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二十九話 それいけオッサン仕込みのヒーロー参上!!

信雄たちがオーロラ号へ急行していたその頃、船内の操舵室は、極限下の閉鎖空間と化していた。子供11名を含む計46名の男女は、艦内へと続く扉をバリケードで塞ぎ、籠城していた。

バン、バンバン!と激しい音を立て、複数の感染者がドアを打ち鳴らす。軋み、歪んでいく扉を前に、武装したガメリカ軍人たちは拳銃や鉄パイプを握りしめ、その重みでかろうじて正気を保ちながら壁に背を預けていた。民間人は、家族や恋人と毛布にくるまり、震えながら互いに慰め合って恐怖に耐えていた。


腹の鳴る音が狭い空間に響く。

「……ああ、空腹で腹が痛い。アマンダ、ここでの籠城は、一体何日目だ?」

40代後半、トーマス・ブラウン軍人が虚ろな目で尋ねた。

「……さあ、三日……ぐらいでしょうか。飢えでしばしば気絶していたので、感覚が……」アマンダ・ロドリゲスが朦朧とした声で答える。

「この飢えでは、反撃する体力すらもう残っていない……」


「水は海水濾過装置が生きている。ここの洗面所で補給できるし、コーヒー用の角砂糖があったのは不幸中の幸いだった」

「だがな、水と糖分だけでは限界がある。危険を承知で、頭上の非常ハッチから静かに出る。奴らに気づかれぬよう、食料を確保するぞ」

「「正気ですか、トーマス准尉!」」

傍らにいたマイク・ジョンソン上等兵とジム・テイラー伍長が、血相を変えて声を揃えた。

「ああ、正気だ。マイク、ジム。皆の限界は近い。今動かなければ、飢えて動けなくなる。数人で銃を持ち、非常ハッチから密かに物資コンテナへ向かい、食料を確保する!」

「しかし、トーマス准尉!」

マイクが必死に再考を促そうとした、その時だった。

グゥオオォォ!!!

「「「「奴だ!」」」」

「あの化け物、起きやがった……!」

「寝起きで大人しくしていればいいものを」

「俺たちの部隊を全滅させたクソ野郎め……!」

「……っ、気づかれたんでしょうか!?」

操舵室内の空気が恐怖に凍りつく。

ドドン!!! ガラガラ!! ギチギチ!

これまでとは比較にならない猛烈な負荷が、ドアとバリケードを襲った。

「扉が持たん! 民間人の男たちも加勢しろ!! バリケードを抑えろ!」

「早くしろ! 体重をかけろ!」

「「「「了解!」」」」

民間人の男たちは家族や恋人と離れ、決死の覚悟でバリケードにしがみついた。

ドォン!!! ドォン!!! ドォン!!! ドォン!!!

「なんて怪力だ……!」

「「ぐぅぅ……ッ!!」」

「があぁぁ!!」

「ふがぁっ……!!」

ジリジリジリ……!

渾身の力でバリケードを押し返す兵士と男たちだったが、その足は恐るべき力によって床を削り、じりじりと後退させられていた。


少しずつドア前のバリケードが押し退けられ、化け物と操舵室内の人間達の目が合った。

「笑ってやがる!!化け物め!!殺られてたまるか、これでも食らえ!!」


パパパパパパパパパパ・・・!


トーマスは温存していたサブマシンガンの全弾をフルオートで怪物の顔面に叩き込んだ。しかし、強固な甲殻に阻まれ、全くダメージを与えられた様子はない。怪物は不気味な咆哮を上げ、間近に迫る獲物を前に歓喜しているかのようだった。

操舵室を絶望が支配し、誰もが死を覚悟したその時、バリケードの後方で少年ジミーだけは信じていた。絶体絶命のピンチに必ず駆けつけてくれる、コミックのようなヒーローの存在を。

そして、奇跡とも呼べる運命の悪戯か、それは現実となった。


絶望に閉ざされた戦場に、ついに真の英雄たちが降臨した。その幕開けはあまりにドラマチックだった。バリケードを破ろうとする怪物たちを遮り、音楽を響かせながら現れたのは、巨大な空中戦艦。操舵室の窓から呆然と見上げるトーマスとジミーの前に、その巨体が迫る。艦からは力強い声が響いた。「我ら『シルバーバレット』。生存者・香坂紫苑の要請を受け参上した。生存者は速やかに現在地を知らせ、目印を示されたし!」


