4 漂流者ー1
クレマンとルネ
四 漂流者
春も過ぎ、初夏の香りの季節が巡ってきた。新太が仕事から戻り、ジェルマンの邸宅へ戻ると、直ぐに居間へ来るように言付けをされた。着替えもしないまま、居間へ向かうと、其処にはあのアド・ウィストリア卿が椅子へ座っていた。
新太が姿を現すと挨拶もそこそこに、ウィストリア卿がジェルマンに話し出した。新太を待っていたようだ。
「実は先日、王都へ行ってきました。陛下にお会いして、今後どうすればいいのかと、ご相談を受け賜わりました。」
引退してもなお、王のウィストリア卿への信頼は厚いようだ。
ジェルマンがそう感想を言うと、そうではない、と言う。それにはちゃんと訳が有った。
ウィストリア卿は、息子に新太の話をしたようだった。
不思議な力や、シャトルなどの話ではない。あの怪我で滞在中にジェルマンから聞いていた、新太が4か国語を理解した、と言う話である。
それが今回は王都兵の長官である息子から、国王の耳にも入ったらしい。
そのような前置きの後で、ある漂流者の話をしだした。
新太たちの居る商都が有るセルレイ国は、その大陸の1/5ほどを占めている。王都や商都は、何方かと言うと内陸部にあったが、海岸部にも領地は有る。
そのある領地の海岸に、外国人と思われる女性が打ち上げられたというのだ。そのような事は、時々あるので珍しい事ではない。
ところが、意識を取り戻したその女性の言語を、誰も理解できなかった、という事のようだ。さらにその女性は、身分は卑しそうに見えたが、懐に金の塊と見た事もないような地図が入っていたという。
その意味も分からない。
この大陸の、他の国の言語は全部が理解されている。それが地方の訛りの有る方言であっても、王宮の中の誰かしらが話す事は出来るのだ。
ところが、その女性の言葉だけは誰が聞いても分からなかったようだ。
そこで、ウィストリア卿から聞いていた新太の話が出た。
15~6歳で、書類に書かれていた4か国語を理解したのだ。しかも、外国人だ。もしかしたら、それ以外に他の言語も理解しているかも知れない。
だから、その女性の言葉も分かる可能性が有る。そのような訳で、新太が王都へ出向き、その女性の言葉が分かるかどうか確かめて欲しい、との要請が出たという話だ。
このように正式な召喚状も預かっている、とウィストリア卿は国王からの召喚状を携えていた。それが話の趣旨だった。
王の要請は断われない。否が応にも出向くしかないらしい。ジェルマンは新太に、王都へ出向くようにと進言した。
王都までは、馬車で片道8日を要する。
途中でどんなアクシデントが待ち受けているかも分からない。が、新太の持つ不思議な力はジェルマンも知っている。心配することは無いだろうとの判断だったが、それでも道案内を兼ねて護衛を一人雇う事になった。
ギルドに連絡すると、あのクレマンが名乗りを上げてくれた。馬車の御者も、そのクレマンが引き受けると言っている。
二人は旅の準備を整えると、王都へ向かって出発した。
途中で一度だけ、危険だと思われた場面が有った。山道を辿っていた時だ。
前方の道脇から、黒毛の大きな熊の親子が出て来た。こちら側を向いている。熊と言っても、大きさは馬ほどある。子供でもその半分ほどだった。
二頭の熊は、よほど腹が減っていたのだろう。二頭の馬を見つけると、逃げるどころか一目散に駆け寄ってきた。二頭の馬は恐ろしさのあまりか威嚇の為か、後足で立って前足をばたつかせ大きく嘶いている。
