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渋柿探偵 高峰修二  作者:


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5/8

第5話 凍てつく街の灯

冬の風が、街のネオンをゆらめかせていた。

 下町の屋台では湯気が立ちのぼり、行き交う人の吐息が白い。


 高峰修二は、安いカップ酒を片手にひとり歩いていた。

 十年前に失ったものを思い出す夜は、酒がいつも苦い。


 そのとき――背後から声がした。

 「相変わらず寒そうな顔してますね、探偵さん」


 振り向くと、若い刑事・長谷川蓮が立っていた。

 前に事務所を訪れた青年だ。

 まだどこか青臭いが、目はあの頃よりも鋭くなっている。


 「今度は何の用だ」

 「事件です。……そして、あなたに関係のある事件です」



 警察署の資料室で、長谷川はファイルを開いた。

 「3日前、空き家で身元不明の男性が発見されました。持っていた免許証の名義が――石井隆司」


 高峰の胸が強く鳴った。

 「……あの青年は、もう十年前に――」

 「ええ。ですが、この“隆司”という人物は偽名を使っていた可能性があります」


 ファイルの中には、似た顔立ちの写真。だが別人だ。

 年齢も、背格好も、十年前の“彼”と同じ。

 まるで――生きていたかのように。



 翌日、高峰と長谷川は現場の空き家を訪れた。

 埃をかぶった床に、古いタイプライターが残されていた。

 紙には途中まで打たれた文章がある。


 『あの日の刑事に、もう一度会いたい』


 高峰は拳を握りしめた。

 「あの日……俺のことか」


 長谷川が小声で言った。

 「この“石井隆司”という名前、偽名だったかもしれません。

 本名は――“石田竜二”。十年前、あなたが誤認逮捕した事件の真犯人です」


 空気が凍った。


 「つまり、あの青年を死なせた本当の犯人が……生きていたってことか」

 「ええ。そして、最後にあなたに“会いたい”と書き残した」



 夜、二人は河川敷に向かった。

 遺体発見現場から少し離れた土手に、小さな供え花があった。

 そこに立っていたのは一人の女性――石井春香、あの青年の妹だった。


 「あなたが来ると思ってました」

 「春香さん……」

 「兄を死なせた人を、私はずっと恨んでいました。でも……本当は、あなたも同じように苦しんでたんですね」


 春香は、遺品の中にあったメモを差し出した。

 『罪を償うために、彼(高峰)に真実を伝える。これが俺の最後の仕事だ』


 石田竜二――真犯人は、病で余命を知り、自分の罪を暴露するために戻ってきていた。

 だが、途中で命が尽きたのだ。


 「結局、あいつも“渋柿”だったのかもしれないな」

 高峰の声は、風に溶けていった。



 事件後。

 長谷川は事務所のドアをノックした。

 「探偵さん、俺、あなたとまた組みたいです」

 「刑事が落ちこぼれ探偵と組むなんて、出世に響くぞ」

 「いいんです。俺、渋柿派なんで」


 高峰は苦笑しながらコーヒーを二つ淹れた。

 「渋いのは慣れてるが、焦げてるかもしれんぞ」

 「それでいいです」


 二人の笑い声が、静かな事務所に溶けていった。

 外では、雪が小さく舞っている。


 過去はもう変えられない。

 だが、それを背負ったままでも――前に歩ける。


 高峰修二は、再びコートを羽織った。

 渋柿探偵、まだ甘くなりきらないままに。

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