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第五話 守れた者、守れなかった者

仕事終わりに全員で鬼塚の希望通り、ファミレスに来ていた。


「〜〜!やっぱ最高だな!この安さでこのボリュームと美味しさ!ファミレスは最強よ!」


 俺の隣では鬼塚がハンバーグの大盛りを頬張っていた。


 「今日は鬼塚さんが大活躍でしたからね。たくさん食べてください。私の奢りです。……あ、隊長は自分で払ってください」


「なんでだよ……まあ、流石に部下に奢られたくはないからいいけどさ」


 対面には上品にスープを飲んでいる鷹宮がいた。


 会話の話題に困った頃、

 鬼塚が何か疑問に思ったのか、こんな話題を出してくる。


「そう言えば、俺らってお互いのことよく知らなくないか?」


「そうか?戦闘は結構連携が取れてると思うんだけど」


「じゃあ、俺のフルネーム言えるか?」


 俺はもちろん答えられる。

 だが、鷹宮の肩が少し跳ねた。

 ……動揺したな。


「え?えーっと……なんでしたっけ?」


 マジかぁ……。


「鬼塚颯太だ。……という感じで、俺たちはお互いのフルネームすら知らない。こんな状態でこれから先チーム戦ができるとは思えないんだ」


「じゃあどうしろってんだよ」


 俺が鬼塚に問いただす。


「お互いの身の上話をしようぜ」


 鬼塚がそう言うと、鷹宮は納得したように深く頷く。


「たしかに……たまにはこういう時間も必要ですね」


「じゃあ、俺から話させてもらうぜ」


 それにしても、身の上話か……。

 気が進まないな。

 あまり話したくもないし、思い出したくもない。



 ――――――――



 俺は貧民街に生まれた。


 父親は暴力をふるってくる最低な奴で、パチンコから帰ってくるたびに、母さんや俺に当たっていた。


 そのせいもあって、俺の心情はどんどん荒れていったんだ。


 「鬼塚ァ!!今日こそおまえを倒す!」


 「ッは!やれるもんならやってみろよ」


 中学の頃は毎日のように殴り合いのけんかをして、周囲の人たちを困らせていた。


 「颯太!?そのけがどうしたの?」


 「別に、なんでもねえよ」


 父親は働かず、ここまで女手一つで俺たちを育ててきた母さんを、俺は毎日心配させている。


「兄さん……」


 小学校に上がったばかりの弟は、心配そうな目でこっちを見ている。

 ……俺は、なんでこうなってしまったんだ。


 いくら心が荒れているからといって、人に迷惑をかけるのは好まない。


 でも、あいつらはずっと俺に喧嘩を売ってくる。


その時、玄関の扉が勢いよく開いた。


「おぉい!!ババア!ババアはどこだ!」


 ……クズが帰ってきた。

 また母さんのことをババアって言ってる。


 会社でうまくいかなくて、酒に逃げ、家族に当たる。


 自分じゃ何もできないくせに……。


「こっここにいます」


 母さんを見つけた瞬間、そいつは母さんの胸ぐらを掴み、殴った。


 その光景を見て、俺は動けなかった。

 散々喧嘩をしているのに、あいつだけは何故か殴れない。

 

 手が震えている。

 呼吸が荒くなる。


 そうだ、俺、将来はあいつみたいになるのかもしれない。

 だから怖いんだ。


「……と……父さん……もう、やめてよ」


「!!」


 弟が……翔が、そんなこと言ったら……。


「ああ?いまなんつった?」


「ひっ」


 あいつの視線が翔に向く。


「今なんつったか聞いてるんだよ!!」


 母さんを床に叩きつけ、翔に近づき、翔の胸ぐらをつかむ。


 音が、消えた。


 ……俺は、このままでいいのか?

 母さんだけでなく、翔まで殴られるのをただ眺めているだけでいいのか?


 母さんには、迷惑かけてばっかだし、いざという時にも恐怖で守ることもできない。

 俺は眺めてるだけの最低野郎だ。


 でも……それでも、このまま見過ごしたら、動かなかったら、確実に後悔する。

 

 動け、動けよ、俺の足!

 いつも喧嘩ばっかりしてきただろ!

 それと同じようにするだけじゃないか!


