4 漂流者ー2
出発
しばらくして、ブルーノが地図らしき、なめし皮で造られた書類を手に戻ってきた。
「これなのだが、貴君に読めるのか?」
そう聞いてきた。
新太はそれには答えずに、その地図を広げた。そこには、新太がどこかで見たような地形が描かれていた。その地図は大陸の一部のようであり、全体図は無い。
すぐに思い出した。軌道上でシャトルから見た、この惑星の二つある大陸のもう一つの大陸の地形の一部だ。
その地形の中に、細い線が地形を何区画かに分けて描かれている。それは国境のように見えた。
さらに、その国の名前らしき文字も書かれている。ルネと言う名の女性が言っていた《サンデオール》と言う国の名も記されているし、各国の首都らしき記載も有る。
サンデオールは、海の近くの広い区画だった。隣との国境には、高い山が描かれていて、其処に赤い✖印が付けられている。
さらに其処へ向かう道の途中には、川や湖、トンネルらしき記載も、町や村と思われる名前の記載も有った。
また《危険個所》と記された場所も、各国に分かれていたが、所々に見られた。また大きな街の位置や、沿岸には港らしい街の記載が有る。
この地図の正確性にもよるが、これは充分にその国々とっての極秘情報だ。
新太は、ルネの言った言葉の内容や地図の内容を、この一執政官に話しても良いものかどうか迷った。迷った末に話はしないと決めた。
ブルーノ執政官が焦れたのか、新太にまたもや聞いてきた。
「それでどうなのだ。何か分かったのか?」
新太はそれにも応えず、もう一度ルネに問い質した。
「この地図だけれど、ルネさんはこの内容を知っているの?たとえば、この✖印が何を表しているのかとか。」
「いいえ、分かりません。私はただ、持っていただけですから。嵐の中で、箱に縋り付いていた時に、思わず掴んだのだと思います。それをただ懐へ入れてしまって。」
ブルーノが、いたたまれずに怒った顔で問い正してきた。
「もう、会話が成立している事は明白だ。貴君は、このルネの言葉を解している。その事を上司へ報告させてもらう。その後のことは、私のようにはいかない。必要と有れば、拷問しても聞き出すぞ。」
ブルーノは、地図を奪うようにして部屋から出て行ってしまった。新太は部屋のドアーを開けようと思ったが、鍵は掛けられていた。ルネと二人で、取り残されてしまったようだ。
その間に、新太はルネにそれまでの生活の様子を聞いていた。
それによると、そのサンデオールと言う国は、セルレイよりも文明が未発達のようだった。
王族でも、獣の毛皮を着用しているようで、各家庭に井戸もなく家屋も粗末であるようだった。王城の立派さと、人々が着ている綺麗な服に驚いたと言っている。
再びドアーが開かれ、ブルーノとその上官であろうと思われる男が入室して来た。その男が言った。
「オレリアン・ブーレーと申す。ブルーノ執政官から、貴君がルネ嬢の言葉を解して会話を行ったと聞いた。その内容をぜひ教えて欲しい。これは依頼ではない。命令である。」
オレリアン・ブーレーと名乗った男は、尊大にそう告げて来た。新太は恐れることなく、こう答えた。
「あなたは、どのような役目の方ですか?もし、宰相やそれに準ずる役職であれば、喜んでお話します。そうでなければお断りします。」
新太も臆することなく話した。
「その内容は、それ程重要だというのか?」
「はい、私はそう思います。」
ブーレーは暫く考えていたが、徐に答えた。
「分かった、宰相に取り次ごう。それで間違いなく、話を聞かせて貰えるのだな?」
「はい。」
新太は、簡潔に答えた。
今度はブーレーが先に歩き、新太がそれに従う形で部屋を出ていき、仰々しく飾られた大きなドアーの中へと入って行った。
しばらく待たされ、新太は部屋の中へと招き入れられた。
部屋の中には、大きな机の向こう側に、宰相のクリスチーヌ・カステル様だと紹介された女性が座っている。
