第八話 懺悔
薄暗い雲が空を覆っている。
胸の奥がざわついた。
争った跡。
地面に残る破壊の痕跡。
嫌な予感が、確信に変わる。
気づけば、走っていた。
そして――
「……あ?誰だ、お前」
振り向いた先に、鬼塚が立っていた。
だが。
目が合わない。
焦点が、どこにも定まっていない。
「……邪魔だ。殴る。全部、壊す」
声が低い。
いや、違う。
感情が抜け落ちている。
理性が、ない。
「鬼塚……」
呼びかけても、反応しない。
「うるせぇ」
一歩、踏み出す。
地面がひび割れる。
「黙れ。黙れ黙れ黙れ」
拳が震えている。
怒りではない。衝動だ。
――完全に呑まれている。
俺の到着が、遅れたせいだ。
喉が締まる。
止める方法は、ひとつ。
だが――。
それを使えば、
鬼塚の人格が、壊れるかもしれない。
もう二度と、今の鬼塚に戻れないかもしれない。
それでも。
鬼塚が地を蹴る。
空気が裂ける。
「全部、ぶっ壊せば……静かになるだろ……?」
その言葉だけが、はっきりしていた。
俺は歯を食いしばる。
「……くそ」
手が震える。
隊長なのに。
また間に合わなかった。
「鬼塚」
届かないと分かっていても、声を出す。
「ごめん」
一瞬だけ、鬼塚の動きが止まる。
錯覚かもしれない。
それでも、俺は続ける。
「俺は……お前の隊長なのに」
胸が痛い。
それでも、決める。
震える手を、前に出す。
震えごと、押し殺す。
意識を一点に束ねる。
乱れた感情を、凪がせる。
俺の能力は、止める力じゃない。
――鎮める力だ。
「ごめんな」
鬼塚が拳を振り上げる。
その瞬間。
――《能力・抑界》――
世界が沈む。
衝動が、削ぎ落とされていく。
暴走していた力が、静かに沈下する。
鬼塚の目から、光が抜ける。
膝が折れる。
鬼塚の体を抱き留める。
重い。
「……二回目だ」
次は、もう通じない。
俺は鬼塚の顔を見る。
生きているのかわからない。
――本当に戻るのか。
人格は。記憶は。
わからない。
俺がやったことは、救いか。
それとも、侵食か。
正しいかどうかなんて、決められない。
それでも。
放っておくことだけは、できなかった。
「……隊長失格だな」
自嘲が漏れる。
迷いは消えない。
それでも俺は、鬼塚を背負う。
この重さごと。
たとえ――いつか、恨まれても。




