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二十一話 成金になるオッサンと可哀想な傭兵達

杉崎、木崎、小日向、そして広子。四人の覚悟を看取った翌朝、信雄は現代の土を踏んでいた。

「戦の準備だ」――そううそぶき広子達の目を欺き、現代へ転移し信雄は懐かしい家族に束の間の再会を果たした。

その後、吸い寄せられるように、以前荒稼ぎした競馬場の喧騒へと足を向けた。


競馬場に入った信雄は、入口付近で買った出馬表をベンチで広げた。その瞬間、「鑑定スキル」が作動し、今日のレースの至る所に仕組まれた八百長の醜悪なカラクリを看破する。

信雄は不敵に笑うと、他会場の第一レースに狙いを定め、三連複の一点に百万円を、複数回に分けて厚く張った。

レース開始。場内の巨大スクリーンに視線を移すと、信雄が選んだ3頭が完璧な連携で後続を2馬身引き離し、必然のゴールを駆け抜けていった。


三連複7200円てことは?百万円だから、7200万の当選だった。

「とりあえず、骨折り損のくたびれ儲けは無くなったな・・」

そう、信雄は一人ごちる。


信雄は、他会場の第5レースにおいても、三連単3頭ボックスに1点100万円という巨額を投じた。結果は思惑通りの的中。大波乱となったそのレースの配当は4万5800円(458倍)に達し、払い戻し金は4億5800万円を記録。信雄の資産はついに数億の大台に乗った。

しかし、信雄の勝負は終わらない。彼はその場にいた競馬場の最終レースで、ストレージに残っていた現金300万円を三連複1点に賭けた。その後、最初の払い戻し金の一部である7200万円を受け取ると、タクシーで帰宅した。

その日の夕方、家族に高級焼肉を振る舞った後、実家でパソコンを開き最終レースの結果を確認する。画面には、彼が賭けた馬券が的中し、大番狂わせの決着が示されていた。三連複は3万5200円(352倍)の配当。300万円を一点に賭けていたこのレースで、信雄はさらに10億5600万円もの高額払い戻しを手にした。


合計で15億8,600万円という巨額の当選金を手にした信雄は、その話を父に伝えた。父は別の厄介な物件の話を持ち出してきたが、信雄の目的はあくまでこの大金をクリーンな資金にすることであり、税理士の紹介を依頼した。

翌日、父の知人の協力を得て残りの当選金を回収し、税理士に確定申告の代理を依頼して、8億7,230万円を預けた。手元には自由に使える金として7億1,370万円が残り、信雄は一躍成金となった。その夜は実家で祝杯を挙げ、一日を締めくくった。


翌日、信雄は会社員時代の口座に5億円を投じ、自殺行為とも言えるハイレバレッジ取引に挑んだ。しかし、彼には未来を見通す「鑑定」の能力がある、罠を掻い潜り初日で10億を稼ぎ出すと、そのままFXにも進出。休日は平安時代で農業、平日は現代で投資という生活を1ヶ月続けた結果、なんと6000億円もの巨万の富を築き上げた。ビリオネアとなった信雄は、そのうち5000億円を配当重視の銘柄へ投資。不労所得で毎月数十億円が入る、「金の成る木」を完成させた。


資金問題をクリアした信雄は、即座に身なりと社会的信用を整え、中東へと渡航。自前の戦力を持たない彼は、リスク管理をアウトソーシングすることで解決を図ろうとした。ターゲットは現地の小規模PMC。彼は事前の連絡なしに、その事務所へと乗り込んだ。