新太は《えっ、女性なのだ》と、思ったが口には出さない。
その女性の年齢は、40代に見える。髪は黒褐色で、何方かと言うと縮れ毛で、その為か他の女性と比べて短くまとめている。
今でも充分に美人と言えたが、もっと若い時にはどれほど美人だったのか、と思わせる雰囲気を持っていた。
襟元と胸元にフリルのついた白のシャツを着ていて、黒のロングスカートを身に着けているようだった。
新太を上目遣いに見ると
「そこへ座ってください。」
と椅子を勧めた。
斜向かいの長椅子へ新太が座ると、ブーレーに対して
「ご苦労様でした。退席して構いません。」
と告げている。
ブーレーの顔には、不満の色が残っていた。カステル宰相に深々と頭を下げて退いて行ったが、部屋から出る時に小さな音で舌打ちをしたようだった。
「それでは伺いましょう。どのように重要な話なのですか?」
新太はそれでも、話の核心に入らなかった。
「その前に、ご確認しておきたい事がございます。カステル様は、この国や他の国々が丸い星の上に存在している事を、御存じでしたでしょうか?」
カステルの目が驚いている。
「何を言っている。この地上が丸い訳があるまい。たわけた事を言うな。」
今度は怒り始めた。
「そうですか。それでは海は見た事がございましょうか?」
「当たり前じゃ。そんな事で私と話をしたいと言っていたのか。そんな事より、早くルネとの会話の中身を話しなさい。」
新太は、辛抱強く話を進める事にした。
「それでは、海の果てはどうなっていると思われていますか?」
其処に居たってようやくカステルは、この話は何かの前振りなのかと思い至った。
宰相を務めるほどの人物だ。頭の回転も速いのだろう。気を鎮めているようだ。
「私が、子供のころに教わった海の向こうは、滝のように海水が流れ落ちているのだそうだ。誰も見た事がないのだから、真偽のほどは分からないが多分そうなっているのだろう。」
そう答えた。やはりそうだ。惑星が球体であり、その半分ほどが海に覆われているという観測はまだされていない。
自分たちが住んでいる世界が全てだと、そう思っているのだ。
ましてや、他の惑星に生物がいて他の社会を営んでいるのだという、そんな事は思いもつかない。この惑星の中だけでも、別の大陸が有るとは思っていない。あの大洋を航行する技術がないのだから仕方がない。
「実は、ルネ嬢の話ではこの大陸とは別に、海の向こうにも大きな大陸が有るのです。そこには別の人種が済み、別の文明が有る。あのルネ嬢と地図は、それを証明していました。」
話が見えて来た、とカステルは思った。
あの果てしなく続いていると思われた、海の向こうにもう一つの世界が有る。そこには金も眠っている。真相はそれだったのだ。
これは他の国々に知られてはまずい。よくぞ、私だけに伝えてくれた。そう思い至ったようだ。新太の話は、まだ続いた。
「それで今の話が真実だとして、カステル様はどうされたいと思われますか?」
「勿論、その国々を征服して、金を我が国のものにする。」
人は、自分が信じたい事柄が真実だといわれると、それを信じる傾向が有る。
「それで、その方法は?あの海の彼方へ、他の国を征服するだけの人や機材、そしてそれらを運んで行く手段やその財源、そしてそれに見合うだけの見返りが保証されているとお考えですか?
それとそれが仮にできたとして、もし失敗すれば、今度はこの国を始め、この大陸がそれらの国々に知られて、侵略される恐れもあります。」
今のこの国の技術では、あの大洋をそれだけの大軍を率いて渡るなど夢物語に過ぎない。
周回軌道から、あの大陸を見た時からそう感じていた。
カステル宰相は、即座にそれを察したのであろう。黙ってしまっていた。
「それで、私からご提案があります。この件は王様とカステル様だけの胸の内に納められて、何時の日か機会が来るのを待つ、と言うのはどうでしょうか?