生存者の中から安堵のため息が聞こえた。

トーマスは懐中電灯で操舵室の窓に明かりを点滅させてSOSのモールス信号を送った。

すると、複数の黒点が空中戦艦から向かって

来る。

ゴゴン!!ゴゴン!!・・・

それらは操舵室の天井に降りた。

「天井の真ん中から入る。どいていろ!」

その警告と共に、操舵室の人々が壁際へ身を寄せた直後、天井が円状に両断され、重々しい鉄板が床に崩れ落ちた。

凄まじい衝撃音とともに舞い上がる埃の中から現れたのは、鈍い光を放つ全身金属の鎧を纏った、異様な存在だった。


鈍い光を放つ金属の鎧を纏った、異形の者たち。彼らにジミーが正体を聞いた。

「俺達か?ヒーローさ、待たせたな坊主!!」

と力強く答えた。

その直後、扉を破壊して突入してきたのは、全身を厚い甲殻で覆った化け物「ロック・スケイル」だった。

ロック・スケイルが猛烈な勢いでジミーに襲い掛かろうとしたその瞬間、轟音とともにそのヒーローが二人の間に立ち塞がった。

ヒーローは化け物の巨体を受け止め、「俺と力比べするか?化け物!!」と豪語する。

高周波の音を発する鎧が唸りを上げ、ヒーローはロック・スケイルをアイアンハグで鯖折りにして地面に叩きつけた。

予想外の反撃と怪力に、化け物はもんどり打って倒れる。

「俺の勝ちだな!化け物!」

ヒーローは腰の剣を抜き放ち、赤熱する刃の一閃で化け物の首を跳ね飛ばした。ガメリカ軍の銃撃すら通用しなかった怪物を、目の前のヒーローが一太刀で倒した光景に、ジミーの瞳はキラキラと輝き、彼らを真の英雄として崇めるのだった。


