1. 新生活
今日よりスタートです。
「ハルト!こんな事に巻き込んでしまって!」
申し訳ないという思いで、美月が叫んでいる。
「いいんだ、それよりもアラタだけは助けたい。まだ16歳なんだ。美玖も亡くなってしまったし、アラタまで死なせるわけにはいかない。」
春斗の悲痛な声が操縦席に響く。その傍らで、今まで笑顔で宇宙旅行を楽しんでいた新太が、必死に耐えて佇んでいる。アローは激しく上下に揺れているし、操縦席の操作盤には、あちらこちらで火花が散り煙も出ている。
今にも火災が発生しそうだ。
小型宇宙船のアローは、正体不明の大型宇宙船から攻撃を受けていた。
敵艦の攻撃は執拗で、もう何発も魚雷をそのシールドへ受けている。さしものシールドも、徐々にその効力を失いかけていた。
エネルギーが足りなくなっている。また、赤い閃光と共に幾つもの魚雷が迫っている。それを春斗と美月が必死にかわしていく。シールドは既に壊れかけていた。敵艦の強烈な魚雷は、そのシールドごとアローを破壊しようとしていた。
美月は必死でその魚雷網をかわしているし、春斗は敵わないまでも敵艦へ電子ビームや魚雷を放って行く。それでも敵艦のシールドに少しの損傷も与えていない。敵艦の強大な攻撃や防御のエネルギーは、尽きる事が無いように思えて来た。
また敵の魚雷がアローへ直撃した。大きな音と共に、船体がガクンと傾く。新太が衝撃で床へ蹲った。
「アラタ!大丈夫か!」
「うん、僕は平気。お父さんもミツキさんも怪我はない?」
「ああ、二人とも大丈夫だ。アラタは其処でそのままじっとしていろ。」
春斗が、ディスプレイの魚雷標準を見ながら叫んだ。 その間にも、敵艦は執拗にアローを攻撃してくる。アローが撃破されるのは時間の問題に思われた。
春斗は、14年ぶりに美月と再会した。その間に新太が生まれ、妻の美玖は新太が13歳を迎えた年に病死していた。それを知った美月が、あのアローと名付けられた、新艦の小型宇宙船に乗って春斗に会いに来た。そしてこの2年の間、美玖に代わって新太の面倒を見てくれていたのだ。
そして新太の高校進学を機に、春斗の秘密の冒険を新太に打ち明け、今年になってアローに乗って銀河への宇宙旅行を敢行してくれていた。新太にとっては、初めての宇宙旅行だ。正体不明の敵艦の攻撃は、その最中に始まったのだった。
突然のことで、その理由は分からない。最初は会話を試みたが、返事の代わりに魚雷が飛んできた。
「ハルト、此処は私に任せてアラタとポッドに乗って!」
こんな事態が起こるとは思わず、まだ新太にはパーソナルシールドの装着を与えていなかった。春斗は自分のブレスレットを外すと、新太の右腕にそれを嵌めた。
少しでも新太の役に立てばそれでいい、と思っている。
またアローに衝撃が襲った。突然、正面ディスプレイの下辺りで火災が発生する。
炎は天井まで届く勢いだ。船はガタガタと音を立てて揺れている。何かに掴まっていないと、倒れてしまうほどだ。
新太は咄嗟に消火器のある場所へ急ぎ、手に取るとそれを火元へ向けて発射した。天井まで届いていた火力が次第に弱くなる。
「アラタ!船の最後部に脱出用のポッドが有る。そこへ急げ。シートベルトを装着して右横に有る赤いボタンを2回押せば、自動でポッドは発射されて地球へ帰れる。お父さんと美月も、後から追いかけるから心配するな。いいな、分かったな?」
父、春斗が叫んでいる。
「本当?二人とも必ず後から来てくれる?」
新太が問いかける。
「ああ、心配ない。アラタのポッドが発射されて、敵艦の攻撃をアラタのポッドから目を逸らしたらすぐに行く。約束だ。だから直ぐ行け!」
その言葉を背中に、新太はアローの最後尾に走った。廊下を走っている時にも、何回も船が揺れてその度に新太は床に転がってしまう。それでも父春斗の言葉を信じて、必死に走った。
最後の扉を開けると、其処には球体の非常用脱出ポッドが、左右の壁に2機ずつ備えられていた。二人用で、前面に丸い窓が一つだけついている。
船の中には、緊急用のアラートが立て続けに鳴り響く。
《直ぐに艦を離れてください。危険です。》
機械的な声が、繰り返し聞こえて来た。新太はその場で躊躇した。父を待たなくていいのか?それでも父は、僕のポッドが無事に発射されなければ、此処へ向かってこないだろう。そう判断して、ポッドの一つへ乗り込みシートベルトを装着した。
その時だった。今までで一番の衝撃が走り、大音響とともに出入口の扉が内側へ吹き飛んで来た。扉は勢いよく、脱出用ポッドの一つに衝突して、ポッドは奥の方へ転がって行ってしまった。先ほど新太が走ってきた廊下は、火の海になっている。
父親と美月は大丈夫なのだろうか?特に父親は、パーソナルシールド装置も僕に渡してくれている。新太は迷いながらも、右側の壁に取り付かれている赤いボタンを、2度強く押し込んだ。
ポッドは勢いよく宇宙へと飛び出した。ポッドの小窓から見えたアローが、直ぐに小さくなる。ポットはゆっくりと回転している。その直後に、アローは大爆発を起こして、その姿は宇宙の片隅から消えて行った。粉々になった破片だけが漂っている。