 弟が、床に叩きつけられる。


 ――その時、何かが俺のなかで爆発した。

 そうだよ。こんなヤツ、殴ってしまえばいい。

 今まで俺たちにしてきたこと、全部コイツにやればいい。

 ……ああ、そうか。

 怖がってるから、動けなかったのか。


 理性が削れる感覚。


 おれは、それを受け入れる。


 殴り、壊れる快感が頭の中に流れ込む。

 もう、抑えが聞かない。

 

 あれだけうるさかった心拍音が消える。

 あいつの動きが遅く見え、こぶしの軌道がはっきりと見える。

 痛みも恐怖も消える。

 身体も軽い。


 そう感じた瞬間、俺の身体は動いていた。


 翔に向けられた拳は、翔の目前に迫っている。


 ドォーン!!!


 俺は拳が翔に当たる瞬間、そいつを殴り、部屋の壁にめり込ませる。

 

 これだよ……。

 俺が求めてたのは。


 

 こんな俺でも、家族を守る力を手に入れた。

 もうこんなクズの好きにはさせない。

 次、俺たちに危害を加えてみろ。


 俺は、笑いながら父親のほうを見る。


 俺が壊れても構わない。

 それでも、守る。



 ――――――――



「俺はあの日、家族を守れたんだよ。

 だから、力を手放せなくなった」

 

 守れた。

 その一言が、妙に胸に残った。

 俺には、言えない言葉だった。


「その後は、どうなったんですか?」


 鷹宮が、恐る恐る聞く。


「知らねぇな。あの後、すぐに離婚しちまったから。今では三人で楽しく暮らしてるぜ」


 なんにせよ、今は家族と平穏に過ごせてそうだ。


「あ、今の話を聞いたからって、同情するなよ?俺は同情が嫌いなんだ」


「ほら、食べ直そうぜ?俺のせいでもあるけど、空気が悪くなっちまった」


「まぁ、そうか。今の鬼塚が楽しいのならそれでいいか」


「そうだそうだ。暗い話は忘れてしまえ!」


「お前がいい出したんだろうが!」


 その後は、みんなでジュースを飲んで食べて、騒いでいた。

 鬼塚は笑っていた。

 だけど、その笑っている顔に違和感があった。

 笑っているのに目が笑っていない。

 指も少し震えている。


 この違和感を誰にも話すことができないまま、祝勝会は終わってしまった。



 ――――――――



 玄関前で立ち止まる。


 鬼塚の話を聞いて、俺は、帰る資格があるのか分からなくなっていた。


 それでも、待ってくれている人がいる限り、俺はここに帰ってこなくてはいけない。


 玄関の扉を開け、靴を脱ぐ。

 ……また靴をそろえてないな?まったく。


 「お兄ちゃんおかえり!遅かったね?」


 美雨が出迎えてくれる。


 「……ただいま。別に、こんな遅くまで起きていなくてもいいんだぞ?」


 「だって、今日も一緒に寝たいし……」


 「……先に布団に入っていろ。あとで入ってやる」


 俺がそういうと、美雨は心底うれしそうな顔をする。


 「やったぁ!じゃあ、先に部屋で待ってるね!」


 俺は美雨の背中を見送った。


 

 風呂から上がり、廊下を歩く。

 部屋の前で一瞬足を止めるが、そのまま扉を開けた。


 薄暗い部屋。

 布団の上で、美雨が無防備に眠っている。


 掛け布団は半分ずり落ち、

 パジャマの袖から細い腕が覗いていた。


 規則正しい、小さな寝息。


 ……こんなにも、無防備だ。


 せめて靴くらい揃えろ。

 戸締りくらいちゃんとしろ。

 俺の目の届くところにいろ。


 守られることを、疑っていない顔。


 俺は、しばらくその寝顔から目を離せなかった。


 俺は……

 こんなふうに隣に立っていていい人間なのか?


 守れなかった人間だ。


 あの時、もっと強かったら、

 父さんと母さんの運命は変わっていたんだろうか。


 守れなかった俺が、何を守ると言うんだ。


 ……いや。

 これは贖罪だ。


 守ることでしか、俺は生きられない。


 静かに布団をかけ直し、その隣に横たわる。


 絶対に、今度こそ。

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