「失礼。楠木だ。責任者を出してもらおう」

「『シルバーバレット』へようこそ。……予約は?」

受付のOL風の女が淡々と返す。

「無い」

「……どのようなご用件で?」

「仕事を頼みたい。戦闘能力は?」

楠木の問いに、女は迷いなく答えた。

「精鋭56名。砂漠、ジャングル、沼地、どこでも即座に展開可能です」

「汚い仕事もこなせるか」

「報酬次第で、地の果てまでもお供しましょう。依頼人の秘密は墓場まで持っていく……それがプロというものです」

その言葉に、楠木の口元が歪んだ。底の知れない、邪悪な歓喜がそこにはあった。

「最高だ。ならば全員、可能な限り長く借り受けたい!」

受付の女性は、しまったと言わんばかりの表情で奥へ下がり、シルバーバレットの責任者を呼び出した。

応接室に通された信雄が、出された茶菓子を口にしながら待っていると、筋骨逞しい大男が現れた。頬には深い傷跡があり、左の袖は空に浮いている。

「待たせたな。責任者のジョンだ。ここでは互いにファーストネームで呼び合うのが流儀でね」

「信雄です。よろしくお願いします」

「挨拶はいい。本題に入ろう。あんたの依頼は何だ?」


「仕事の件ですが……まだ、敵の正体は掴めておりません」

「……どういう意味だ?」

「説明の前に、まず私の職業をご理解いただく必要があります。私は陰陽師です」

「陰陽師?」

隊長のジョンが怪訝そうに眉をひそめるのが分かった。あまりに突拍子もない言葉だったようだ。

「要するに、映画のエクソシストのようなものとお考えください」

「ああ、あの悪魔祓いか。化け物と戦っているってことか?」

「ええ、まあ。大まかにはそういうことです」

「俺を担ぐつもりなら、ただじゃおかないぞ」

ジョンが凄みを利かせて脅しをかけるが、信雄はそれを意に介さず、涼しい顔で言葉を続けた。


「仕事の内容は、化け物退治のサポートに護衛、そして資源探索の補助。それからこれが一番重要ですが、迷子になった三人の令嬢を送り届ける騎士役をお願いしたいのです!」

「化け物の件はまだ半信半疑だが、護衛と探索はわかった。で、そのお嬢様方はどこへ送り届ければいい?」

「……まだ、不明です」

「分からないことだらけじゃないか! これでは報酬の決めようがないぞ」

その言葉を聞いた信雄は、ジョンの目をまっすぐに見つめて言い放った。


「――で、君ら全員の命、いくらで買い取ればいい?」

 死人のような冷徹な瞳で突きつけられた問いに、ジョンは思わず気圧けおされた。背後のソファに背中を預け、押し黙る。場には重苦しい沈黙が漂っていた。

「5年で7800万ドル。……約120億円だ。武器・弾薬はそっち持ち。契約更新は5年後に判断する」

 正直、懐事情が厳しい今の会社には渡りに船の案件だ。難色を示されれば半値でも受けるつもりで吹っ掛けた額だったが、信雄の表情は能面のように読めない。冷や汗が流れる中、ようやく信雄が口を開いた。

「安すぎるな。……契約成立だ」

 予想外の言葉にジョンは呆然とし、差し出された手に遅れて気づく。我に返ってその手を握り返した。こうして、正式な契約が締結された。


心の中で密かに祝杯を挙げていたジョンは、信雄の接近に即座に仕事の顔を取り繕った。

「ボス、どうかされましたか?」

「片手、やはり不自由でしょう」

淡々とした信雄の問いかけに、ジョンはギクリとして相手の意図を測る。

しかし、信雄の行動はそれ以上だった。


神聖なる魔力が収束し、欠損していたジョンの左腕が瞬く間に再生する。奇跡を目の当たりにした彼は、ただ呆然と己の腕を見つめることしかできなかった。傭兵の道を諦める原因となった古傷が完治し、ジョンは涙を流しながら信雄の手を握りしめ、最大級の感謝を伝えた。

その後、信雄は現状のシルバーバレットの状況を確認。装備が旧式化している事実に気付いた信雄は、ジョンの取り繕う言葉をよそに、即座に潤沢な予算を投入して最新鋭の設備・装備への刷新を決定した。最新装備は嬉しい反面、それに見合う過酷な戦いを予感し、ジョンの胸にはハラハラとした不安が募る。

激動の1日を終えた、翌日のことであった。


一同は「日本行き」という気楽な任務に沸き立っていた。

傭兵会社の駐車場でただ待機させられている状況に疑問を呈する者もいたが、「金持ちのボスだから大型ヘリか専用機で空港へ行き、ラウンジで一杯やるんだろう」と、彼らは遠足気分で日本への移動手段や現地での予定を陽気に語り合っていた。

そこへ信雄と隊長のジョンが姿を現すと、一同はジョンの腕を見て「どうした?義手か?」と口々に騒ぎ立てた。ジョンがその腕を動かして健在ぶりを見せ、信雄が「自分が治療した」と明かすと、現場は一時騒然となる。

ジョンが落ち着かせ、話題が移動手段の話になると、信雄は「すぐに着く」と告げ、その場の傭兵全員、荷物、物資、そして車両に至るまで、その場にいた全てをまとめて転移させた。


そうして、信雄と傭兵達は時間と場所を越え、西暦860年の信雄の家近くの原野に転移した。


突如として周囲の景色が一変したことに傭兵たちが混乱する中、信雄は芝居がかった仕草で両手を広げ、彼らに告げた。

「勇者たちよ!魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこし、命が軽い、西暦860年の日本へようこそ!」


