二十六話 オッサン物々交換はしんどいから荒廃世界で通貨を作るぜ!!
信雄が魔改造を施したウエストベリーの翌日、シルバーバレット駐屯地は不穏な熱気に包まれていた。
信雄が「物々交換の時代を終わらせ、新たな経済圏……町独自の通貨を導入したい」と提案した途端、住民たちから疑問と反発の声が噴き上がった。
「我々に、今さら『金』という足枷が必要なのか?」
「現状の共助こそが最強の絆だ。わざわざ格差を生む道具を作るなど愚の骨頂!」
「その薄汚い紙切れで、自由なこの町を支配するつもりか?」
「結局は、貴様が新たな支配者となり、我々を奴隷にする算段か!」
旧時代の負の遺産である「金」を忌避する、この町の住人たち。生活必需品は提供したが、彼らの瞳からはまだ、生きる喜びや潤いが感じられない。
信雄は、仮設テントのパイプ椅子に深く腰掛け、懐から極上の葉巻を取り出した。シガーカッターで丁寧に端を切り、マッチの火を灯す。
芳醇なチョコレートのような香りが、殺風景なテント内に充満する。それまで冷ややかだった男たちの喉が、一つ、また一つと鳴った。
「なぁ信雄、その葉巻……俺の秘蔵の干し肉と換えてくれねぇか?」
「俺の持ってるアクセサリーだ!結構いいモンだぞ」
「頼む、これと交換だ! 妻の形見の指輪だ!」
男たちは我先にと、手持ちの「対価」を提示してくる。
信雄は煙をゆっくりと燻らせ、鼻で笑ってその提案を却下した。
「論外だ。その干し肉は酒のつまみにもならんし、その指輪は……悪いことは言わん、奥さんに殺されるぞ」
色めき立つ男たちが、他に交換できるものはないかと焦り始めたその時、信雄は煙を吐き出しながら静かに告げた。
「……見ろ。喉から手が出るほど欲しいものが目の前にある時、あんたらは必死に『価値』を探した。そうやって欲望を正当な対価で手に入れる仕組み、それが『金』の正体だ。必要だろ?」
男たちは凍りついたように静まり返り、やがて一人、また一人と深く頷いた。
「「「「……なるほど、確かに。」」」」
「例えば、町の防衛隊の仕事または、公共の仕事をして町から報酬を得て、それで俺たちの嗜好品を買う、という仕組みにすればいい。最低限の支援はするが、贅沢がしたければ働け、ということだ」
「なるほど、それはもっともだな」
「つまり、俺たちが持つ物資を裏付けとした通貨経済圏を作ろうと考えているんだ。タバコ一本や酒一瓶、家畜やアクセサリーをその都度物々交換するのは面倒だろう?」
信雄の話に一同がしきりに頷いていると、その内の一人が尋ねてきた。
「それで、具体的に何を使ってやり取りするんだ?」
「これだ!」
信雄はストレージからサイバーパンクなデザインの腕輪を取り出した。それは最先端武装開発局の販売所に売られていたデバイスで、心拍管理、本人確認、そして電子通貨機能まで備えた逸品であり、信雄は特にそのセキュリティと決済機能に目をつけたのだ。
「綺麗な腕輪だな。で、どうやってやり取りするんだ?」
「よし、実演する。ジェイムズ少佐、デモンストレーションの相手を頼む」
「了解した!」
「まずブレスレットを装着する。これで生体認証が完了し、ホロディスプレイが起動する。本人登録でYESを押せば、セキュリティ認証は完了だ。一度登録すれば、他人が変更することは不可能になる」
ジェイムズも指示通り、即座に登録を済ませた。
「次に、初期導入特典として、100クレジットを通貨として付与する」
信雄がホロディスプレイを投影し、全員に見せた。ホロ空間に「100 C」の文字が浮かぶ。
「個人間の取引はこうする。ジェイムズ少佐、手を」
「こうか?」
二人の腕輪が近付き少しすると、自動でホロディスプレイが同期した。信雄は画面上の送金ボタンを押し、金額を入力して10 Cを送金した。
ジェイムズが自身のホロディスプレイを見せる。
「110 C」
送金された金額が即座に反映されていた。
「今後はこのシステムで、個人間の物品取引を管理する。当店の精算も、すべてこの専用クレジットで行う予定だ」
「「「「おぉー、すげえ!」」」」
「さて、クレジットの獲得手段について補足する。基本は町での任務報酬だが、貴金属の現物査定による交換も実装する。町数箇所に設置した査定BOXに地金を投入し、端末(腕輪)をかざすだけでチャージは完了する仕組みだ。……以上が概要だが、質問は?」
信雄が長い説明を締めくくると、一人が手を上げた。打ち合わせ通り、ジェイムズが尋ねる。
「不正利用のペナルティは?」
「厳罰に処す」
「具体的には?」
「端末の凍結。すなわち、経済圏からの『一時追放』だ。加害レベルに応じた地域清掃任務……社会奉仕を強制する。皆が憩いの場で嗜好品を楽しんでいる傍ら、指をくわえて眺める気分はさぞかし惨めだろうな。甘く見るなよ。……ジェイムズ少佐、規律維持および不正対処は防衛隊の管轄とする。徹底を頼む」
「心得た」
「他に質問はあるか?」
先ほどの厳しい罰則に皆が気圧されていると、一人の子供がおずおずと手を挙げた。
「ねえ、おじさん。基地では何が買えるの? お菓子やジュースもある?」
「ああ、もちろんだ。日用品は大体揃えるし、物だけじゃない。飲食店やレジャー施設も作る予定だから、そこでも自由に使えるぞ!」
「本当!?」
「「「「マジかよ!」」」」
子供は期待に目を輝かせ、大人たちの顔にも、どんよりとした不安に代わって希望の光が差し込んだ。
「よし、全員納得したということでいいな? 異論がある奴は今すぐ手を挙げろ!」
沈黙が流れ、誰の手も挙がることはなかった。こうして、新たな通貨制度は全会一致で採択された。
その日から数日間は、貴金属の持ち込みが増加し、町にある銀行の金庫を開けて中身が紙幣ばかりで、かなりの苦労をして何も得られず絶叫した者達がいたとの話で、新しくできた酒場は盛り上がっていたのだった。




