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渋柿探偵 高峰修二  作者:


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8/8

第8話 影踏みの少年

冬の朝の光が、ビルの影を長く伸ばしていた。

 高峰修二は、商店街の外れにある公園を歩いていた。

 地面には霜が降りて、踏めばサクサクと音がする。


 ベンチの近くで、ひとりの少年が影踏みをしていた。

 薄いジャンパー姿で、靴は擦り切れている。


 「……おい、寒くないのか」

 声をかけると、少年はビクッと振り返り、すぐに走って逃げた。


 その背中に、かつての記憶が重なる。

 “待ってくれよ、おじさん……!”

 十年前、誤認逮捕の混乱で守れなかった青年の影が。


 高峰は胸の奥を掴まれたような感覚に襲われた。


事務所に戻ると、すぐにドアが開いた。

 入ってきたのは長谷川蓮だった。


 「探偵さん、公園にいた少年のこと……警察にも通報が入りました」

 「通報?」

 「“朝に決まって現れる不審な子どもがいる”って。

 ただの遊びかもしれませんが、周辺で空き巣もあって警戒してるんです」


 高峰は息を止めた。


 「……あの子が空き巣なんて、ありえない」

 「見たんですか?」

「見た。あの目は……罪を犯す目じゃない」


 長谷川は少し笑って言った。

 「じゃあ、探しに行きましょう。俺たちの最初の“心の事件”です」


夕方の公園に戻ると、少年は滑り台の影に座っていた。

 高峰はゆっくり近づき、ポケットから肉まんを取り出した。


 「ほら。腹、減ってるだろ」

 少年は少し迷ったが、そっと受け取った。


 「名前は?」

 「……リク」

 「家は?」

 少年は答えない。

 代わりに、ポケットから皺だらけの紙切れを出した。


 “母さんへ ぼくは大丈夫”


 震えた字だった。


少年が足を運んでいたという噂から、商店街近くの空き家を調べると――

 埃をかぶったリビングの片隅に、小さなリュックとノートが残されていた。


 ノートには、子どもの手でこう綴られていた。


 『母さんのいる町に帰るためのお金をためる』

『さびしくないように、朝は公園で人を見てる』

『おじさんがくれた肉まん、おいしかった』


 ページの端が小さく濡れていた。

 泣きながら書いたのだろう。


 長谷川はそっとノートを閉じた。

 「……この子、迷子じゃありません。置いていかれたんです」


 「いや、違う」

 高峰が、かすれる声で言った。

 「“置いていったつもり”でも、親ってのはきっと……どこかで戻ってほしいって思ってる」


高峰と長谷川は、少年のノートにあった手がかりを追った。


 “母さんの働いていたスーパー”

 “青い制服の人が優しかった”

“町の名前は“やまぶき”だったと思う”


 深夜の交番で聞き込み、古い雇用記録をたどり、

 やがて母親の名前――佐伯美咲(※前話の佐伯とは無関係)が浮かび上がった。


 彼女は、DV被害から逃げるために別の市へ移り住んだという。


 「リクを連れていけなかった……」と泣きながら警察に相談していた記録も残っていた。


 高峰は拳を握った。

 十年前に守れなかった青年が蘇るようだった。


 翌朝、公園。

 リクはいつもの影踏みをしていた。


 「……リク」

 高峰が呼ぶと、少年は振り返った。

 その先に、一人の女性が立っていた。


 痩せていたが、目には確かな温かさがあった。

 「リク……ごめん。本当に、ごめんね……」


 少年は固まったまま動かなかった。

 数歩、母が近づく。

 リクの肩が震えた。


 高峰はそっと背中を押した。

 「行ってこい。影は……一緒に歩くもんだ」


 次の瞬間、少年は母に抱きついた。

 声にならない嗚咽が、白い朝に溶けていく。


母子が去ったあと、長谷川が言った。

 「探偵さん……なんであの子を信じたんです?」


 高峰は冬空を見上げた。

 「影ってのは、踏まれると痛い。

 でもな、そばに誰かがいれば、痛みは半分になる。

 ……俺は、そう教えてもらった」


 「誰に?」

 「十年前の……一人の青年にな」


 長谷川は静かに頷いた。


 「俺も、そんな人間になりたいです」


 高峰は苦笑した。

 「まだ早ぇよ。甘くなる前に干からびちまう」

 「そのときは、カフェオレで戻してくださいよ」


 冬の影は長く伸びていたが、

 その隣には、必ず誰かの影が寄り添うようになっていた。

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