「「「「はあぁあぁあぁあぁー!?」」」」


「聞いていた話と違う!安全な日本行きはどうした、神戸ビーフは!?」

「楽しみにしていた天ぷらはどうなるんだ!まさか、あの木片のようなレーションをまた食えと……ッ!」

「裏切られた……ッ!希望の光を消された絶望は深すぎる……!」

戦慄と失望に震える兵士達の叫びを受け、信雄は静かに、しかし威厳を持って諭した。

「静まれ。食事は俺が保証する。神戸ビーフとはいかずとも、貴様らの舌を満足させる『人間の食い物』だ」

「それに、希望を失うな。週二回の休暇を与える。俺が現代日本へ送り、美食を堪能させよう。転移先で家族と過ごすも、羽を伸ばすも好きにしろ」

「さらに、功績を挙げた者には、俺の財で一ヶ月の豪華クルーズへ招待してやる。もちろん、その間も給料は全額支給だ。船で豪遊するも、カジノで一攫千金を狙うも、あるいは同等の現金を手に骨休めをするも、すべて貴様らの自由だ。……さあ、命を懸ける価値はあるだろう?」


「「「「ひゅぅ!さすがボス、太っ腹だ!」」」」

「で、雇い主様。俺たちは一体何を『掃除』すればいい?」

破格の報酬に沸き立つ男たちの中、一人が鋭い視線で核心を突いた。

「さあな、まだ不明だ」

「……冗談でしょう?」

「隊長からは何も聞いていないのか?」

信雄の問いに、男は肩をすくめて応じる。

「『あらゆる事態を想定しておけ』、とだけ。随分と抽象的なオーダーでね」

「あながち間違いじゃない。……いいか、よく聞け。俺たちがこれから踏み込むのは、この世界のルールが通用しない『別の地球』だ」

「「「「別の、地球……?」」」」

「お前たちの腕を信じて明かそう。俺には時間と並行世界を渡り歩く力がある。今回の任務は、三人の令嬢を『騎士』のごとく護衛し、彼女たちの故郷へ送り届けることだ。だが問題は、彼女たちがどの世界の住人か分からないことにある。見つけ出すまで、俺たちは無数の世界を股に掛けることになるだろう」

「……過剰戦力じゃないですか? 迷子の家探しにこれだけの重武装は」


「これを見ろ」

信雄はそう言い、ストレージから国府防衛戦で倒した鬼の死骸を出した。


信雄が転がした鬼の死骸を見た瞬間、傭兵たちからは悲鳴にも似た怒号が上がった。

「これが言っていた化け物だ。前回の襲撃で一万匹ほど片付けたが、遠距離武器がなかったのが救いだったな。術での殲滅は楽だが、狭隘地での掃討は面倒だ。お前たちを雇った理由がこれだ」

一万、という言葉に傭兵たちが息を呑む。

「向こう側には、このクラスがさらに群れているかもしれないぞ」

「冗談じゃねえ……それを一掃したあんたの方が、余程『怪物』ってことだ」


「ははっ、何を弱気な! 君たちの背負う看板は飾りか? 『銀の弾丸』……悪魔を穿ち、怪異を屠る。これほどこの場に相応しい名が他にあるか!

いいか、名前負けは許さんぞ。今日から君たちは、ただの傭兵ではない。人類の天敵を狩る『本物の』化け物退治の専門家だ。光栄に思え!それにだ、 『銀の弾丸』という社名で害虫駆除クリーニングでもやるつもりだったのか? 相手がゴキブリから化け物に変わっただけだ、誤差の範囲だろうが! 専門家としての自覚を持て!」


信雄は更にまくし立てる。


気楽にいこうぜ。腕が飛ぼうが内臓がはみ出そうが、俺が全部治してやる。死後五時間なら蘇生も余裕だ。何度でも戦線復帰させてやるよ!」

信雄は鬼の体で繰り返した凄惨な実験結果を、まるで天気の話でもするように語って聞かせた。

「ただし、食われて胃袋に収まるなよ? 細胞の一つも残ってなきゃ、復元は不可能だからな」

親指を立てて笑う信雄に対し、傭兵たちは「もう逃げられない」と悟ったような、乾いた表情で声を揃えた。

「「「「了解イエッサー、ボス!」」」」

プロとしての矜持を絞り出し、彼らは死地となるキャンプの設営を開始した。


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