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渋柿探偵 高峰修二  作者:


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7/8

第7話 落とし物は心の音

冬の朝。

 商店街のアーケードには、古いスピーカーから昭和歌謡が流れていた。

 高峰修二は、コンビニの安い肉まんを片手に歩く。

 冷たい空気に、湯気がふわりと立ちのぼった。


 そのとき――肩を軽く引かれた。


 「探偵さん、ちょっと……困ってるんです」


 振り向くと、商店街の文具店の店主・**熊谷くまがい**が立っていた。

 丸顔で、普段は陽気だが、今日は眉間に深い皺が寄っている。


「昨日の夕方ね、店の前に“財布”が落ちてたんですよ。

 中には5千円と……これが入ってた」


 熊谷が差し出したのは、折りたたまれた小さなメモ。

 丸い字で、ただ一行。


 『また明日、ここへ来ます。お話ししたいです。』


 差出人の名前はない。


 「財布はどうしたんだ?」

 「商店街の交番に届けたんですが、『持ち主が来るまで預かったほうがいい』って言われて戻されたんです」

 「それで“明日”って今日か」

 「そうなんですよ。でも、だーれも来ないんだ……」


 時計の針はすでに夕方5時に近い。


 「なんとなく、ほっとけなくてね……探偵さん、見てもらえませんか」


高峰は財布を手に取った。

 安物の合皮。

 だが、丁寧に使われている。


 小銭入れに、音楽フェスの半券が一枚。

 去年の夏のものだ。

 裏には、油性マジックで小さなハートが書かれていた。


 「恋だな」

 高峰が呟くと、熊谷は目を丸くした。

 「えっ、な、なんでわかるんです?」

 「男の字だ。大ざっぱだが、不器用な優しさがある」

 「……そんなの、字でわかるんですね」

 「長くやってるとな」


 長谷川が現れて言う。

 「探偵さん、ただの恋文ならいいですけど……会えなかった理由が“事件”じゃないといいですね」


 高峰は、財布の中の一枚のレシートを指で弾いた。


 “夜の音楽スタジオ/1時間—500円”


二人が向かったのは、商店街のはずれにある古い音楽スタジオ。

 ドアを開けると、ギターの音が微かに響いていた。


 受付にいた青年に財布を見せると、顔色を変えた。


 「……これ、佐伯さえきくんのじゃないですか?」


 青年は言った。

 佐伯は最近、夜になると一人でギターを弾きに来ていたが――

 その数日前、突然倒れ、救急車で運ばれたという。


 「病院は……?」

 「市立総合病院です」


 高峰と長谷川は駆け出した。


市立総合病院の一室。

 白いシーツの上で、若い男が静かに眠っていた。

 点滴の管が腕に伸びている。


 佐伯――二十代前半。

 過労による軽い心不全だったが、あと少し遅ければ危なかったと看護師は言った。


 枕元には、ボロボロのメモ帳が落ちていた。


 ページには短い文章が繰り返されている。


 『会って話したい』

 『ちゃんと伝えたい』

 『また笑ってほしい』


 そして最後のページに、たった一行。


 『財布を落としたのはわざと。気づいてほしかった』


 高峰はため息をついた。

 「バカだな……この男は」

 「ですね。でも、いいやつです」

 長谷川が苦笑した。


数日後。

 夕暮れの商店街に、佐伯と、彼が思いを寄せていた女性――**はるか**が現れた。


 遥は財布を胸に抱いていた。

 「……どうして、こんな回りくどいことを」

 佐伯は顔を赤くして俯く。

 「……気づいてほしかったんだ。君が、僕をちゃんと見てくれるかどうか」

 「そんなの……言ってくれれば良かったのに」


 遥は涙を浮かべた。

 「倒れるくらいなら……会いに来てよ」


 その言葉に、佐伯の肩が震えた。


 高峰は遠くから二人を見て、ぼそりと言った。


 「心の音ってのは、拾ってもらえるまで響かないもんだ」

 長谷川が隣でうなずく。

 「でも、誰かが拾い上げれば――届くんですよね」

 「まあな。渋柿でも、時間が経てば甘くなる」


 商店街のスピーカーから、また昭和歌謡が流れた。

 二人の影が重なって伸びていく。


 冬の風はまだ冷たい。

 だがどこか、やさしい夕暮れだった。

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