敵艦の大きな姿が見えた。その姿はジンベイザメの形に似ていた。潜水艦にも似ている。正面は平たく、後へ行くにしたがって徐々に高くなっていく。
違うのはその背びれの辺りに、一段と高くなった場所が有る。艦橋のようだ。
その艦橋からまた次第に後ろへ下がっている。
その艦橋の横に、見た事のないマークが描かれていた。一見すると日本の家紋のようだが、動物の顔のようにも見える。新太はそのマークを溢れる涙と共に、見えなくなるまで見つめていた。
ポッドは漆黒の宇宙の中を、真っすぐに地球へと向かっていった。ところが突然、アクシデントが起こった。ポッドはガクンと音を立てて揺れると、急に回転し始めたのだ。
何かに衝突したようだ。小窓の外に、色々な形の岩が流れていく。流星群のようだ。
ポッドは前後左右に、ぐるぐると回転し始めた。その間にも、外側でゴツンゴツンとポッドへ当たる音がしている。新太は、必死に椅子へ縋り付いている。
かろうじてシートベルトが、新太を支えてくれていた。ポッドの進路が、流星群と衝突した事で変わってしまったようだ。また、あのアラートが鳴り始めた。
今まで感じた事のない、恐怖と船酔いに襲われてきた。思わず、胃の中のものを全て吐き出してしまった。それでもまだ、ゲイゲイと吐き出そうとしている。出てくるのは胃液だけになっている。
その汚物が、狭いポッドの中を浮遊しながら、新太の体や顔、それどころかポッド内部の機器へへばり付く。そのへばり付いた汚物が、一部の機器をショートさせた。ポッドから音声が聞こえて来た。
《危険です。緊急避難します。近くの地球に似た星へ着陸します。》
その声を聴いたのを最後に、新太は気を失ってしまった。
気が付くとポッドと新太は、波間に漂っていた。ポッドの小窓からは、水面とその向こうに緑が有る岸辺が見える。それほど遠くはない。
ポッドはゆっくりと、その岸辺に向かっているようだ。ショートに拠る火災は発生していなかった。ただ体と壁面のあちこちに、固まった汚物が付着している。新太はとりあえずする事も無かったので、シートベルトを外すと上着のジャンパーを脱いでから、Tシャツで顔だけは拭いてみた。
そうしている間に、ポッドは岸辺に着いたようだ。開閉ボタンを押すと、ポッドの扉が開いた。普通に息ができる。波打ち際に足を降ろすと、スニーカーの中まで水が浸透してきた。新太はスニーカーと靴下を脱ぎ、その水でTシャツを浸し、ポッドへ戻ると汚れている壁面や床を丁寧に拭き始めた。
このポッドが、取り敢えず新太の拠りどころになると思ったからだ。修理は出来ないのだから、気休めに過ぎないのだろうが、それでもポッドが何かの役に立って欲しい、そんな思いからだった。でもポッドからは何処へも連絡できないし、改めてポッドは発進できない。
作業が終わって改めて周囲を見渡すと、其処にはただ起伏のある平原が広がっていて、所々に林が茂っている。ポッドが落ちた所は広い湖になっていた。喉が渇いたので、その水を飲んでみた。美味しい。まだ何かできそうな気もしたが、辺りは段々と暗くなってきている。体も衰弱している。新太はポッドへ戻ると、シートへ横たわって眠りに就いていた。この一夜の睡眠が、ポッドの最後の役目になってしまった。
夜が明けた。改めて顔を洗い衣服の汚れを取っていく。新太は黒の学生ズボンに白のTシャツを着ていた。その上に青色のジャンパーを羽織っただけの姿で、持ち物は何も無い。空腹を覚えていた。
昨日あれだけ、胃の中のものをすべて吐き出したのだから仕方がない。何か口にできるものがないかと、林のほうへ向って歩きはじめた。
運のよい事に、林の中に黄色の実がなった木を見つけた。その黄色の桃に似た実を手に取って、口にしてみる。甘くておいしい。夢中で、何個かを食べきってしまった。
さらに歩き続けるには、この実が必要になる。10個以上をもぎ取って、それを着ていたジャンパーを脱いで、その中へ包んで持って行く事にした。
このまま人や街を見つけられなければ、飢え死にしてしまうのではないか、という不安が襲って来る。それでも歩き続けるしかない。
どの位歩いたのだろう。小高くなった丘を越えると、その向こうに一筋の道が見えて来た。舗装はされていない。幅が2メートルもない細い道だ。轍も残っていた。道が有るという事は、人が居るという事だ。新太は希望を持って、その道を下って行く方向へと歩きだした。
遠くで人の呼び声が聞こえたような気がした。前方には何も見えない。後ろを振り返ると、二頭の馬に引かせた小奇麗な馬車が見えた。声は、その方向から聞こえてくる。
その馬車が近づくのにつれて、声もはっきりとしてきた。何と言っているのかまでは聞き取れなかったが、どうやら自分を呼んでいるのだろうという事は分かった。
新太は歩みを止めて、その馬車を待つ事にした。馬車は新太の横で止まると、御者が話しかけて来た。御者と言っても身なりはしっかりしている。襟のついた紺のダブルの上着に、ワンガロンハットに似た帽子を被っている。
明日から、出来る限り午前中に続きを投稿する予定です。