「ヒーローが来た!空から降りてきてくれたんだ!」

ジミーは歓声を上げながら、駆け寄ってきた母親の胸に飛び込んだ。

「もう、無茶ばっかりして!心配したのよ……でも、無事でよかった」

母親は小言を言いつつも、強くジミーを抱きしめる。そして顔を上げ、救世主たちに向かって深く頭を下げた。

「その……ジミーを助けてくださって、本当にありがとうございます!」

ヒーローはグッドサインを返し、ジミーの頭をぽんぽんと撫でた。

「母さんを泣かせるなよ、坊主!」

ズン、ズン、と重厚な足音を響かせ、ヒーローたちは大破した扉へと向かっていく。その背中に、ジミーが問いかけた。

「ねえ、あなたたちは誰なの!?」


「我らこそが『シルバーバレット』! 醜悪なるアボミネーションを狩り、蹂躙される民を救う、楠木様が忠義の騎士なり!」

響き渡る宣言に、操舵室が動揺に包まれたその時、上空の戦艦からスピーカーを通じ、新たな通信が届いた。

「こちらガメリカ陸軍少佐、ジェイムズ・テイラーだ貴殿らに敵意はない。救助隊として来援した、現場の騎士諸君の指示に従われたし。繰り返す――」

「全軍、敬礼ッ!」

トーマス准尉の怒号が響く。硬直していたガメリカ兵たちは、その声に突き動かされるように騎士へ敬礼を捧げ、騎士たちもまた、重厚な騎士礼をもってこれに応えた。

窮地を救うお伽噺のような騎士の姿に、その場にいた男や子供たちは目を輝かせる。

その後、騎士たちは操舵室周辺の感染者を一掃し、空腹に喘ぐ民間人と兵士たちへチョコバーを配った。皆、貪るようにその甘みを頬張っていた。



その後、ジョンは艦に通信した。


「こちらパラディン、ブリッジ周辺の掃討は完了。いつでも収容可能です。」

「了解した。収容班を向かわせる。引き渡し後、次のエリアへ移動しろ。……ご苦労だったな」

「御意」

ジョンは騎士然と胸に手を当て、通信を切る。すると即座に、周囲で隠れていたジミーたち子供が、キラキラとした瞳で彼を見上げてきた。

「ねぇ、騎士のおじさん! どうやったらおじさんみたいに強くなれるの!?」

「僕も!」「私もなりたい!」

矢継ぎ早の質問に、さすがのジョンも「そ、それはだな……」とたじろぐ。

そんな様子を見かねて、リンダが苦笑いで助け船を出した。

「まあまあ、騎士になる前に、まずはこの船から脱出しないとね、みんな?」

「ハハハ、そうだな! まずは生き残ってからだ!」

ジョンが子供たちの頭を撫でて笑ったその時、傍らにガメリカの軍人が厳めしい顔で話し掛けてきた。


「すまない、貴方が隊長でしょうか?私はガメリカ陸軍准尉のトーマス・ブラウンです!」

「私は、シルバーバレットでパラディンを拝命しているジョンです一応、騎士隊を率いています!」

二人は互いに敬礼した後、これからについて話した。

「生存者は他にいるか?」

「たぶんだが、船倉とエンジン室は隔壁があるので無事の可能性が高いと思われる!」

「なるほど・・・それとあんな化け物は他にいるか?」

「我らが確認したのはさっきのロック・スケイルとバイターくらいだが、この船には約三千人程が避難していた!」


「……変異の果てに、どんな怪物が生まれているかもわからんのだ!」


そんな独白をかき消すように、上空でヘリのローター音が重く響き始めた。

「最後の一人を救い出すまで、ここに残る許可をいただきたい!」

ジョンへ向けたトーマスの決死の直訴を、部下たちが必死に遮る。

「准尉、無謀です!」

「あんたは十分やった。これ以上は自殺行為だ!」

「武器だって、もう鉄パイプ一本残っちゃいねえ。どうやって戦うってんだ!」

トーマスは一歩も引かず、部下たちを睨み据えた。

「……忘れたか。我々はガメリカの軍人だ。守ると誓った市民を置き去りにして、どの面下げて撤退できるというんだ!」

「ですが……!」

「貴様らの忠誠心は、いつ、何のためにある! 今この時、守るべきもののために命を張れんで、何が軍人だ!」

その言葉が、兵士たちの瞳に宿っていた怯えを焼き払った。

「トーマス准尉、私も行きます」

アマンダが鋭い敬礼を送る。

「自分もだ!」

「国の誇りにかけて!」

死地へ残る覚悟を決めた男たちの顔に、静かな闘志が戻っていた。


「……素晴らしい。実に熱い魂だ。その覚悟、しかと見届けさせてもらった」

スピーカーから響いたのは、それまでのジョンの声とは別人のような、凄みを帯びた声だった。通信傍受により彼らのやり取りを聞きつけた「その男」が、密かに通信へ介入してきたのだ。

「私は楠木信雄、騎士達の主人マスターだ! 君たちの覚悟と献身、誠に見事。だから私からのプレゼントだ。受け取ってくれ!」

ヘリが高度を下げ、乗員が操舵室の天井の穴から複数のボックスを投げ入れてきた。

「パラディン、あとは説明を頼む! それと、ガメリカの兵士諸君、幸運を祈る。以上だ!」

通信が切れた後、民間人がヘリに収容されていく中、ジョンが武器の説明を開始した。


「LR-095歩兵用光学アサルトライフルだ。君達の実弾銃とは桁が違う。予備の黄色いシリンダーがバッテリーだ。一本で300連射を保証する。……我々の制式採用装備には及ばんが、化け物どもを塵にするには十分すぎる威力だ。扱いには気をつけろ」

「……冗談だろ」

ガメリカの兵士たちは、SF映画の小道具のような代物を、半ば呆然としながら手に取った。

「一発、あのロック・スケイルの死体に試してもいいか?」

ジョンの促すような沈黙を許可と受け取り、トーマスがバッテリーをスロットに叩き込む。駆動音とともに、ライフルの表面を走る光のラインが青白く脈動した。

標的は、斬り落とされた巨大な頭部。

乾いた電子音が響いた直後、着弾した肉塊が内側から弾け、一瞬で灰へと変わった。

「……上出来だ。これなら話が変わるぜ」

兵士たちの間に、野卑な、だが確信に満ちた笑いが広がる。

「傑作だな。これじゃ『虎狩り』じゃねえ、ただの『鹿撃ち』だ。……最高だ、気に入ったよ」

トーマスは喉を鳴らして笑った。あの地獄のような絶望を味わわされた後だ。復讐の道具を手に入れた男の笑みは、どこまでも冷たく、そして愉悦に満ちていた。


光子ライフルを携えた兵士たちが、トーマス指揮のもと、騎士の背を追って船内掃討と生存者救助へと疾る。

その毅然たる背中を凝視し、少年ジェームス・ウィリアムズは心に刻みつけていた。――「いつか、必ず騎士になる」と。

運命が彼をその高みへと誘うことを、この時の幼い少年はまだ知らない。


……それはまた、別の物語である。

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