クレマンは馬をなだめ、御者台から飛び降りると大剣を抜いて正面へ構えた。新太は、馬の嘶きに気付いて外を見ると、既にクレマンは大熊と対峙していた。
新太が馬車の外に出ると同時に、二頭の熊はクレマンに襲い掛かった。
クレマンは、飛び上がって攻撃してきた親熊の前足を剣で薙ぎ払う。その間に、子熊が背後から襲い掛かる。
その攻撃をクレマンはかわすと、弾みで地面へ転がった。新太が《危ない!》と叫んで、攻撃をしようとすると、クレマンは掌を新太に向けてそれを制止した。自分に任せろ、という事らしい。
クレマンにはクレマンの考えが有るだろうし、面目も自信も有るのだろう。
新太はそれを察して、静観する事にした。万が一の時には、手助けすればいい。
クレマンは、勇敢にも親熊へ飛び掛かって行った。熊は半立ちになって、クレマンの顔面へ襲い掛かる。クレマンは飛び上がるのを止めて、スライディングをして熊の後ろ足を狙った。
大剣は後ろ脚を打ち付け、その一撃で親熊の後ろ足は負傷したようだった。
少し庇っている様子が見える。
それでも果敢にクレマンに挑んでくる。
その後足で立って、両手を広げ唸り声で威嚇している。その前足が攻撃を仕掛ける前に、クレマンはその懐へ飛び込んだ。
前足がクレマンの頭や背中を殴打したと思われたその瞬間、クレマンは左側へ避けると熊の右わき腹に大剣を突き刺した。熊の後ろ脚がぐらつき、体制が崩れたように見えた。
大剣は柄の辺りまで腹に深く突き刺さっている。と、同時にクレマンは剣をそのままにして、熊の攻撃をかわしながら、前方すなわち熊の後方へすり抜けた。
親熊は大量の血を流しながら、苦しみもがいている。
そして、ついには地面へと倒れ込んだ。すると子熊が、その親の元へ寄って行って、鼻の辺りをクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。親熊の息が、段々と弱くなっていく。
親熊がこと切れたと本能的に悟ったのか、子熊はその場から立ち去って行った。
子熊にとっては、不憫な気もしたが致し方ない。
クレマンは、親熊の所へ戻って来て剣をその腹から抜き取った。
新太の所に来て
「少し、時間を頂いても構いませんか?この熊の毛皮はとても貴重なものです。国王に献上すれば、たいそう喜ばれると思います。此処で、熊の解体をさせて頂きたいのですが。」
と話しかけた。
「ええ、それ程急ぐ旅でもありません。どうぞお気のすむように、やってください。」
正直、新太は熊の解体の様子を見たくはなかった。とても残酷な気がしたからだ。
でも、考え方によっては、殺したまま放置する方がよほど残酷なのかも知れない。せめて、役に立つように毛皮を剥ぎ、肉を切り取って有難く頂く、その方がよほど良心的なのかも知れない。でも、それも人間の勝手な理屈なのだろうか、そうも思っていた。
王都へ着くと、その日は宿に泊まりゆっくりと寛いだ。
翌日の昼前、宿から王城へと向かう。新太もクレマンも、それなりの服に着替え身綺麗にしている。
門番にはあらかじめ連絡が行っていたのであろう。アド・ウィストリア卿より預かった、王の召喚状を提示すると直ぐに城内へと案内された。
クレマンは別室で待つように指示されたようだ。
クレマンとは別々になり、新太が通されたのはそれほど広くない執務室のような部屋だった。
促された椅子で座って待っていると、執政官のブルーノと名乗る男が、若い女性を伴ってその部屋へと入って来た。そして、新太の対面に置いてある、3人掛けのソファーへ二人で座った。
この女性が、例の漂流者の女性なのだろうか?