知っている、という事だけでも。充分に国の役に立つと思われますが。それにルネ嬢も、いつかはこの国の言葉を理解できる日が来ます。
秘密を守る為には王宮に置かず、私にお預かりさせて頂きたく思います。
責任を持って、教育を致します。」
そう伝えながら新太は、アローとシャトルならばすぐにあの大陸へ飛んで行ける、行ってみる価値はありそうだ、そう考えていた。
カステル宰相は、しばらく考えを巡らしていたが
「分かった。陛下にお伝えしてくる。それまでは暫時ここで待たれよ。」
そう言って、部屋を出て行こうとした。
「すみませんが、その間にもう一度あの地図を拝見させて頂けませんか?」
新太は、そう依頼してみた。カステルは、まさか新太がその大陸へ渡ろうなどと思っていたり、それを実行しようと考えていたりしている、とは思いもしない。
《よかろう》と言い残して部屋を出て行った。
新太は地図を受け取ると、それをメモに移し替えた。後日の為に、出来るだけ正確に写す必要が有った。宰相が戻る前には、ある程度の時間がかかった。地図を写すのには、充分な時間だった。
国王は、漂流者の言語を新太が理解した事、海の向こうに広大な大陸が有る事、金の産出が見込まれるが定かでない事、その大陸へ多数の兵士を連れて渡る方法が今のところない事、等々を考慮して、今回は秘密裏に決着させると判断したようだ。
宰相はその旨を新太に伝え、併せてクレマンには、国王に熊の毛皮を献上したことに対しての褒美を与えた。
また、新太に対する労いの言葉と褒賞を陛下が授けてくれた、とその伝言と褒美を二つの袋に入れて持ってきた。新太はそれをわざと恭しく受け取ったのだった。
王都へ来る時はクレマンと2人きりだったが、帰りはルネを伴って3人旅となった。
クレマンが、褒美とルネの同行で大いに喜んだのは言うまでもない。
商都へ戻ると早速、新太はジェルマンにルネを家のメイドに使って貰う事を願い出た。
ジェルマンはそれならばと、新太個人のメイドにする事を提案した。
肝心の今回の事の顛末については、話の内容は機密の部類に属するが、と前置きしてからだったが、ジェルマンに詳細に説明をしていった。
新太自身が、その大陸へ行くと決めていたし、何日かかるか分からないために仕事の引継ぎも有る。その承諾を得るためだ。
それにその準備には、ある程度の金銭も必要になる。それは、王からの報奨金を充てる事にしている事も伝えた。
その話は、敢えてエレオノールにもリリアにもレオにも聞いて貰った。
「それで勝手に申し訳ありませんが、私はその大陸へ行ってみたくなりました。」
そう告げると、リリアとレオの目が輝いた。
「私も行きたい。」
「僕も付いていく。」
二人は異口同音に言った。
「いや、リリアさんやレオさんには、私の代わりに仕事を引き受けてもらわなければなりません。それにどのような危険が待っているかも分からないのです。
お連れする訳には行きません。ただその間、ルネだけは同行させてください。現地での案内役や説明役をお願いしたいのです。」
そう言うとルネは承諾したが、リリアは無気になって反論した。
「駄目よ!ルネだけがアラタと同行するなんて。私は耐えられない。」
ルネは、異国の風貌でとても魅力的な娘に見える。身綺麗にしていると、余計にそう見える。リリアが早くも嫉妬をしている。
新太が困っていると、ジェルマンが言った。
「行くのには例の船を使うのか?」
敢えて《船》と言った。
「そうです。ミツキも同行します。行くだけでしたら1日もかかりません。それに安全なのですが、現地の様子が全く分かりませんので、リリアさんには無理な気がします。」
ジェルマンは、少し考えてから口を開いた。
「アラタ君、リリアも連れて行ってくれないか。レオは諦めさせる。美女二人に囲まれて、アラタ君を一人にはさせられない。
リリアもそれを案じているのだろう。そんな事は無いと信じたいが、親の心配と親ばかだ。リリアの希望を叶えてやってくれないか?こちらの事は何とかする。それにあの船の中だったら、何処にいても安全に思える。リリアには、その留守番をさせてくれればそれでいい。」
意外なジェルマンの言葉だった。新太はジェルマンに信頼されているのだと、胸が熱くなるのを感じていた。
「分かりました。ジェルマンさんがそうおっしゃるのなら。」
リリアは満面の笑みを浮かべた。反して、レオは膨れっ面をしている。
準備には、それ程の期間を要しなかった。ただ、仕事の引継ぎも有った事から、出発は1週間後にした。
その日の朝、あらかじめ連絡していたように、シャトル4が新太の居室のバルコニーへと到着した。姿は現していない。
シャトルへ乗り込む時に、特にルネは怖さのあまり腰が引けて、どうしても乗り込めない。無理もない。何もない空間の場所へ、手摺から足を運べというのだ。
美月がルネの体を抱いて、シャトルへと乗り込んだ。リリアと言えば、少しは慣れたようだ。
怖さは有ったのだろうが、新太を信頼もしていた。手摺に乗る時に、新太の手を借りただけだった。
シャトルについては、ルネには一切の説明をしていなかった。ただルネには、この国にはこんな乗り物が有るのだ、という認識しかなかったようだ。
続きは明日。 5 異世界ー1 巨人の屯する洞窟




