第9話 雪明かりの面影
十二月。
商店街のアーケードにはクリスマスソングが流れ、空には雪の気配があった。
高峰修二は、ストーブの前で渋柿をかじりながら、壊れた家電のように黙りこくっていた。
店番を頼まれたわけではないが、ストーブの前にいると猫のように動かなくなる――それが冬の高峰だ。
そこへ、扉がガラリと開いた。
「高峰さん、相談があるんです」
長谷川蓮。若い刑事で、最近やっと高峰の疲れ切ったツッコミに耐性がついてきた男だ。
「また事件か? それとも失恋か?」
「違いますよ! ……どっちも違います!」
妙に歯切れが悪い。
高峰は渋柿の芯をゴミ箱に放り、正面から彼を見る。
「で、今日は何を探す?」
「……人を、です」
その一言に、空気が変わった。
長谷川が差し出したのは、古いオルゴール。
蓋には雪のような傷が刻まれ、回すと「きよしこの夜」が少しだけ調子を外して鳴った。
「亡くなった祖父の物だそうで、依頼者さんは“これを届けてほしい相手がいるはず”と言っていました」
「本人が言ってないのに、届け先を探すってのは……また、随分と曖昧な依頼だな」
依頼者は老婦人・田所陽子。
孫に遺品整理を任せ、ただひとつ、このオルゴールだけは「処分しないでほしい」と強く言ったという。
しかし、誰のものかは語らなかった。
長谷川が言う。
「遺品の中に、写真が一枚だけ入っていました。
男の子と少女が雪の道で並んで写っていて……少女だけ、裏に名前があるんです」
高峰は写真を手に取り、裏を見た。
“ミカへ また雪の日に会おう アキト”
「……再会の約束か」
「はい。でも、このミカという人の手がかりが、どこにもなくて」
高峰は渋柿をポンと置き、腰を上げた。
「よし、行くか。
雪の日の約束ってのは……たいてい胸の奥を締めつける」
二人が見つけたのは、古い喫茶店だった。
店の名は――「喫茶 ミカ」。
赤い暖簾。
窓には、つい先ほどまで灯っていたらしいランプの影が揺れていた。
しかし店内に人の気配はない。
ストーブの上では冷めたミルクパンが残り香を漂わせている。
「店主は……?」
「不在らしいが、生活感はあるな」
高峰は静かに店内を見回す。
壁には昔の写真がいくつも飾られ、その中に、例の男の子と少女の写真もあった。
「ここだな。間違いない」
そう呟いたとき、腰の曲がった老婦人が店の裏口から現れた。
白髪にショール、薄い笑顔――田所陽子だった。
「……来てしまったのね。あの子の約束を探しに」
田所は静かに語り出した。
オルゴールは、亡き夫・明人が少年の頃に買ったものだと。
「明人はね、小学生の頃に転校した少女――美香ちゃんと仲良しだったの。
冬が来るたび、二人で同じ道を通って遊んでいたわ。
だけど、ある年の冬、美香ちゃんは急に遠くへ引っ越してしまった。
それ以来、連絡は途絶えたまま……」
明人は大人になって結婚したが、美香を探すことはできなかった。
ただ一度、雪の日に店を開き、「ミカ」と名付けたという。
“いつか来てくれるかもしれない”と。
だが美香は――すでに十年前に亡くなっていた。
そのことだけ、陽子は知っていた。
「夫はね……亡くなる前の日、オルゴールを握ったまま眠っていたの。
“ミカに届けてやってくれ”って、私の手を握ってね」
高峰は深く息をつき、長谷川も黙り込んだ。
「……届ける相手は、いたんですね」
「ええ。受け取る人は――もうこの世にはいないけれど」
老婦人の目に、雪明かりが反射していた。
高峰はオルゴールをゆっくり回した。
「きよしこの夜」が、少し調子外れのまま優しく響く。
明人が子どもの頃に聴いていた音だ。
陽子はカウンターにそれを置き、そっと手を添えた。
「これでいいの。
もう会えなくても、あの人の気持ちは……きっと届いたから」
雪が降り始めた。
店の窓に白い粒が静かに積もっていく。
高峰は長谷川に向かい、ぽつりと言った。
「人はな……会えなくても、覚えていれば繋がるんだ。
俺には、それができなかった時期がある」
「……だから、誰かの“想い”を探すのが得意なんですね」
不器用な渋柿探偵は、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「ほっとけ。渋柿は渋柿なりに、甘くなる努力をしてんだ」
長谷川は笑った。
その夜、二人は雪道を歩いて帰った。
足跡はすぐに薄れたが、その静けさは妙に心に残った。