城内に居るのだから、服装はちゃんとしている。黄色の上品なドレスを纏っていた。
ブルーノ執政官が、話しかけて来た。
「ユウキ・アラタ殿ですね。遠いところからお出でいただき、誠に恐縮です。召喚状は陛下からですが、陛下とはお目通りできません。恐縮ですが、私がお相手させていただきます。」
そんな前置きだった。王様とあろう人が、そうやすやすとどこの誰だか分からない若者に会う訳はなかろう、と思っていたがまさにその通りだった。
「いえ、それは全く構わないのですが、私がこの女性と話ができるかどうかだけを確かめられたいのですよね?」
「そうなのですが、それだけの為に来ていただき申し訳ない。実は、誰もこの女性と意志の疎通ができないので、困っています。
諦めて追放しても良いのですが、金塊を持っていた事や、私達が知らない地図とその読めない書類を持っていた事から、どこかの国の使者だったら無下にも出来ない。
とはいえ、漂着した時のこの者の服装は、とてもみすぼらしいものでした。その差が何処から来るのか、それとこの地図は何処の何という国の物なのか、金塊はどうやって手に入れたのか、そのような事を知りたいのです。
もし我が国がまだ知らない国が有り、其処で多量の金塊がとれたり、新しい領土が残されたりしているのであれば、それは我が国にとって見過ごす訳には行きません。ぜひ貴君の知識で解き明かして頂きたいのです。」
趣旨は分かった。つまり未知の領土が有るなら、それを侵略して自分の手の中に収めたい、そのような事だと理解した。
それだったら、あまり協力はしたくないとも思ったが、興味の方が勝ってしまった。でも、要はこの女性と話せなければ何もならない。ただそれだけのことだ。
このブレスレットの翻訳機は、どのような機能になっているのか皆目見当もつかない。はたして、未知の言語にも通用するのだろうか?
新太は、目の前の女性に問いかけた。
「あなたの名前は、何と言うのですか?」
女性は答えない。やはり通じないのか?いや、相手が、自分の言葉を理解していないのだ。
翻訳機はまだ機能していない。
相手が自分の言葉を発しなければ、翻訳機もその機能を発揮できない。
そう思って新太は女性に身振り手振りを加えて言ってみた。
「私の名前は、ユウキ・アラタです。あなたのお名前を教えてください。」
するとその女性は、初めて口を開いた。新太には、日本語に聞こえて来た。
「私の名前は、ルネ・リシャールです。」
女性は、自分の名前を聞かれたのだと思ったのだろう。
すると、ブルーノ執政官が口を挟んできた。
「ルネ・リシャール、と言う名前は既に分かっています。その前後に言った言葉が分からないのです。多分、私とか、あなたとか、そのような言葉だと思いますが。」
新太が来る前に、色々な方法で確かめたのだろう。名前や年齢などは分かっているのであろう。
新太は続けて言ってみた。新太にしてみれば、同じ日本語だ。
「あなたの国は、何処にあって何という名前なのですか?」
今度は、手振りなどは全く使わなかった。
「私の国はサンデオールと言います。海を越えた向こう側にあると思います。」
翻訳機能が働いたようだ。新太の言葉を理解した。ルネの言葉もよく分かる。
「あなたは、どういう方法でこの国に来たのですか?」
ルネ・リシャールと名乗った娘が続けて答えた。
「奴隷として売られる先へ、船で運ばれていました。ところが嵐に会って、船は難破してしまったのです。私は大きな箱が流されてきたので、それに掴まって何とか助かりました。気が付いた時には、この国に運ばれる途中でした。誰の言葉も分からず、ずっと不安でした。この国でも、奴隷として扱われるのでしょうか?」
新太は、少し考えてから答えた。
「多分、それは無いと思います。もしそうだとしたら、私があなたを保護します。あなたを奴隷として売ろうとしていたのは、誰なのですか?」
「国の偉い人です。でもこの国の人よりも、とても乱暴です。」
「持っていた金塊は、何処で手に入れたのですか?」
「あれは、貴重なものなのですか?私が乗っていた箱の中に有りました。あの書類も同じように箱の中に入っていました。」
「金塊は、とても貴重なものです。それではその書類を拝見させていただきます。」
目の前にいるブルーノ執政官が、目を白黒させている。
会話が一区切りついたと判断したのだろう。それまで黙っていたが、新太に話しかけて来た。
「次々と、会話らしい言葉をやり取りしていたようですが、本当に分かって話していたのですか?分かっていたのでしたら、今のやり取りを説明していただきたい。」
新太は、話を中断されるのは煩わしいと感じていた。
「申し訳ありませんが、もう少し待って頂けますか?それよりも、この人が持っていたという地図を見せて頂けませんか?お話はその後にさせて頂きます。」
ブルーノは《しばし待たれよ》と言って、部屋を出て行った。そのかわりに、外に居た兵士が部屋へ入って来た。監視の役目なのだろう。
しばらくして、ブルーノが地図らしき、なめし皮で造られた書類を手に戻ってきた。
続きは明日。 出発




