であると答えたのは、4か国語を理解したという事だ。それで隣の通訳が驚いたのだよ。」
紳士は何かを考えているようだった。隣の通訳は、その意味が分かったのだろう。落ち着きのない仕草をしている。
「それに、・・」
紳士が続けた。
「君は入札の意味も、其処に書かれている内容も理解できるのかな?」
「はい。大方は。4か国の商人が集まって、アンバシド国の迎賓館を建築する入札を行う。設計図は予め別途用意してある。それぞれに同席を認めるアンバシド国語の通訳は1名。設計図の内容は、守秘義務。違反したら断罪。アンバシド国側は、それぞれの国の通訳を一人ずつ、計4人の通訳を配する。1日目で2商社を選び、2日目で最終決定。価格だけでの入札ではない。そのような事だと思います。」
新太は理解の範囲でそう答えた。
「ふむ、間違いはないようだ。君が4か国語を話せるなら、我が方にとっては有利になる。誰が何と言っているのか、即座に分かるという事だからな。それに君は、その年に似合わず相当な教養も有るようだ。いつから勉強を始めたのだ?」
「いやぁ、教養が有るとは思いませんが、勉強は6歳からです。本を読むのが好きで、本は3歳から読んでいました。」
新太は、褒められたと思って、頭を掻いている。
そうこう話しているうちに、日が暮れて来た。馬車はまだまだ走行していた。
話も一段落就いたようで、紳士も通訳も、それからは話しかけてこない。何時しか新太は疲れも出て、背もたれに身を任せて眠りに就いてしまっていた。
突然、物音がして馬車が止まった。新太が目を覚ますと、もう日は暮れていて辺りは真っ暗であった。眠っている間にも、馬車は商都へ向かって進んでいたようだ。
「旦那様、お気をつけて。盗賊のようです。鍵をしっかり掛けておいてください。ここは私にお任せを。」
紳士に慌てた様子は無い。
落ち着いた様子で
「うむ、大丈夫だとは思うが、充分に注意してな。」
そうアンドレイに告げている。
新太が闇の中へ目を凝らして見てみると、5~6人の影が馬車を取り囲んでいる。アンドレイは背もたれ付近に備えられた長剣を手に持つと、御者台から降り立った。
賊の一人が、馬車の窓ガラスを破ろうとしている。それを見たアンドレイは、その賊に切りつけた。老人とは思えないほどの俊敏さだ。賊は肩口を切られたようだったが、血は出てこない。地面へ蹲り、相当に痛がっている。剣は切るための物ではなさそうだ。
それを見た他の賊たち数名が、アンドレイを取り囲む。
一人が正面から、大剣を降り下ろした。アンドレイと呼ばれた男は、その剣を下から受けて振り払った。すると右側から、他の賊が切りかかった。
その攻撃も、アンドレイは凌いでいる。すると今度は、アンドレイの後ろ側から、剣を突いて来た者がいた。それを紙一重でかわすと、アンドレイの剣はその賊の脇腹を激しく打ち付けた。その賊は転がっていく。
賊の一人が馬車の扉に取り掛かって、開けようとして来る。
隣の通訳の男は、恐ろしさのあまりか大袈裟に悲鳴を上げた。紳士も身構えた。
新太は何かできる事は無いだろうかと思ったが、武器もない。思わず
「僕に武器が有れば。」
と口に出して言ってしまった。紳士は、それを聞いたのだろう。
「心配はいらない。アンドレイは強者だ。」
と言った。
続きは明日。 《初めての決闘》




